17.犬と竜は泥の中
「
ため息混じりにそう言ったのは、犬浦と齋木の決闘開始から三分が経過する頃だった。
須弥山とゴルゴダの代表者がどんな闘いを繰り広げるのか少し気になってわざわざ革ソファから立ち上がったものの…………熱狂する人々の頭越しに俺が見たのは、総合格闘技で少し味付けした不良の喧嘩だった。
「うおりゃああっ!!」
「死ねや犬浦ぁっ!!」
当たり前のように上段回し蹴りが出て――いとも簡単にノーガードの横っ面に当たる。
力いっぱいに拳を振りかぶりながら突っ込み――見え見えのパンチが顔面を捉える。
未熟なガード技術や未熟なステップ技術も使うには使うが、有効活用できているとは言い難かった。
そもそも急所に当たっていないから双方倒れないだけだ。
相手の動きだけじゃなく、自分の動きすらもが攻撃動作を邪魔するせいで、打撃に威力が出ていないだけだ。
泥仕合。
目を見張る攻防のない泥仕合。
身軽な犬浦は、プール中を飛び跳ねて変則的な飛び蹴りを数々繰り出すが、どれもこれもが中途半端な蹴りだから体格で勝る齋木を倒しきれない。
「よく見とけよみんな! あれがうちの副総長の闘いだ! 常人離れした身体のバネを活かした空中殺法! 喧嘩の天才の本気だ!」
ドーピングをキメた齋木は、犬浦を追いかけて迫力満点のフルスイングパンチを繰り出すが、その実、足腰が弱くて上体が流れているからよく犬浦に
「さすがは齋木さん! すんげーパンチだわ!」
「何発蹴りを喰らっても倒れねえ! ハイパーゾンビの異名は伊達じゃねえぜ!」
「あークソ! 今のパンチは当たっとけよクソ犬浦!」
須弥山のメンバーとゴルゴダのメンバーは双方楽しそうだ。
声を張り上げ、握り拳を掲げて、それぞれのチーム代表者を全身全霊で応援していた。
冷たくなっているのは、プールサイドに捕まって喧嘩を見守ることを強制されている野間さんと青木さんだけ。
……いや、面白い仕合が見られるかもという期待が裏切られた俺もか。
「二人とも、もう引き出しはなさそうだな……」
そして――――決闘開始から五分を過ぎれば、全力で動き続けた犬浦の足が鈍って、齋木のパンチが徐々に犬浦を捉え出す。
犬浦の終わりが近付いていた。
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