第6話 反撃と感謝

「おふたりとも、いろいろとおっしゃっていますが……」

 

 軽く微笑みながら、彼女はイヤリングのピンを外す。

 

「私は、この状況に納得がいきません」


 そう言うや否や、コンスタンスは手にしたイヤリングを窓に向かって力強く投げつけた。


 カチン!

 硬質な音が響き、次の瞬間、イヤリングが爆発した。衝撃でガラスが大きく割れ、鋭い破片が辺りに飛び散る。


「な、何をするんだ! 馬鹿な! 防弾ガラスが!」

 

 ベンジャミンが驚愕の声を上げる。

 ――「お守り」というより、武器ね……攻撃は最大の防御と言うけれど。


 割れた窓の向こうから、マクシミリアンとドイルの姿が現れた。マクシミリアンは優雅な身のこなしで窓枠を乗り越え、穏やかな表情を浮かべている。

 一方、ドイルは油汚れのついた作業着姿のままだ。手にはなぜか工具を持っている。


「遅れてすまない。どうやら間に合ったようだね」

 

 マクシミリアンが軽く笑みを浮かべて言った。


「コンスタンス、大丈夫か?」

 

 ドイルが乱暴に部屋に足を踏み入れながら声をかける。


 ショーンは驚きのあまり一歩後ずさりしたが、すぐにコンスタンスの腕を掴んで引き寄せた。

 

「コンスタンスを渡すものか! 彼女は僕の」


 その言葉を遮るように、ドイルが手に持った工具を振り上げた。

 ガツン!

 鈍い音が響き、ショーンの手が大きく揺れた。


「ぐっ……痛いっ!」

 

 ショーンは腕を押さえて子どものように呻き、コンスタンスはその隙に彼の手から逃れた。


「ふん、貴族らしい小細工ばかりの手なんて、こんなもんだな」

 

 ドイルがぼそりと言いながら工具を持ち直し、あたりを見回した。


 その間に、窓から次々と近衛隊の制服を着た男たちが入ってくる。ベンジャミンが最後の抵抗を試みるも、あっという間に取り押さえられた。


「この部屋は狭いから、少し外に出ましょうか」

 

 マクシミリアンが静かに提案した。

 コンスタンスが「音声はきちんと記録できましたか?」と確認する。


「ええ、あなたが引き出した彼らの自白はすべて記録済みです。信号解析装置の初期型ですが、十分役立ちました」

 

 マクシミリアンが手元の小型装置を示しながら答えた。

 ドイルはその言葉に満足げに頷きつつ、「でもな、まだ効率が悪いんだ。改良すればもっと……」とぶつぶつ言い始める。


 コンスタンスはそんな兄を横目で見ながら、少しだけ微笑んだ。


 ***

 

 翌日、マクシミリアンが子爵家に現れ、コンスタンスが応接間で迎えた。


「今回の問題は、当局に引き渡しました」


 そう静かに告げるマクシミリアンに、コンスタンスはおずおずと尋ねた。


「あの……兄はあれから部屋に籠もりっきりで、何も話してくれないんです」


 マクシミリアンは軽く微笑み、「それでは彼を外に引っ張り出しましょう」と意外なことを口にした。


「こんにちは、ドイルさん。入りますよ」


 マクシミリアンは迷うことなくドイルの部屋の扉をノックし、返事を待たずに開けた。


「きゃっ……」

 

 コンスタンスは思わず息を飲んだ。部屋の中は、雑然とした紙や奇妙な器具で埋め尽くされている。机には設計図が何枚も重ねられ、棚には不揃いな試験管や工具がぎっしり詰まっていた。


「マクシミリアン様!」


 ドイルがインクまみれの手を拭いながら、振り返る。鼻先にもインクが付いている。


「すみません、手が離せなくて……」

「効力が十分に出ない件ですね」


 マクシミリアンは部屋の中を見回しながら、淡々と言った。

 

「そうなんです……まずは初期型の小型の機械から見直しています」


 ドイルは自分の机の上を整理しようとしたが、途中で諦めたように肩をすくめる。


「新しい情報を基に打開策を考えましょう」

 

 マクシミリアンの言葉に、ドイルは「えっ!」と目を輝かせた。


「コンスタンス嬢、ご一緒にお願いします」


 中に招き入れられたコンスタンスは、改めて部屋を見回した。散らばった紙や工具には埃こそついていないものの、まるで戦場のような荒れようだった。


 マクシミリアンは手早く机の上の紙を選り分けると、数枚を取り出してコンスタンスに差し出した。


「コンスタンス嬢、これは戦略図面とは少し違いますが、座標の取り方さえ理解すれば、同じやり方で作成できる図面です」


 彼は自分の鞄から白い紙とペンと画板2枚を取り出した。ペンで基本的な座標の取り方を示し、流れるように説明を始めた。


「ここに基準点を設定し……これを補助線に使います」

 

 マクシミリアンの口調は穏やかだったが、その指示は正確で無駄がなかった。


 コンスタンスは真剣な眼差しで彼の説明に耳を傾け、渡された画板に置いた紙でそれを忠実に再現していった。


「ああ、なるほど」

「わかりますか?」

「はい」


 コンスタンスは短く答え、さらさらとペンを走らせる。マクシミリアンは次々と必要な情報を伝え、ときどきドイルに確認を取りながら、作業を進めていく。


 しばらくしてコンスタンスが「できました」と言い、図面をマクシミリアンに差し出した。彼はそれを受け取ると、目を輝かせて感嘆の声を上げた。


「これで間違いない。素晴らしい出来だ」


 ドイルが近づき、図面をのぞき込む。しばし無言のまま見つめていたが、突然声を上げた。


「そうか……図面が不正確だったんだ!」

「ドイルさん、ここじゃないですか?」

「そう、ここを直せば効率が劇的に上がる! あと、ここもだ。どうして気づかなかったんだろう」


 彼は急いで装置に向かい、図面を見ながら丁寧に部品の配置を調整し始めた。

 数分後、装置が静かに動き出し、数日前に見たときよりも明らかに滑らかな音を立てて稼働を始めた。


「コンスタンスは……本当にただの妹じゃなかったんだな」


 ドイルが振り返り、呆れたような、しかしどこか感心した表情で言った。


「何よその言い方!」

 

 コンスタンスは口を尖らせるが、その頬はわずかに赤く染まっている。


「いや、馬鹿ショーンの宿題処理係だなんて、もったいない話だと思ってな」

 

 ドイルが肩をすくめながら続ける。


「これは才能だよ! 素晴らしい才能だ」


 その手放しの賛辞にコンスタンスは驚きつつも、少しだけ照れくさくなって目を伏せた。


 マクシミリアンが微笑みながら口を開いた。


「実は、捜査の過程で偶然コンスタンス嬢の描いた図面を見て、あまりの美しさと正確さに驚いたんです。だから、ドイルさんのこの問題も、もしかしたら彼女なら解決できるのではないかと思っていました」


 その言葉に、コンスタンスは驚いて顔を上げる。


「私が……役に立ったんですか?」

「大いに役立ちました」

 

 マクシミリアンが穏やかな笑みで答える。ドイルは装置の動作を確認しながら、独り言のように呟いた。

 

「まあ、僕だけでもいずれ気づいたはずだが……まさかこんな形で解決するとはな」


 その言葉にコンスタンスが軽くため息をつくと、ドイルは振り返り、口元に薄い笑みを浮かべて言った。


「ありがとな、コンスタンス」


 その一言に、彼女の胸の中で何かがふっと柔らかくほどけていくような気がした。


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