29 審判の日と救世、そして約束

 確かに夢の中に出てきた俺は、どうやら一瞬で波の見える丘のような場所にテレポートさせられてきたようだった。


 そして俺の眼の前には何故か白装束で刀のような光の剣のようなものを持ったベテラン女性声優の大潟おおがたみなみさんが立ちはだかった。

 周りには他にも白い装束を身に着けた有名な声優達の姿があったが、どうやら大潟さんに任せる様子だった。

 大潟南さんは90年代を代表する鬱アニメの主人公役等、多数のアニメで主役クラスを演じてきたベテラン声優さんだ。その大潟さんが俺の前に立ちふさがっていた。

 そして大潟さんは俺の右腕に、刀のような光の剣のようなものを振り下ろす。

 俺の右腕が夢の映像の中で飛んだ。

 しかし血しぶきのようなものはない。

 それでも確かに俺は右腕を失ったようだった。

 俺は混乱しながら、ベッドの上であぐらをかいて、その夢の中にいるのか自室のベッドの上にいるのか混乱しながら映像を見ていた。

 再び大潟さんが、光の剣を俺の眼の前で振り上げた時だった。


『やめて大潟さん!』


 どこからか現れた実体を持たない幽霊のような女性が、光の剣と俺との間に割って入った。


『たっくんは確かに悪いことしたかもしれないけど、でも私のキャラをずっと好きでいてもくれたよ!?』


 俺にはそれが誰かはすぐに分かった。

 最近若くして亡くなった女性声優の来間くるま由実ゆみさんだ。

 どういうことか分からないが、来間さんは俺を庇ってくれるようだった。

 そして、俺には大潟さんに裁かれる理由のようなものが薄っすらと記憶に蘇る。

 俺は、来間さんが病に臥せっているという記事をまとめブログで読んだ際に、【このまま死ねば面白いのに】というコメントを書き込んだことがあったのだ。

 別に来間さんを恨んでいたわけでも嫌っていたわけでもないが、高齢ニートという自分の境遇と比較して、世の中で意外な事が起こると面白いと思っていたからだった。

 俺は、あぁきっとそれで大潟さんに裁かれているんだと悟った。


『大潟さんは、たっくんのことを知らないんだよ! だからこれ以上はやめて!!』


 来間さんが必死に大潟さんを説得すると、大潟さんは剣を収めた。

 しかしその次に待っていたのは、俺の8人に選ばれた女性声優達への攻撃だった。

 香月さんへ白い装束を来た有名男性声優の渋柿しぶがきとおるさんが剣を振り上げる。しかし隣にいたこれまた白い装束を着た田松たまつ倫也ともやさんに、『やめておけ……』と左腕で制され止められていた。

 渋柿透さんは俺の3つ4つ上で、確か帰国子女だったはずだ。

 田松倫也さんは俺の6つ上で、サブカルに深く精通していることで有名だ。

 そんな二人が香月さん達を裁こうとしていた。

 田松さんに止められたにも関わらず、それを強引に振り切って渋柿さんが再び剣を振り上げる。

 振り下ろされた剣を、俺は必死で香月さんを守るつもりで、同様に剣があるイメージで残された左腕で切り払った。

 距離があるように見えた俺と白装束の渋柿さんとの距離が一気に詰められ、俺は見事に白装束の渋柿さんの右腕を剣毎切り払った。宙を飛ぶ渋柿さんの右腕。

 どうやら俺はテレポートして距離を詰めたらしい。俺の左腕には光の剣が握られていた。

 現実の俺はベッドの上に座っている状態だったが、なにがなにやら分からず自分の意思が明確に反映されている眼の前の映像に身を任せていた。


『ぐわああああああ』


 泣き叫ぶ渋柿さん。


『だからやめておけと言ったんだ』


 白装束の田松さんが渋柿さんの体から離れた右腕を拾いあげると、白装束の渋柿さんと共に去っていく。


 テレポートして来て香月さんを守った俺の胸に、香月さんが思い切り飛び込んできた。


『たっくん……!』


 そんな声が聞こえ、俺の夢の映像はそこで途切れた。


「なんなんだ一体……?」


 現実でそう呟く俺、だが混乱は収まらない。


『たっくん、今の一部始終って一体……? あの白装束をきた声優のみんなは何者?』


 亜翠さんが混乱して俺に聞いてくるが、しかし俺だって分からない。

 それに俺が大潟さんに裁かれるのはまだ分かるが、他のみんなが裁かれそうだったのはもっと分からなかった。


『俺にもわけが分かりません。そもそも夢のような映像が目の前で展開するのも初めての経験だったので……』

『でも、たっくんは私を守ってくれたよね? ね?』


 香月さんがなんだか少し怯えた様子で尋ねてくる。


『はい。確かに守ったはず……です』


 俺は怯える香月さんを安心させるように言うと、自室のベッドの上を降りて下の階へと向かった。

 お風呂に入らなければならないと思った。

 冷や汗を大量にかいていたし、このままでは風邪を引いてしまう。

 俺は一階で風呂に入る準備をすると、風呂に入った。

 そして思いついたように、「この時空の人々全てを小日向拓也が救済する!」と言った。

 それからは幸いなことに、風呂に入っている間は混乱しているみんなの会話こそ聞こえていたものの、それ以外にはなにもなかった。

 しかし、風呂を出て再び二階の自室へと向かう階段の途中、突然、いままで黙り込んでいた熊総理が念話を送ってきた。


『おめでとう、小日向くん!』


 急に祝われてなんのことかと思ってしまう俺。


『はい? どういう意味ですか?』


 俺が聞くと、熊総理は『世界がたったいま救われたんだよ小日向くん』と嬉しそうな声を上げる。


『世界が救われた……? どういう意味ですか熊総理』

『いやなに、君にもいずれ分かるさ。とにかく、おめでとう! 君は間違いなく光の救世主だった』


 訳がわからず、俺は亜翠さんに『どういうことですか?』と聞いた。

 すると亜翠さんがなんだかとっても困った様子で『うん……世界はね。さっき救われたみたい』と言った。


『どういうことですか? 超震災なんて起きてませんよね? それなのに救われたって?』


 俺は混乱して質問を重ねる。

 すると、亜翠さんの事務所の社長である川森さんが念話してきた。


『小日向くん! おめでとう!』

『いや、わけがわかりませんって、おめでとうってどういうことなんです?』

『いやなに、世界は君によってさっき救われたって聞いたけど? 僕達もみんな次元上昇したってね。まぁそう言うことだから! おめでとう!』


 訳が分からない。次元上昇した? どういうことだ?

 俺にはこれが統合失調症の症状にしか思えなかった。今日の幻覚はそれはまた派手な幻覚だったが、それでも幻覚は幻覚だ。きっと統合失調症の症状に違いないと思っていた。


『亜翠さん、一体どういうことか説明してもらってもいいですか?』

『うん……あのねたっくん。私達の時空は次元上昇したってことみたい』

『はい? じゃあやっぱり俺のいた時空とは違ったってことですか?』

『うーんえっとね、そうじゃないの。たっくんは間違いなく私達の時空にいたの。でも今は違うみたい』

『へ? どういうことです?』

『とにかく、私から言えることは、たっくん、こっちへ来て! ってこと』

『違う時空へですか?』

『うん、それからね。伊緒奈ちゃんとは約束してあげて』

『……約束?』

『うん。一生あなただけを愛するって約束』


 亜翠さんが唐突にそんな事を言いだした。

 でもそれは香月さんとだけで良いのだろうか?

 8人必要なんじゃなかったのか。


『それって他の人達は良いんですか? 亜翠さんは?』

『私達はいいから! 伊緒奈ちゃんとだけ!』


 そう言う亜翠さんは急いでいる様子だった。


『分かりました……』


 理由もわからず、俺はそう返事をすると、さきほどまでは夢について話をしていたはずの香月さんに話しかけた。


『香月さん。なんか、香月さんと一生あなただけを愛するって約束をしろって』

『うん、そうなんだたっくん。私と約束してくれる?』

『それはまぁ構いませんけど……』

『ごめんね、説明してる時間ないんだ。じゃあ私が【香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ】って言うから、たっくんは【小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ】って念話じゃなくて声で返して、これを8回繰り返すことで、私達はお互いに一生あなただけを愛するって約束をしたことと見做します! いい?』

『分かりました……』

『じゃあ、行くよ。香月伊緒奈は小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ」


 俺は本心からそう言った。

 確かにそう思っていた。

 香月伊緒奈を愛していると。

 だから紡ぐ。


『うんいいよ、じゃあ続けて2回目。香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ」

『香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ」


 続ける内にあんなにもはっきりしていたはずの香月さんの声が薄れて聞こえる。

 どういうことだろうか。時間が無いって一体……?


『4回目。香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ」


『うん、これで半分だね』

『はい。でもどうして8回なんですか?』

『それはね。すごく重要な意味があるんだけど、今は説明できない。5回目行くよ。香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ」


 俺はこのまま香月さんがどこか消えてしまいそうな気がして、泣きそうになりながらも言葉を紡ぐ。


『香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ……これで6回です」

『うん、あと2回だよ。行くよ、香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ」

『ラスト! 香月伊緒奈は、小日向拓也が大好きだぞ!』

「小日向拓也は、香月伊緒奈が大好きだよ!」


 8回。俺は彼女に、香月伊緒奈に愛していると言った。

 俺はこれが最後の別れになるんだということをなんとなく分かっていた。

 だから懸命に言葉を紡いだ。


『たっくん……大好きだよ、約束。私は、香月伊緒奈は必ずあなたの元へ飛んでいくからね。ばいばいたっくん』


 香月さんが最後にそう言って、どんどんと声は薄れていく。

 何度も何度も最後の香月さんの言葉が脳裏に反芻しては消えていき、段々と声は薄れて聞こえなくなっていった。



第1章 救世篇 終わり


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき失礼します。

ここまで読んでいただいた方ありがとうございました。


これにて第1章 救世篇完結となります。


記憶を手繰り寄せるように書いてきた、本ノンフィクション小説も一区切りとなりました。

興味深い、面白い、何でも構いませんが肯定的感想を持ってもらえたならば是非フォロー評価等をよろしくお願いします。次回からは第2章 フリーメーソン篇となります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る