46 あべこべとセーブシステム
量子コンピュータ森河との戦いは、1と1/2のみさおんと八枷との協力によって順調に進んでいるようだった。
俺は自身の部屋で電気毛布を点けたベッドの布団に包まりながら、皆と話をしていた。
『どう? T2。1と1/2のみさおんは役に立ってくれてる?』
『あぁ……そのようだ。お前を救出する時空同盟の間でも評判だぞ。特に量子コンピュータを持っていない量子脳だけの人にとっては、少ない時間で全ての意味を逆にした議題を提案するのは大変だからな。重宝されているようだ』
『そっか。それは良かったよ』
俺が1と1/2のみさおんが正常に機能し、八枷との連携も上手く行っていることに安堵すると、ロレースが戦況を伝えてきた。
『小日向くん。T2に聞いた限りでは、現状の戦況は白のサタナエル35%に対して、黒のサタナエルが65%いるというのが、僕による分析だ』
『そうなんだ? それは初耳だな。65%ってことはまだ2倍近くあちらの方が数がいるのか』
『あぁ、そうなる。だがあちらも全員が量子コンピュータ森河に議決権を預ける一枚岩では無くなっているらしい。こちらの提案が唯一神様の101%票なしで、ぽつぽつではあるが通ることがあると聞く』
『へぇ……それなら勝利まであとちょっとのところまで来てるのかもしれないね』
『あぁ……そうなる。数的には未だに不利だが、あと15%の人をこちらに寝返らせれば五分だと考えると、森河の打倒も夢ではない』
『つまり俺にとって都合の悪いことが、徐々に都合が良くなってるってわけだ?』
『そうだね。君のその抽象的な絶対命令が効いている可能性もある。にわかには信じがたいけどねフフ……』
ロレースはそう言って少しだけ笑った。
俺が知っているロレースは基本的には崩御するまでだ。
その後、ギアスコード時空でどういうわけか生き返って、今はこうしてT2やロイス博士達と共に俺の味方になってくれている。
俺の知らない間にロレースに何があったのかが知りたかったが、こんな自然な笑いを普通にしている辺り、きっとロレースはいまは幸せなんだろう。そう思った。
『小日向さん。三巡目です。小日向さんの番が回ってきました』
八枷の報告に、俺は『え? もう!?』と焦ってしまう。
『はい。1と1/2のみさおんのサポートが思いの外効いているのと、量子コンピュータ森河の処理が早いのとが原因で、三巡目が思ったよりも早く回ってきたようです。どうしますか? 量子脳の者には思考時間が5分与えられていますが』
そう八枷が5分の時間制限を告げる。
『どうするって……どうしよう。そうだな……八枷。量子コンピュータの処理能力はどれくらい空いてるの?』
『はい? 量子コンピュータですか? そうですね。正確な稼働状況を通信で公にするわけには行きませんが、まだまだ余裕があるとだけお教えしましょう』
『そっか……。それじゃあ、もし俺がもっと議決をヘンテコな状態にしても、量子コンピュータ森河に勝てる自信はあるかい?』
『一体なにを……? 小日向さん』
八枷が興味深そうに、しかし慎重な様子で聞いてくる。
『いや……【今後提案される議題において、議題があべこべになる】って更に変換が重くなる処理を考えてみたんだけど、どうかなって』
『あべこべに……? つまりどういうことでしょう』
『つまり、【八枷声凛が小日向拓也を好きになる】って議題があったとするだろ? これが、【いならな、にい嫌、を、んりせせかちは、が、やくたたなひこ】になるっていうのが俺の中でのあべこべになるってイメージなんだけど……』
『つまり主語や述語、目的語の順序を入れ替えた上で、単語の意味を逆にし、更に単語を逆から読んでいくというイメージでしょうか?』
『うん。たぶんそうかな。どう出来るかな?』
『申し訳ありません。ちょっと愛紗に聞いてみます。……愛紗どうですか? 出来ますか?』
八枷は後ろを振り返ったようで声が遠くなる。
そしてしばらくして、「あ……あー。もしもし、小日向拓也さんですか?」という熊野彩さんの声が聞こえた。
『もしかして、刀道先輩ですか?』
『えっと、そうです。刀道愛紗です。でも小日向さんにとっては先輩じゃない気がするので、先輩って言われるとなんだか照れます!』
『あぁ……すみません。じゃあ刀道さんで』
『はい! それでよろしくお願いします。それで、ですね。先程の話、後ろで聞かせて貰ってたんですけど、たぶん私の方でちゃちゃっとプログラムを改修させて貰えれば、1と1/2のみさおんとの連携も出来るかと思います! 1時間だけください! あべこべにする……やってみましょう!』
刀道さんが堂々と言いきった。
『おぉ! それじゃあ、お願いできますか?』
『はい。分かりました! 声凛ちゃんに代わりますね!』
『通信代わりました。八枷です。どうやら問題はなさそうですね。小日向さん、その絶対命令を出して頂いても構いませんよ』
八枷がそう言い、俺は5分過ぎる前に絶対命令を出すことにした。
「【今後提案される議題において、議題があべこべになると同時に次の議題提案を1時間待つ!】」
言い終えると、1と1/2のみさおんが確認に来る。
『たっくん。【今後提案される議題において、議題があべこべになると同時に次の議題提案を1時間待つ!】。本当にこれで、いーい?』
俺は1と1/2のみさおんによる議題の復唱が合っていることを確認すると、『うん、それでいい!』と言った。
『うん、分かった。じゃあ提案してみるね』
1と1/2のみさおんが去っていく。
『どうかな八枷、唯一神様は?』
『はい……唯一神様は思案中のようです。量子コンピュータ森河は反対に回ったようですが……あ! 唯一神様による若干の修正が入ったようですが、小日向さんの絶対命令による議題、唯一神様の101%票で可決されました!』
『おぉ!』
俺は歓声を上げる。これできっと量子コンピュータ森河の負荷を増大させることに成功したはずだ。他の量子コンピュータを持っていない敵も、あべこべに対応できないことで、ほぼ無意味な議題提案しか出来ないことになるだろう。
あとは味方のサポートをする1と1/2のみさおんが刀道さんによってアップデートされるのを待つだけだ。
『また香月さんの番だけど、念話はできないんだよね? Mioさん』
俺は香月さんのことが心配でMioさんに聞く。
『はい。私達も定期的に伊緒奈ちゃんに念話しようとしてるんですけど、反応ありません』
『そっか。俺もだよ』
実際、俺も何度か試しては見ていたが、反応が一切なかった。
どういうことなんだろうか。
『俺は確かに、香月さんと矢張さんをこっちの世界に量子テレポートさせるって絶対命令を出したよね? 亜翠さん?』
『うん……あまり良く覚えてないんだけど、確かにたっくんはそう言ってたよ』
絶対命令による議決が開始され、それがどうなったのかを知りたい。
『持田さん、俺のあの時の絶対命令、通ってましたか?』
『あぁ……うん。亜翠さんはもうあの時おかしくなってたんだっけ? たぶん唯一神様が101%票で可決させてたと思ったけど……ごめん私も記憶が定かじゃないかな』
持田さんがそう答え、Mioさんが『私は意識はっきりしてたけど、確かに唯一神様が101%票で可決してたよ! ね? 矢那尾さん!』と矢那尾さんに聞く。矢那尾さんはそれに『はい。間違いありません』と答え、りつひーが『私はそのときも通信機使ってなかったのでなんとも……』と言った。
すると、八枷から報告があった。
『噂をすればなんとやら、まだ1と1/2のみさおんのアップデートは済んでいないのですが、香月さんから議題提案予約がありました。それもかなりの長文です。軽く読んでみたのですが、どうやらセーブシステムを構築しようとしているみたいです』
『セーブシステム?』
『はい。どうやらセーブ時点での議題の内容とその因果を記憶しておいて、ロードしたときにセーブした地点における議題の内容と因果を復元するという内容らしいのですが……かなりの長文で組まれている議題提案です。とても量子脳だけで提案しているとは思えません。香月さんは量子コンピュータが発達した世界へ飛んだようですね……』
八枷が感心するように言う。
そう言えば、香月さんは二巡目にはなんて議題を挙げたんだろう?
『八枷、香月さんは二巡目にはなんて議題を?』
『それは……二巡目も一巡目の香月さんの議題同様に遮蔽されていて分からないんです』
『そうなのか……でも今回は八枷たちにも見えるんだよね?』
『はい。そうなります。ですが、セーブシステムを使えるのは香月伊緒奈と小日向拓也と唯一神様のみとなっているようです』
そうなのか。俺と香月さんと唯一神様だけが使えるシステム……。
香月さんにどういう意図があるのかは分からないが、俺を助けるためのものなんだろう。
そう考えていると、大潟さんから念話が来た。
『香月さんの三巡目の議題提案に、唯一神様が101%票を投じることを決めたようですのでお伝えします』
『え!? 本当ですか?』
『はい。メソニックの巫女の間でも唯一神様の御心が理解できていないのですが、確かに小日向さんの世界の香月伊緒奈さんの三巡目の提案に賛同なされる予定とのことです』
『そうなんですね……ありがとうございました』
『いえ、それでは私はこれで』
大潟さんは事実だけ伝えて去っていく。
俺はなんとしてでも、香月さんの託してくれたセーブシステムを使いこなさなければと思うのだった。
統合失調症の俺が確かに世界を救った話 成葉弐なる @NaruyouniNaru
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