28 雪の日の夜

 自室のベッドで仰向けになりながら俺は念話をしている。

 声優さん達の護衛の面々の色を見る作業は結構大変なものだった。

 一人につき四人の人員が付いていたので、合計28人にプラスして新たな交代人員の何人かの色を見ることになった。


『これでMioさんの護衛の人も色ありで問題なさそうですね!』

『よくわかんないけど、ありがとうございました』


 Mioさんが俺にお礼を述べ、香月さんが『いよっし! 明日からはより一層安心だね』と嬉しそうにしている。


『でも、たっくんのイメージの色を見るって、なんだか善悪の判断をしているみたいで不思議だねぇ』


 矢張さんがほんわかと言う。


『でもそれって中2病的なことじゃなくて、本当に意味があるんですよね?』


 持田さんが確認するように聞くと、香月さんが『きっと意味がありますよ!』と肯定した。


『まぁ意味があるかないかは分かりませんけど、保険ですよ保険』


 と俺は適当な事を言ってはぐらかす。

 実際には統合失調症の可能性を疑っていたのだから、これは意味がないことなのだろう。俺に言えるのは、ただそうした方が良いと思ったということだけだった。


 そうしてみんなの護衛の色を確認してから、特に問題はなく10日ほどが過ぎた。

 今日は2017年12月12日。

 先程まで居間で見ていたニュースによれば、xx県では今夜、初雪が観測されるらしい。


 俺はと言えば、今日もみんなの仕事が終わるまで暇で死にそうになっていたが、午後6時を回る頃には『今日の仕事終わりました!』とぽつぽつとみんなが報告してきた。


『たっくん! 雪降ってるかな?』


 香月さんが待ち切れないと言った様子で念話を飛ばす。


『待ってください。外見てみます』


 居間から廊下に出ると、既に暗くなっていて外はよく見えない。

 俺はレースカーテンをめくると、温度差で白くなっていた窓を手で軽く磨いた。

 どうやらぽつりぽつりと雪が舞っているらしい。


『おぉー! 雪! 明日には積もってそうな勢いだねぇ』


 視覚共有で見ていたらしい香月さんが、明日の積雪を予想する。


『そうですね。30cmくらいは積もってるかも』


 俺がそうニュースで聞いた市街地での降雪予想よりプラス10cm多い予測をすると、香月さんが『楽しみだね、たっくん!』ととても楽しそうだった。

 そしてその夜もなにもなく、いつものように順番にみんなの話を聞いた後に就寝した。


 翌朝。朝10時過ぎ。

 いつもと同じ時間に起きた俺は、真っ先にいつもは開けない部屋の窓のカーテンを開けた。


『どうですか、これが田舎の雪景色ってやつですよ』


 なんだかちょっとだけ誇らしげに言った俺に、次々と視覚共有を行ってきた声優陣が反応する。


『うわぁ……すっごい! 物置の屋根に20~30cmは積もってるね。てか割と幻想的!』


 香月さんが幻想的な光景だと言い切る。


『うん、まぁ田舎の山奥だったらこれくらい積もるんだねぇ』


 亜翠さんが積雪量に納得しているようだ。


『はい。私xx県の田舎の雪景色って初めて見ました!』


 矢那尾さんが感動を覚えているようだ。


『へぇ……割と綺麗じゃないですか』


 りつひーが綺麗と言った。


『これだけ積もったら、雪だるまとか作れそうですね!』


 矢張さんが雪だるまに夢を馳せる。


『え? みんなは見てるんですか、ずるいです! 私も見たいです田舎の雪景色!』


 持田さんがそう言い、矢那尾さんが『たっくん、持田さんにも視覚共有してあげて!』と言うので、俺は持田さんに視覚共有するように念じた。

 すると、『わぁ……綺麗ですね。こんなに12月に雪が積もるんですね』と持田さんにも視覚共有が成功したようだった。


『小日向さん、せっかくだから私も見たいです!』


 Mioさんがそう言ったので、今度はMioさんに視覚共有をした。


『おぉー! 確かにこれはいい雪景色ですねぇ。てか眼の前に映像が浮かぶのってなんだかちょっと怖いですね』


 Mioさんが初めての視覚共有に戸惑いを隠せないようだ。


『うん! たっくん約束を果たしてくれたね、ありがとう!』


 香月さんがお礼を言い、俺は『どういたしまして。粗末な田舎の窓からですけど堪能いただけたようで良かったです』と返す。

 俺は統合失調症の幻聴だとは思っていたが、しかしみんなと話すのはとても楽しくて、自分から幻聴との会話を止めようとは思っていなかった。

 こんなささやかな幸せな日々が毎日のように続けばいいと思っていた。

 しかし突然に、終わりはやってきた。


 2017年12月13日の夜。

 夕食を食べた後の睡魔に身を任せて自室で微睡んでいた俺は、夢で飛び起きた。

 どんな夢だったかと言えば、それは超震災の起きる夢だった。

 しかも、起きた後もその夢の映像が目の前でうっすらと展開され続けている。

 その夢の続きであるニュース映像ではマグニチュード9.7を表示している。

 迫る波。今すぐに避難することを推奨するニュースキャスター。


「なんだこれ、どうなってるんだ?」


 俺はそう呟くと、亜翠さんに報告を入れた。


『亜翠さん。とうとう俺、おかしくなったみたいです。眼の前で超震災の映像が流れて止まりません』

『え? たっくん、どういうこと?』

『分かりませんけど、マグニチュード9.7って……』


 俺は混乱してマグニチュード9.7という情報だけを伝える。


『たっくん、今のところそれは起きてないみたいだけど、いつ発生したのか分かる?』

『分かりません……でももしかしたらもうすぐにでも起きちゃうのかも』


 俺は適当にそんなことを念話で言った。


『たっくん、震源はどこ?』

『震源……すみません、本州の南側だってことしか分かりません』

『とにかく冷静になって、今はまだそんなことは起きていないから!』

『はい。分かりました。すみません驚かせちゃって』


 亜翠さんとそんなやり取りをすると、夢の映像は続いていく。

 そうして熊総理が夢に出てきた。

 熊総理は高台のような丘のような場所で、もやのかかった白い誰かと話をしているようだった。

 白いもやのかかった誰かは迫りくる大波をピタリと止める。

 それはまるで、モーゼが海を割ったかのように、超常的な出来事に見えた。

 俺の8人の内の7人の女性声優たちもまたその場にいるようだった。

 そうして夢の中の熊総理は再びもやのかかった誰かと話をしてから、『審判の日がやってきた』と言った。


『いま夢に熊総理が出てきて、審判の日がやってきたって誰かと話をしてから言いました』


 俺は逐一映像の内容をみんなに聞こえるように念話で飛ばすが、たぶん亜翠さんにはもう俺の眼の前の映像が見えている。


『審判の日……? どういうことだコヒナタ』


 パルヴァンさんが混乱しているようだ。


『分かりませんけど、ただ漠然とイメージがカラーの人物は助かって、モノクロの人たちは助からないってそういうイメージがいま湧き上がってきました』

『たっくん、大丈夫? 私も見てるけど、これって一体……?』


 香月さんが俺を心配しているようだが、香月さん自身も混乱しているようだった。

 無理もない。きっと視覚共有で映像が見えているはずだ。


『私も見えてますし、イメージも分かります。審判の日ではカラーの人は救われて、モノクロの人は救われないってそういう感じですよね?』


 りつひーが冷静に分析する。


『どういうことだ!? ただの超震災が起きる予言の夢というわけではないのか!?』


 パルヴァンさんが更に混乱を極めている。


『私も、私も見えてます映像! なにこれ……一体どういうことなんでしょう?』


 持田さんも俺の眼の前で薄っすらと展開されている夢の続きを、視覚共有できているようだった。


『私も見えてます!』と矢那尾さん。

『私も見えてるよたっくん!』と矢張さん。

『私も! なんか良くわからないけど神様みたいなもやがいますよね!』とMioさん。


 どうやら7人全員に視覚共有が成功しているらしい。

 パルヴァンさんは見えていないようだ。


『どういうことかね小日向くん、私が出てきたと聞いたが?』


 熊総理も念話に加わる。


『はい。超震災の夢の中に熊総理が出てきて、白いもやのかかった誰かと話したかと思えば、波が止まって、それでまた白いもやのかかった誰かと話をした熊総理が、審判の日がやってきたって言ったんです』

『君たちが見ているのは、一体いつのことなんだい?』


 熊総理が質問する。

 しかし誰もそれには答えられない。

 いつのことなのかは不明だった。

 そうして今も映像は続いていて、次は白いもやがふっと腕のようなものを振ると、夢の続きである映像に俺が現れた。確かに俺だった。

 俺は夢を見ているのか、現実にいるのかが曖昧になり頭を抱えた。

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