32 T2との邂逅

 黒のサタナエルと白のサタナエルの勢力争いと化していた状況をなんとか絶対命令権限を用いて脱した頃、俺のもとにどデカいイメージ映像が浮かび上がった。


『T2!?』

『そうだ、私はT2だ。小日向拓也くんで間違いないな?』


 確かにT2の映像から声が聞こえた気がした。

 しかもその声は下野結菜さんの声そのものだった。


『T2? 本当にT2ですか? 下野さんじゃなく?』

『あぁ……私はT2だ。下野結菜ではない。それよりもだ。いま君が置かれている状況を君は理解出来ているのか?』


 視界を覆い尽くすほどの、くそでかいバストアップアニメ画像のT2は俺に問う。


『いえ、全然……今のところ俺のあっちの時空って呼んでいる時空への量子テレポートが失敗していることしか分かりません。あとは白のサタナエルと黒のサタナエルがいることしか……』

『そうか……どうやらお前には説明が必要のようだな』


 T2はそう呟くと説明を始めた。


『まず第一に、お前が経験しているのは救世主の試練という名の現象だ』

『救世主の試練……?』

『あぁ、そうだ。まだ次元上昇していない時空の一つを選び出し、更にその時空の中で救世主を一人だけ選ぶ。そして救世主以外の全員が次元上昇して別の時空へと飛び、残された救世主は……という内容の現象だ』

『へ? それ全く俺がなってるのと同じ状況です!』

『だからそうだと言っている』


 バストアップアニメ画像のT2は、鋭い目線を俺に向けてくる。


『とにかくだ。この救世主の試練と呼ばれる現象は、どこかの時空の【フリーメーソン】や【イルミナティ】と呼ばれる組織によって引き起こされた事態であると我々の中では知られている』

『フリーメーソンですか? 知ってますけど、でもただの秘密結社ってだけでは?』


 俺がそう言うと、T2は目を更に細める。


『甘いな。お前の時空では量子コンピュータは開発されていたか?』

『はい。一応。でもまだ100量子ビットも行っていないような代物だったかと』

『そうか……。ではお前の時空のフリーメーソンはやってはいない』

『へ? そうなんですか?』

『あぁ、そうだ。他の時空のフリーメーソンが――量子コンピュータを完成させている時空のフリーメーソンが、【原始時空】と呼ばれるまだ量子力学の発展していない時空に対して攻撃を仕掛けた時に見られる現象が【救世主の試練】だ』


 T2はそう俺に教えてくれた。

 どういうことだ。でもなんでT2がそんな事を知っている?


『でもなんでT2がそんなこと知ってるんです?』

『我々の時空でも量子力学は発展している。いまこうやってお前にアクセスしているのも量子コンピュータを使ってのことだ。だが……私は巻き込まれたんだよ、君にな』

『へ? どういう?』


 訳がわからずを聞く俺。


『君、世界を救うために救世主には8人の女性が要るってやったんだろう? 調べはついているぞ』


 T2はやれやれと言った様子で人差し指を自身の頬の上でとんとんとした。


『それは……確かにそんなことをしたかもしれませんけど、でもまさか本物のT2!? ギアスコード世界のT2ですか?』

『あぁ、そうだ。ギアスコードという名で私達の世界が呼ばれているのは知っているぞ。そのT2だ。君に巻き込まれて別時空に転移させられそうになったが、力技でそれを防いだんだ』


 T2は訳が分からないことを言う。

 俺は混乱していた。


『で、でも、アニメの世界が本当にあるだなんてそんな……』

『はぁ……君の世界には虚構実在論という論理があると聞いたぞ? 簡単に言ってしまえばそれだよ。虚構があればその実在もある。ただし、全てが同じ設定とは限らないが……すまん。あちらの量子コンピュータに割り込んだ限界が来たようだ。君はとにかく余り奴らに振り回されずに生きろ! それが私の言いたいことだ、悪も居れば善も居る。全員が敵ではないが、あまり踊らされないことだ! ……ではな!』


 T2がそう言うと、一気にクソでかいバストアップ画像が消えてしまった。


「なにがどうなってるんだ?」


 俺がそう呟くと、りつひーが聴覚共有で今のつぶやきを聞いていたようで反応する。


『たっくん……今の話、私、視覚共有と聴覚共有で聞いてたんですけど、マジですか?』

『え? りつひー聞いてたの?』

『はい。あのクソでかいT2。たぶん本物ですよね? 前にたっくんがT2はいるって言ってたのってマジだったんですね』

『どうやらそうみたいだね……でもりつひー。このことは内緒だよ。たぶん今の、俺と視覚か聴覚を共有してないと見れてないから、メーソンの連中には絶対教えないで』

『……! 分かりました!』


 りつひーは確かに返事をしてくれた。

 そうして、しばらくすると今度は亜翠さんがフリーメーソンの連中に言われたのかこんな事を言いだした。


『たっくん、伊緒奈ちゃんがそっちの世界に行くって言って量子テレポーターに入っちゃったみたい』

『え? 香月さんがですか?』


 俺は驚いている。実際、香月さんを持ち出されたことで本当に驚いていたが、しかしT2との話の件もある。亜翠さんが言っていることがどこまで本当なのか、フリーメーソンの連中に言わされていることではないのかを慎重に吟味する必要性があった。


『うん……それでたっくんがやってたみたいにもう2時間くらい一人で量子テレポートしようと頑張ってるみたいなんだけど、たっくん、なんとか助けてあげられない?』


 香月さんが関わっているかも知れないと言われては、俺にはもう助ける以外の選択肢はなかった。


『分かりました。できる限りやってみます』

『うん、ごめんね。たっくんにはまた量子テレポートをするみたいにして欲しいんだって』


 俺はその一言でピンと来た。はは~ん。それでまた俺を極限まで疲弊させようってわけか。フリーメーソンの連中の考えそうなことだ。

 サタンの勢力とかって話も実はフリーメーソンの連中が自在にコントロール出来ているんだろう。亜翠さん達はどうやらそれらを全て知らされているわけではなさそうだったが、しかし余り踊らされるわけには行かない。けれど香月さんを人質にされてはやらないわけにはいかなかった。


『分かりました。取り敢えずこの前みたいにまたやってみます』

『うん! きっと伊緒奈ちゃんを助けようね!』


 亜翠さんはきっとメーソンの連中に騙されていいように使われている。

 だがそれを今直接指摘してもあまり変わりはしないだろう。

 俺は取り敢えずあちらの要求に乗ることにした。


 改めてベッドの上で仰向けになり、動かないように体勢を整えて目を閉じる。

 目を閉じると、なんと右隣に香月さんのいるであろう量子テレポート装置のようなものが薄っすらと見えた。だがたぶんきっとこれはフリーメーソンの連中によって見せられている幻影だ。でも……香月さんは別れ際に確かに、こっちに飛んでいくと言っていたのではなかったか。

 本当か嘘か。俺には判別が出来ず、全力で頑張るしかないという結論に至った。


『それじゃあ、まずは指と足の先から行くよ』


 以前と同じく、亜翠さんがオペレートしてくれる。

 俺は右隣にいる酸素カプセルのようなものに入った香月さんを、ただじっと瞼を閉じて見ていた。

 1時間経ったか経たないかで、『うん! 足と腕はOK! 伊緒奈ちゃんもたっくんのおかげで同期取れたみたい』と亜翠さんが言った。


『あとは体から順番にやっていくね』


 亜翠さんがそう言い、りつひーが『たっくん、あまり無理はしないでくださいね』と俺を心配してくれた。

 そうして更に30分ほど経っただろうか、『体もOKだよ、たっくん!』と亜翠さんが嬉しそうに言った。


『なんだか俺が一人でやってた時よりも遥かに早いですね』


 俺が感想を漏らすと、亜翠さんが『たっくんと伊緒奈ちゃんの量子力学的な相性が良いからって聞いてるよ。あとこっちの転送装置が優れてるからね』とメーソンに言われた通りっぽい台詞を言う。

 俺が思っていたよりも順調に香月さんの量子テレポート補助は進んでいった。

 思っていたよりも簡単だったので、T2に言われていた踊らされるなという言葉を忘れそうになっていた。しかし、本当の地獄はここからだった。

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