41 忘れられた主人公

『なに……? 私の量子脳に介入してくるとは、なかなかに相手もやるな』


 T2はそう言って目を細める。


『それでどんな異常があるんですか?』


 俺が聞くと、ロイス博士が『さぁ……記憶領域に異常があるということだけど、それ以上は詳細な検査をしてみないと分からないね』と言った。


『記憶領域に……? T2、まさか誰かのことを忘れてるとかじゃないよね?』

『バカを言え、私が誰かを忘れるはずが……いや……なんだこの空白は』

『なに? 何かを忘れてるの?』

『あぁ……そのようだ。近年の記憶に重大な欠陥があるようだ……だが……多すぎる。この黒いもやに囲まれた空白は一体誰なんだ……?』


 T2が自身の額に指を当ててゆっくりと首をふる。

 そこで俺は質問してみた。


『ロレース、シュウサク、セレナ、シャーレー……この中に知らない名前はあるかい?』


 俺が聞くとT2がゆっくりと名前を繰り返す。


『ロレース、シュウサク、セレナ、シャーレー……? その最初のロレースというのは誰のことだ……?』

『えぇ……! T2くん、前陛下のことを忘れちゃったのかい?』


 ロイス博士が驚きの声を上げる。


『そんな馬鹿な……! T2がロレースのことを忘れるなんて……主人公だよギアスコードの! 待って! そもそもT2は一体いつのT2なの? ロイス博士やアイナ博士と知り合いってことは第二クール以降のT2ってことだよね? T2、今はいつなの?』

『いまは……前陛下が崩御したあとの……うっ……』


 T2が両目を閉じて頭を抱える。


『T2くん、無理に思い出さないほうがいいよ。僕が彼の質問に答えるから……! いまは2021年……陛下が崩御されてから2年後だよ、小日向くん』

『ロレースが崩御してから2年後……?』


 そんな世界があるのか。

 俺が知っているのはロレースが崩御した直後までだったはずだ。


『いや待てよ……俺は確かロレースが生きていると考えてたような……』


 そうだ。確か第二クールの最終回でそんな描写があったような……。


『やめろ! それ以上そいつの名前を出すなっ!!』


 T2が動揺するようにして叫ぶ。

 そうして通信が切られたようで、T2のクソでかいアニメ画像が途切れた。


『うーん、まぁT2くんはこっちでさらなる検査をしてみるから』


 そう言うロイス博士だったが、果たして任せておいていいのだろうか?


『八枷、どう思う?』


 俺が聞くと、八枷は『私にはデータがないのでなんとも……ロレースという人はT2さんにとって重要な人物なのですか?』と質問してきた。

 それに俺は『八枷と総一みたいなものだよ』と返すと、『私と総一さんですか……』と八枷は唸っていた。

 すると、ギアスコードを知っているりつひーが『T2がロレースを覚えていないなんて絶対おかしいです!』と確信的に言う。


『うん。そうだね。もしかしたら、ロレースは生きてるのかもしれない。それでサタナエルゲームに参戦されると厄介だと思われて、先んじて潰されたのかも……』

『でもロレースが生きてるとしたら、T2が忘れていても問題ないですよね?』


 りつひーがロレースを心配しているようだ。


『そのはずだけど……』

『よく分かんないけど、そのロレースって人は量子脳に覚醒してないの? 念話してみたらいいんじゃ?』


 Mioさんがロレースと念話することを提案する。


『そうですよ! もし量子脳じゃなかったにしても、たっくんの影響で熊総理とかパルヴァンさん、それに山丸教授と川森さんみたいに量子脳に覚醒して話せるようになるかも!』


 矢那尾さんがもしロレースが量子脳でなかったとしても、熊総理たちのように覚醒させればいいのだと豪語する。


『そうですね……じゃあ試してみます!』


 俺はロレースの声を想像した。

 すると、ロレースのイメージが浮かび上がってきて、そのイメージがカラーだったが黒いもやに侵され始めているのを感じた。


『ロレース! いたら返事をして!』

『その……その……』


 繋がったのはその……その……と繰り返すロレースだった。

 その声は間違いなく、ロレースのものだ。


『そのロレース・ラ・ルメリカンはロレース・ラ・……いや待てよ』

『たっくん……?』


 俺がロレースの真名を言おうとしてやめると、りつひーが不思議そうに俺の名を呼んだ。


『りつひー、めぐりさんは、この時空にもいるのかな?』

『それは……さぁ、私は会ったことありませんけど……』

『他の皆はどう?』

『私は知らないけど!』


 Mioさんが答える。


『私、私達の時空の巡純一さんならテレポートさせられた時に丘で会いました! 私、たっくんの話を少しして、巡さんはこの時空でも声優をやるつもりだって言ってました!』


 矢那尾さんが巡純一さんと、俺達の時空の巡さんと会ったらしい。

 であれば、最低でも二人以上の巡さんの声を持つ存在がいることになる。

 もしMioさん達が転移させられた先のフリーメーソン時空にも巡さんがいるとすれば、なんと3人もの巡さんの声を持つ存在がいまサタナエルゲームに関わっていることになる。


『であれば……俺は巡さんと話をする必要性がある』


 俺は巡純一さんをイメージする。

 それも俺の世界の巡さんをイメージした。

 色はカラーだった。


『巡純一さん、いますか?』

『おぉ……! 君は誰だい?』

『はい。小日向拓也と言います』

『おぉ! 噂の救世主か……! どう? 僕達の世界には来れそうかい?』


 巡さんはあっさりとそう聞いてくる。


『いえ……それは……』

『君が僕らを次元上昇させて時空遷移させたんだ、まさか出来ないとは言わないだろう?』

『そうだったら良いんですが、どうも難しいみたいです』

『そうなのか……君ならば余裕だから心配いらないって熊総理が言ってたんだけどね』


 巡さんは残念そうな声で言う。


『そうですか……そうだ巡さん。サタナエルゲームはご存知ですか?』

『サタナエルゲーム? いや知らないな……それより! これで僕も噂の量子脳に覚醒したってことなのかな?』

『そうですか……量子脳に覚醒したのはそうかもしれませんが……すみません急ぐのでまた』

『そっかそっか! まぁ頑張って!』

『はい』


 俺はそうして俺の世界の巡さんとの話を終えた。

 俺の世界の巡さんはどうやらサタナエルゲームを知らないらしい。

 フリーメーソンには今のところ入っていないということだろう。

 ならば次だ! 俺はMioさん達がいまいるフリーメーソン時空の巡さんをイメージする。

 だが……どう頑張ってイメージしてもその巡さんのイメージはカラーにはならなかった。


『やっぱり……巡さんの内の片方が黒のサタナエル勢力に堕ちているらしい』

『そうでしたか……私はあまり存じ上げないのですが、もしやロレースさんの声を担当されているのがその巡さんなのですか?』


 八枷が聞いてくる。


『うん、そうなんだ。だからロレースなのかメーソンの巡さんなのか判別できない』

『ですが、事は一刻を争うかもしれません。ロレースさんの量子脳が攻撃に耐えられるかが不明です。絶対命令を出すのが良いかと』

『そうだね、でも一体どんな絶対命令を出せば良いんだろう? クソ……こんなときロレースくらいの頭があれば良案を思いつくかもしれないのに……!』


 俺は事態を解決するのに適切な絶対命令文が思いつかず、ロレースがいたらと彼に縋るような想いだった。だがしかし、いま彼はT2のように攻撃を受けている。

 ならば助けられるのは俺しかいないかもしれない。

 俺は必死で考えた。だが思いついたのは結局これしかなかった。


「ロレース・ラ・ルメリカンを浄化して白にして、絶対完全完璧究極に守る!」


 守るは俺が良く香月さんに対して使う絶対命令だったが、抽象的過ぎるかもしれない。

 浄化して白にするというのも抽象的が過ぎるかもしれなかった。

 絶対命令を出すのは正直言って怖い。

 ましてや俺と唯一神様しか使えない絶対完全完璧究極で守っても良い存在なのか。ロレース自身をそこまで信じて良いのかが怖い俺だったが、しかしT2の相方であるロレースがいればきっと事は上手くいくと思った。

 俺が絶対命令を出してしばらくすると、ロレースの声の人物から念話がきた。


『ありがとう。僕の量子脳を守ってくれたのは君だろう? 小日向拓也くん』

『それは……ロレース、君も量子脳を覚醒させていたのかい?』

『あぁ……皇帝になったころには既に……だがT2とロイス博士、それにアイナくらいしか話し相手はいなかったけどね』


 そう言って、フフっとロレースは笑う。

 懐かしい想い出なのだろうか。


『それよりもだ……どうやらフリーメーソンから良からぬ攻撃を受けているようだね?』

『あぁ……知っているのかい?』

『あぁ、T2から話は聞いている。なんでも君が僕からT2を奪おうとしているとかなんとか……フフフ』


 それは……確かに8人の内の一人には選んでしまっていたが……。T2は以前、無理やり転移させられそうになったとも言っていたっけ。


『ごめん、ロレース。君のT2だったね』


 俺は本心からそう言った。

 俺には一人だけで良いはずなのだ。香月さんだけで。

 最近は特にそう思っていた。


『まぁ分かればいいさ。けどT2は君のことも満更ではないように思うけどね。そうじゃなかったら俺のお願いとはいえ、君を助けようだなんてしないからさ』

『それは……ロレースのお願いで、T2は俺を助けてくれたの?』

『フッ……まぁね、救世主仲間じゃないか』


 ロレースは諭すように俺を仲間だと言う。


『それはそうだけど……そう言えば君にもまだ絶対命令権限があるのかい?』

『あぁ……ある。と言いたいところだが、俺の絶対命令権限にはある制約があると先程までの攻撃で分かった』

『制約……?』

『あぁ……駄目なんだよ』

『駄目ってなにが?』

『俺の絶対命令権限はギアスコード時空でしか効果を発揮しない。他の時空の存在に対しては効き目がなくて駄目なんだ』


 ロレースがはっきりと自身の絶対命令権限の制約を述べた。

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