セミと抜け殻のあの日

とまと

第1話

「な、なんだコレ!?」

 小学5年の夏は特別だった。

 前髪が長い転校生がうちのクラスにやってきたのだ。

「なにって、セミの抜け殻」

 クラスと言っても、うちの学校には3クラスしかない。1,2年のクラスと、3,4年のクラス。

 それから私の5,6年のクラスだ。

 転校生を入れて、やっと6人。

「え?抜け殻って、落ちてるんじゃないの?なんで木に張り付いてるの?」

「はぁ?そりゃ、そこで脱皮したからだろ?張り付いてるっていうか、引っかかってるだけですぐとれるし」

 何も知らない都会っ子の転校生は、学校中の人気者だった。皆が構いたがる。

「ほら、こっちにも、あっちにも」

「なぁ、今から抜け殻集め競争しようぜ!」

「一番たくさん集めたやつが勝ち!」

「勝ったら、給食の余ったプリンな!」

 え?と、戸惑う転校生の……石積良太の背中を叩いた。

「ほら、ぼんやりしてたら負けるぞ!」

「いや、でも……別にプリンは……」

 良太の口を塞ぐ。

「都会っ子は、プリンくらいいつでも食べられるからいらないって、そういうつもりか?」

 良太はしまったという顔をした。

「なぁーんてな。いくら田舎っていっても、プリンくらい食べられるっての。まぁ都会のようにちょっとコンビニに買いに行くことはできないけど。週に2度は巡回スーパーが来るし」

「あ、うん」

 良太の目が泳いだ。

 きっと巡回スーパーとコンビニを比べて違うとでも思っているんだろう。

 確かに、父ちゃんに連れて行ってもらったコンビニにはプリンだけで見たことのないくらいの種類が並んでいた。

「あのさ、私らさ、別にかわいそうじゃないからな?ここを馬鹿にする気持ちがあるお前から見ればかわいそうに見えるかもしれないけど」

 良太がうつむいた。

 都会から来た良太の母親が「どうしてこんな田舎で暮らさなくちゃならないんだ」としょっちゅう口にしていると、母ちゃんがご近所さんと噂していた。

 良太も同じように考えているのかは知らないけど、私たちはここが好きだ。

「おい、何内緒話してるんだ!早く探さないと負けるぞ」

「俺、もう16個も見つけたぞ!プリンはいただきだな」

 クラスメイトの声に、良太がピクリと肩を揺らした。

「負けないぞ!良太に穴場ポイントを教えてたんだ!ほら、行くぞ、良太!」

 良太の腕を引いて、皆がセミの抜け殻を探しているところから西側に移動する。

「探せ、良太!この辺りにたくさんあるはずだ」

 地面を見てそう言う私に良太がしゃがみこんだ。

「何、しゃがみこんでるんだよ!」

「いや、だって、ここら辺って……」

 はぁと大きなため息をつく。

「私が見てたのは、これ。地面に穴がポコポコ開いてるだろ?これがたくさんあるからセミの抜け殻がこの辺りの木にありそうだと思ったんだよ」

 良太が首をかしげる。

「だーかーら、この穴は、セミが抜け出した穴。この地面の下にセミの幼虫がいたの!」

 良太は穴をじっくりと見た。

「え?この穴がセミの……?すごい、初めて見た。いや、穴があるのは見たことあるけど、セミの幼虫が抜け出してきた穴だって知らなかった……。この下に、セミが……」

 良太は本当に何も知らない。当たり前に皆が知っていることを知らない。

 だからみんな良太にいろいろ教えるのが楽しくて仕方がないのだ。

 良太だって、都会のことを話せばいいのに。へーすごいな、そうなんだと、感心するだろうし、もっといろいろ聞かせてくれとせがむやつもいるだろう。

 だけど、良太は何も言わない。

 それは自慢していると思われたくないと考えているのはすぐにわかった。

 時折、田舎暮らしの私たちを憐れむような眼をするからだ。

 私たちは全然自分たちがかわいそうだとか不幸だとか思ってないのに……だ。

 見下した目をする良太は、都会に戻りたいんだろう。ここに、いたくはないんだろう。

「7年地面にいたんだよね?」

「違う。今鳴いてるセミは、どう聞こえる?何ゼミか分かるか?」

「え?えーっと、ミンミンでもツクツクボウシでもないよね?あとは……アブラゼミ?」

 立ち上がって木に手を伸ばす。そこにさっそく抜け殻があったのだ。

「いいや。ワシワシ鳴いてるからクマゼミ」

 良太も立ち上がって、木に手を伸ばした。どうやら抜け殻を見つけたようだ。

「ワシワシ……これがクマゼミの鳴き声……か」

 私がもう一つ抜け殻を見つけると、良太は地面に落ちていた抜け殻を3つ拾った。

「ミンミンゼミは3~4年、ツクツクボウシはたったの1~2年しか地面の下にいない。クマゼミは4~5年。だから、ちょうど、私らが小学校に入学したくらいから地面にいたやつらだ」

 いつの間にか、良太の手にはセミの抜け殻10ほど集まっている。手に持ち切れなくなって、地面に山を作って集めることにしたようだ。

「入学の時に……?そっか」

「そう。それで、この抜け殻を落としたセミが産んだ卵は、中3か高1のころに地面から這い出てくる」

 良太はしばらく黙ってセミの抜け殻を見ていた。

「お前たちの子に会えるのは、中3か……」

 ワシワシと鳴くセミを探して顔をあげ、良太がつぶやいた。

「セミって、1週間しか生きられないんだよな……。子供には会えないんだよな……子供に……会いたくないのかな」

 良太のつぶやきは聞こえないふりをした。

 良太が5年生の6月の終わりという中途半端な時期に転校してきたのには複雑な事情があると大人が噂していたのだ。

 母親と二人引っ越してきた。

 父親はいない。そして、祖父母がいるわけでもない。

 わざわざこんな田舎に都会から引っ越してくる理由が分からなかったのだ。田舎のスローライフに憧れてというタイプの母親でもなかった。

「あー、せっかく見つけたのに!届かないな!」

 葉っぱの裏にセミの抜け殻を見つけて手を伸ばしたけれど届きそうになかった。

「どこ?」

 良太の言葉に、指をさす。

「ちょっとどいて」

 良太が少し離れたところから走ってきて、ジャンプして木の枝をつかんだ。

 高く綺麗に飛び上がった良太はとてもきれいで……。

「はい」

 葉っぱについていたセミの抜け殻を渡されたときに、ぼんやりとしてすぐに返事を返すことができなかった。

「あ、ありがと……」

「こちらこそ、抜け殻がたくさんある穴場を教えてくれてありがとう」

 別にセミの抜け殻集めなんてしたくなかったくせに……という言葉はグッと飲み込んだ。

 キーンコーンカーンコーンと、チャイムの音が鳴り響く。

「あ、予鈴だ!教室に戻らないと!」

 慌てて集めたセミの抜け殻を両手で持つ。

 良太は、ポケットから白いハンカチを取り出して、抜け殻を丁寧に包んだ。

 真っ白なハンカチ……。

 キャラクターの絵のついたハンドタオルが当たり前だったので、心臓がどきりとした。

 まるで、王子様の使うハンカチみたい。

 ドキドキと心臓が波打つのを無視して、セミの抜け殻を落とさないように両手で持って教室へと戻る。

「じゃあ、数えようぜ!」

 皆が机を引っ付けて、自分の机の上にセミの抜け殻を並べていく。

「いち、にー、さん、しー、ごーろく……」

 6人中3人は10個以下と、明らかに数が少ない。のこり3人の戦いになった。

 私は残念ながら24個で3位。良太と6年の和の戦いになった。

「28!」

「僕も28」

 どうやら二人とも同数だったみたいだ。

「引き分けだな」

 和がにひっと笑う。

「すげーじゃん良太。よくそんなに見つけられたな!」

 良太が私を見た。

「それは」

 私は自分の抜け殻から一つ良太に渡す。

「これで、良太の勝ち」

 和がはぁ?と声を上げる。

「それ、見つけたのは私だけど、手が届かない場所にあって、良太が取ってくれたやつだから、良太のでよくない?私は取れなかったんだし」

 和はんーと考えている。

「すごかったんだよ。ジャンプして高いところにある枝つかんでさ」

 私の言葉に、うんと頷き、和は良太の肩を叩いた。

「そうだな、取ったもん勝ちだ。それでいいよな?」

 和が皆に意見を求める。

「あははー。そうだよな。どっちが先に見つけたかって騒いでたもんなぁ。取ったもん勝ちだとか言ってたわ、和!」

「いや、だって、あれは俺が先に見つけたんだって、マジで」

 わははと笑いだした。

「いいのか?」

 良太の言葉に、みんなが頷いた。

「だって、28個も見つけるなんてスゲーよ。初めてだろ?」

「そうそう、ハンデがあってもいいくらいなのに、ハンデなしでそれだけ取ったんだ」

 本鈴のチャイムが鳴り響き、先生が入ってきた。

「3時間目の授業は……って、なんだ、みんなしてセミの抜け殻広げてっ!」

 先生は、教卓にぽんっと出席簿を置くと、すぐに椅子を引っ張ってきて皆が並べたセミの抜け殻が見える場所に座った。

「じゃあ、まぁちょっと予定を変更して、セミの抜け殻を使って授業するか」

 その言葉に一番驚いたのは良太だ。

「え?授業の予定を変更?」

「前の学校ではなかったか?まぁ、うちは6人しかいないからなぁ。2人も休めばすぐに別のに切り替えたり」

「先生、で、これで何の授業するんだ?」

「私10個もないけどもっと取ってきた方がいい?」

「そうだな、図工と生きる力の授業だな。今からセミの抜け殻を使って、インスタ映えするものを作ってもらう。いいねがもらえるように工夫するんだぞ。材料はそこにある、先生はカメラを取ってくるから初めてくれ」

 みんなで教室の後ろの図工用ボックスを広げる。

 各家庭から持ち寄った空き箱や空き瓶、山の中で拾ったどんぐりや木の枝などいろいろ詰め込んである。

 それから糊やハサミやテープ。折り紙にカラーセロファン、厚紙に画用紙。いろいろな物が準備されている。

「えー何作ろうかな」


 その日、良太はレジンを使って抜け殻を閉じ込めた琥珀のようなきれいな石を作った。

「おい、良太の写真にいいねがまたついたぞ。しかもコメントまで」

「欲しいだって。セミの抜け殻が?」

「売れるんじゃねぇ良太!」

 良太は首を横に振った。

「売るなら、4年後の夏が終わってから」

「は?なんで?ああ、中学卒業してからってこと?」

「何?高校でまた都会に出るからか?」

 そう。村には中学までしかない。

 通える高校もないため、寮のある学校か一人暮らしをして通うことになる。

 いずれにしても、ここよりは都会に行くことになる。

「子供と離すのはかわいそうだ」

 良太がぼそりとつぶやいた。

 そういえば、クマゼミは4年くらいで出てくると言う話をしたのを思い出した。


 中3の夏。

 この年もクマゼミがワシワシとうるさいくらいに鳴いている。

「小5のあの時の子供たちか……」

 あれから、1年と少しして良太は小学校の卒業を待たずにまた転校していった。

 子供と離すのはかわいそうだと言ったくせに……。

 良太はこの子たちの親のセミの抜け殻を持って村からいなくなってしまった。

 ワシワシとクマゼミがうるさい。

 セミの鳴き声に、私の小さなつぶやきはかき消された。

「大好きだったのに」



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何かのテーマがあって前に書いた短編です。

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セミと抜け殻のあの日 とまと @ftoma

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