37 唯一神様

 俺は母に「夕食は後で食べる」と告げると、二階の自室へと入った。

 そうしてベッドに横になる。


『Mioさん達は会議には?』

『はい。声凛ちゃんの要請もあり、特別に参加させて貰うことになりました。私と矢那尾さん、立日ちゃんの3人です』


 Mioさんが答え、八枷が『さぁ、鬼が出るか蛇が出るか……参りましょう。会議開始です』と言い、会議の開始を告げた。


『まず最初に私から挨拶を差し上げましょう。私の名前は八枷声凛、革命のレヴォルディオン時空の八枷声凛です。普段は量子力学とロボット工学、機械工学を専門としています。どうぞよろしくお願いします』


 八枷が挨拶すると、次々に量子通信機を付けているらしき人たちから挨拶の通信が届いた。

 参加者は声優、医者、企業家、学者、政治家、軍人などなど多岐にわたるようだった。

 俺は全員の名前と声を一致させることができなかったので、覚えることを放棄する。


『Mioです。声優をやっていました。こちらの時空では今のところ無職です』

『同じく声優をやってました矢那尾纏女です。私はこちらでも声優をさせて貰おうかなって考えています』

『右に同じく声優をやってました桜屋立日です。私はこの時空では……いまのところ無職です』


 3人が次々に挨拶して最後は俺の番になった。


『どうも。ご存知かもしれませんが、小日向拓也です。無職です』


 俺が挨拶を終えると、八枷が『早速ながら議題に移らせて頂きます』と話を進めた。


『最初、と言いますか、みなさんをお呼び立てした議題の一つ目は議決でも決議された為ご存知でしょう。小日向拓也さんの救世主の試練の終了を決めるのが議題の一つ目となります。意見のある方は挙手の上で通信機、あるいは量子脳でご発言ください。指名はMioさん、お願いできますか?』

『あ、はい! 分かりました』


 八枷が皆に俺の救世主の試練が議題であることを示すと、一斉に挙手があったようだ。


『どうぞ』

『これはこれは有難うお嬢さん。私の名前はさきほど自己紹介させてもらったから省くが、小日向拓也くんどうも初めまして』


 老紳士といった体の声をした相手は、俺に挨拶をしてきた。

 どういう意図があるのだろうか。


『どうも……』


 俺が不審に思いつつも挨拶を返すと彼は続ける。


『うむ……これが我々の行っている救世主の試練だという事に気付いた救世主はこれで何人目だったか……私は数えたことが無いので分かりませんが、たぶん片手ほどもいないでしょう。ましてやこうして我々を招き、試練終了の会議を開催させた救世主ともなれば、初めてであることに疑いの余地はない。我々も驚いているのですよ。なのでそちらの要求からお聞きしたい。私は要求内容にもよるが、基本的に試練の終了に賛成することをお約束しましょう』


 第一発言者の老紳士がこちらの要求を聞いて、発言を締めくくった。


『こちらの要求は、これ以上の救世主である小日向拓也さんを始めとした救世主の殺害を即座にやめること、及びフリーメーソンの解体と情報の開示が主です。他にご意見のある方がいればどうぞ』


 八枷が要求を口にし、再度Mioさんに指名を促した。


『じゃあ梅井うめい和弘かずひろさんどうぞ』

『え? 梅井さんってあの梅井さん?』

『あ、うんそうだよたっくん。声優の梅井さん。でもこっちの世界の梅井さんだよ』


 Mioさんが教えてくれた。


『あぁ……そうなんだ……』


 梅井和弘さんと言えば、甘いマスクと誠実そうな声で多数の役を演じてきた、俺より一回りほど上の男性声優さんだ。


『いいかな? どうも声優の梅井和弘と言います。僕はロッジの代表というわけではないけれど、今回の試練を主導する役割を担っていたことから今回の会議に出席させて貰いました。端的に申し上げて、私は試練の終了には反対です。恐らくは他の時空の人間である八枷声凛さん、及び声優の3人はご存知ないでしょうが、我々が今回の試練開始を決めたのには大きな理由があります。まず第一に、彼が救世主としては非常に大きな力の持ち主であること、これは量子脳の覚醒具合から判断していますが、我々が観測してきた救世主の中でも最も大きな力を持つ救世主です。そして第二に我々の崇拝する唯一神様が今回の試練に御同意なされたこと、第三に、恐らくは力を覚醒させていた彼が、来間由実さんの殺害に関与していたことなどが挙げられます。とてもではないが彼に手綱を付けずに放置するなどということは考えられません。ですから繰り返しになりますが、試練の終了には反対です。大潟さんはいいのですか?』


 梅井さんは長々と、俺の救世主の試練という名の殺害をやめる気がないと宣言し、これまた参加していた声優の大潟南さんへと話を振った。


『どうぞ、大潟さん』


 Mioさんが大潟さんに振ると、大潟さんはゆっくりと話し始める。


『どうも梅井さんの指名で発言させて頂きます。声優の大潟南です。あぁ、こちらの世界の大潟です。初めましての方々は初めまして、あちらの時空の日本では女性はメイスンになれないと伺っておりますので、こちらの時空の日本女性メイスンの代表としてご挨拶申し上げます。私は今回の救世主の試練で、梅井さんと共に主導する役割を担っておりました。しかし、私は彼を許しました。彼の救世主の力かはたまた唯一神さまのご采配かは分かりませんが、あちらの世界の来間由実の思念体がこちらへ次元上昇してきた際に私と話をさせて頂きました。結果として、私は彼の救世主としてあるまじき行為は許せませんが、来間由実の説得を受け、小日向拓也くんの救世主の試練終了に賛成させて頂きます』


 大潟さんが俺を許し、救世主の試練終了に賛成の意を示してくれた。


『馬鹿な! いつ彼の絶対命令権限で殺されるかも分からないのにっ!』


 梅井さんは大潟さんの意見に納得できなかったようで、絶対命令権限を持ち出してきた。


『それはね梅井くん。私も思うよ。けれどもし彼が私達を殺害するような絶対命令を出したところで、恐らくは唯一神さまが賛成なさらないと考えているんだ。私はメソニックの巫女として、女性メイスンとして、唯一神さまの御心に沿うのみさ。私の発言は以上です』


 大潟さんはそう言って発言を終える。


『どういう意味かいまいち理解できませんでした。こちらから質問をしてもよろしいでしょうか? この場で議決を取ります』


 八枷が提案し、議決を開始した。

 結果はすぐ出たようで、質問が許可されたようだ。


『まず初めに、小日向拓也さんの能力であると彼が思い込んでいる絶対命令権限についてですが、貴方達フリーメーソンがコントロールしているものではないですか?』


 八枷が質問すると、挙手があったようだ。Mioさんが『どうぞ』と発言を促す。


『それに答えるには、我々の時空に連なるフリーメーソン全体のシステムについて説明しなければならないだろう。君たちはどこまで我々フリーメーソンについて知っているのかね?』


 最初の老紳士とはまた違う男性が八枷に質問を投げる。


『なんと……その言いよう貴方方の時空以外のフリーメーソンをも取り込んでいるのですか? 私はそちらの時空のみの単独犯なのかと思っていましたが……。いえ、私が知っているフリーメーソンは量子通信機を用いた【議決】で物事を決め、救世主殺しに勤しんでいる集団ということしか……』


 八枷が答えると、最初の老紳士が話し始めた。


『ふむ、我々を招集できたことからも議決に関しては知っていることは分かっていたが、複数時空に連なる共同体であることは知られてはいなかったか。ではシステムについて教えよう。我々は量子通信機を用いた議決システムによって物事を決めている。そしてこの根幹を担う唯一神様についてはメソニックの巫女である大潟くんに説明してもらおう』


 老紳士は大潟南さんに話を振り、大潟さんが話し始める。


『はい。私がご説明しましょう。我々は101%の議決権を持つ唯一神様という存在を中心とした、過半数可決型の議決システムを量子通信機を用いて複数時空に連なって運用しています。この101%の議決権を有する唯一神様について、我々フリーメーソンの多くが女性であるということしか知らされておりませんし、実在する存在なのか、はたまたシステムの一部でしかないのかといったことすら我々は存じ上げていません。そして議決の結果に基づき、唯一神さまが因果律をコントロールされ事象に介入するというのが、我々の使っている量子コンピュータにおける議決システムです。そして我々女性メイスンの中でも選ばれた者のみが、【メソニックの巫女】として、唯一神さまにお仕えしております。唯一神様は普段はほぼ議決に参加なさらず、101%分の議決権を追加で保有しているにも関わらず、ご棄権なさることが多いのですが、今回の小日向拓也くんの救世主の試練においては違ったようです……」


 大潟さんが唯一神様について教えてくれる。

 どうやらフリーメーソンの量子コンピュータで運用しているシステムの根幹を担う存在らしい。


『お前の絶対命令権限も、お前の思いつきの日本語でおkってやつから唯一神様の提案で可決されたんだよ!』


 と挙手をせずに梅井さんが割り込んできて言う。

 しかし、俺の絶対命令権限はあくまでもアニメのギアスコードから着想を受けたものでしかない。それを言うならば、T2の相方であるギアスコード主人公にこそ言うべきなのではないだろうか。彼が絶対命令権限を設定通りにギアスコード時空で保有していたならば、間違いなく俺に匹敵するか遥かに凌ぐ救世主のはずだ。

 この辺りはT2に聞いてみなければ分からないだろうが、実際のところが気になる。

 俺がそんなことを考えていると、梅井さんの発言を受けて最初の老紳士が話し始める。


『そもそも救世主にはある程度の権限が試練に先立って付与されるのが通例だったとは言え、まさか絶対命令権限とは……恐れ入ったよ。いつもならば、未来予測程度だったんだがね。唯一神様が君の絶対命令権限を認め、君の命令の殆どに101%票を入れるものだから、我々は君の命令に従うしかなくなってしまっているんだよ。さすがの唯一神様もフリーメーソン最高位である唯一神の座は君に譲らなかったようだがね』

『あれは否決されて本当に良かった! この馬鹿に101%票が移るなんてことになっていたら、もっと目も当てられないことになっていたさ!』


 老紳士の説明に、梅井さんが憤ったように感想を述べる。またしても挙手なし発言のようだ。


『そうでしたか……そのようなシステムが……うーむ』


 八枷が考え込むような声を上げ、会議の行方は暗礁に乗り上げたかに見えた。

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