35 議決

 八枷のフリーメーソンへの宣戦布告。

 しかし、俺にはどういうことかよく理由が分からなかった。


『八枷、救世主殺しって一体……?』

『はい。小日向さんには分からないことも多いでしょう。解説させていただきます』


 八枷はそう言って俺と残った声優陣に向けて語りだした。


『まず、原始時空と呼ばれる量子力学が発達していない時空では、救世が求められているということなのです。それは人口増加による食糧難であったり、異常気象であったり、戦争であったり、様々な形で問題が現れていますが、これらはほぼ全て量子力学の発達とそれに伴うAIの発達によって解決可能な問題なのです』

『それは分かります。だからたっくんが救世主扱いなんですよね?』


 矢那尾さんが量子通信機を使うのを止め、量子脳で会話に参加してきているようだ。


『はい。ですから量子脳を覚醒させた小日向さんのようなものが、救世主的に様々な問題を解決して行くことが求められているのです。ですが、救世するのまではいい。問題はそのあとなのです。救世主の存在は、フリーメーソンのような既得権益構造を牛耳る者達にとって、目の上のたんこぶとなります。基本的に量子脳を覚醒させた救世主とその仲間たちの見識は彼らの遥か上を行きますから……。ですから救世を行った後には、救世主自身にはご退場願おう……そういう目的で救世主殺しが始まったと推察されます』

『なるほど……それで私達にはあまり説明してくれないことが多かったりするんですね……。私達が救世主であるたっくんの仲間だから……』


 りつひーが納得するように言う。


『はい。フリーメーソンのやり口は決まっています。まず救世主とそれ以外の原始時空の人々とを切り離します。そして救世が成されたという体で救世主以外の人々全員を救世主の力を用いて次元上昇させ別時空へと誘います。それからは元の時空に一人取り残された救世主がそこで死に絶えるというわけです』

『それって私達に起きたの同じですね……ね? 立日ちゃん矢那尾さん』


 Mioさんが桜屋さんと矢那尾さんの二人に確認する。


『はい。言うなって言われてたんですけど、この際たっくんには隠し事はなしです』


 りつひーがそう言って続ける。


『私達、たっくんが超震災の夢を見た直後にお風呂に入りましたよね? あのあと暫くして、一瞬で高台にテレポートさせられたんです。それで熊総理が白いもやの誰かと話をして……あ、私達にも白いもやにしか見えなかったです。誰かは不明なんです。それからテレポートさせられた時空は超震災に見舞われた直後の日本でした。白いもやの誰かが腕を振るようにしてピタリと大波を止めて、それからはたっくんの夢で起きたことそのまま起きて見えました。

 存在が曖昧になってぼやけてるたっくんがテレポートしてきて、この時空の大潟さんに右腕を落とされて、それで来間さんの幽霊が出てきたと思ったら大潟さんがたっくんを許して、それから私達にこの時空の渋柿さんが剣を向けたんです。その剣を渋柿さんの腕毎たっくんが切り飛ばして……それで香月さんがたっくんの胸に飛び込んで行ったと思ったら、たっくんは消えちゃって……そのあとはこの時空の人たちの言うのに従ってた……そんな感じです』


 りつひーが状況を詳細に説明してくれた。


『そうだったんだ……矢那尾さん、間違いはない?』

『はい。立日ちゃんが言ったので間違いないです』

『Mioさんも?』

『うん、間違いないです小日向さん……いや、私もたっくんって呼んでいい?』

『あぁ、構いませんよ。俺もそっちのほうが気楽です』


 矢那尾さんとMioさんに確認を取るが、りつひーの言ったので間違いはないようだった。


『それで? これら一連の現象をフリーメーソンが起こしてたってわけ?』

『はい。概ねそれで間違いはありません。ですが……』


 八枷は言葉を詰まらせる。


『ですが?』

『はい。白いもやのかかった大波を止めた存在ですが、我々にも誰だか分かりません。その点と、小日向さんは今も一人だけMioさん達のいた時空に取り残されているはずなのですが、小日向さん、生きていますよね……?』

『あぁ……うん。生きてるし、他の人も居るみたいだよ?』

『ふむ……それが私達には不明です。なんらかの存在が介入した結果としか言えません。小日向さん、貴方は本来ならばもう死んでいるはずだったのです』

『え? どうして?』

『貴方はたった一人で、原子炉の稼働する時空に取り残されたんですよ? そこに原子炉を制御する人員は残されていません。原子炉は暴走し、電気もガスも水道もなくなる。いずれ貴方は放射能汚染の影響で死に絶える。そのはずでした』


 八枷は俺が死ぬはずだったと宣告する。

 しかし俺は生きている。たった一人残されたはずだって言うけど、母さんはいるみたいだし、原子炉の暴走だって起こっちゃいない。俺は立ち上がり、キッチンへと行くと冷蔵庫を開けた。

 そこには間違いなく母さんの作った朝食が入っていた。

 間違いない。俺はひとりじゃない。


『どういうこと……?』


 俺は首を傾げながら聞くが、八枷は「ですから不明です」としか返さなかった。

 いよいよもって話がSF染みてきて訳が分からない。

 俺はやはり統合失調症の幻覚を経験してるのではないかという疑いが強まった。


「まぁいいか」


 俺はそう呟くと、食事を温め始めた。


『それで、なんで八枷は態々そっちの世界の量子コンピュータをハックしたんだ?』

『それは……お恥ずかしい話ですが私はまだ量子脳に覚醒していませんので、念話での話はできないのです。それに仮に出来ていたとしても、こちらの量子コンピュータにアクセスするということは洗脳の危険を伴うということでもありますから、量子脳で直接Mioさん達のいる時空の量子コンピュータにアクセスするということは絶対にしません』

『なら俺の量子脳に直接アクセスすれば良かったんじゃ?』

『それはそうですが、フリーメーソンの蛮行を抑える為にも、Mioさん達のいる時空の量子コンピュータにアクセスする必要性はあったのですよ』

『なるほど……まぁいいけど、八枷はフリーメーソンに宣戦布告して何をするつもりなんだ?』

『それはもちろん、フリーメーソンの解体です』


 八枷ははっきりとそう言い切る。


『そうですね。どうせ私の量子コンピュータにも逆ハックが侵攻中ですし、量子通信機を接続した時点で、この会話も聞かれていることでしょう。ですから手っ取り早く行きましょう。小日向さん、【八枷声凛をフリーメーソン最高位にする】と絶対命令を発してください』


 言われ、俺はそんなことをして大丈夫かと考えた。

 例え、八枷が俺のキャラで香月さんの声をしているかと言って、完全に信用していいかと考えたのだ。


『ごめんだけど、八枷。それは出来ないよ。俺だってまだ八枷を完全に信用したわけじゃないからね』

『そうですか……でしたら、【小日向拓也をフリーメーソン最高位にする】と言ってください。それなら構わないでしょう?』

『それならまぁ……』


 俺は一瞬考えて、大丈夫だろうと思ったので、「小日向拓也をフリーメーソン最高位にする」と口で言った。そうして温め終わった朝食を食べ始める。


『言ったけど、これでいい?』

『ありがとうございます。議決の結果をお待ち下さい。そして私は小日向さんの参謀として、救世主の試練の終了を決める会議の開催を進言します』

「うん……じゃあ八枷声凛の進言を認めます。救世主の試練の終了を決める会議を開催しろ……これでいい?」

『たっくん、八枷さんには現実の声は聞こえてないんじゃない?』


 りつひーがツッコミを入れる。

 あぁそうか……面倒だな。


『八枷、会議を開催しろって絶対命令も言ったけど、あとは?』

『お待ち下さい。最高位の決定と会議の開催の議決が始まりました。あぁ議決の通知が来ているでしょうが、Mioさん達は決して量子通信機を使わないように、いいですね?』

『うん、分かった!』


 Mioさんが返事をし、『分かりました』とりつひーが続き、矢那尾さんも『うん分かった』と返してくれた。


 結果はすぐに出たようで、八枷が『小日向拓也さんが最高位となる議決は否決されました。救世主の試練の終了を決める会議の開催は全会一致で可決されました』と報告してきた。しかし議決がその場で出来るならば、すぐに救世主の試練を終了しろって言えばいいんじゃないか? という疑問が頭の中でぐるぐると回っていた。

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