26 買い出しと襲撃
朝起きて一階に降りデジタル時計を見ると、12月1日の金曜日の朝10時過ぎであることを示していた。
きっとみんなは自衛隊のセーフハウスから仕事のある都内へと行き、仕事を開始した頃合いだろう。
『たっくん、本当に大丈夫?』
香月さんが夢のことを心配してか、俺に念話を送ってくる。
『はい。特に問題はないかと……香月さんこそ仕事いいんですか?』
『良くはないけど、たっくんが気になって……』
『俺は大丈夫ですよ。いつもと変わりません』
そう返し、いつものように電子レンジで朝食を温め始める。
『それなら良いけど……なにかあったらいつでも言ってね!』
そう香月さんが言い残して、仕事へと戻っていく。
俺は温め終わった朝食を持って居間へと向かうと、食事を済ませた。
「うん、いつもと何も変わらない……あの夢はなんだったんだろう?」
そう呟くが、あの夢がなんだったのかは分からずじまいだ。
あの夢がもし正しければ、光の救世主に俺はなったはずなのだ。
だが実感なんてものはないし、現実でなにかが起こるわけでもなかった。
もしかしたら、香月さんたちになにか悪いことが起きるのかも知れない。
いや……考えすぎか。
俺は変な考えを払拭するかのように頭を横に振ると、いつものようにTVを付け、ワイドショーで時間を潰し始めた。
俺の心配はよそに特に何もなく夜10時過ぎ。
みんながほぼセーフハウスに戻った頃、俺は家のキッチンで夜食を探していた。
「うーん、なんにもないな食べ物。作ればあるんだけど、母さんはもう寝たしな……」
母は既に寝るために二階へ行ってしまっているので、夜食を作ってもらうわけにはいかない。
さてどうしたものか……。
「よし、コンビニに買い出しに行こう!」
そう決めて、パジャマから着替えると、香月さんと一緒に選んだミリタリージャケットを羽織った。
『たっくん、どこか行くの?』
亜翠さんが問う。
『はい。ちょっとコンビニまで買い出しに……』
俺がそう答えた時だった。
『コヒナタ……お前まさか外出する気か?』
急にパルヴァンさんから念話が飛んできた。
『あ、はい。夜食がないのでコンビニまで車で買いに行こうかと……駄目ですか?』
『あまり推奨はしない。何故か分かるか?』
俺はいまいちピンと来なかったので、『さぁ?』とだけ返した。
『件の量子フィールドはお前を中心に展開されていると考えられている。つまりだ。お前が動けば量子フィールドもまた動くということだ。これが何を意味するか分かるか?』
『うーんと……俺が移動すると、不味いってことですか?』
『端的に言えばそうだ。お前の周囲3km圏外の市街地郊外に、お前に対する対策を行う自衛隊と米軍の合同本部が設営されているが、お前が動けば恐らくは本部が量子フィールドに飲まれることになる。我々は記憶を失うわけには行かない。故に本部の部隊を移動させる必要性がある。意味がわかるな?』
パルヴァンさんは暗に、俺に出歩くなと警告している。
『分かりますけど、でも家から出るなっていうのは酷ですって。お腹も空いてきたし、俺普通にコンビニに行きますよ。本部の皆さんには悪いですけど、移動してもらってください』
これが統合失調症の幻聴である可能性を思い、俺はコンビニに行くなというパルヴァンさんの要請は蹴ることにした。
『待てコヒナタ。本気か?』
『はい。本気です』
『アスイ、何か言ってやってくれないか?』
パルヴァンさんは亜翠さんへと説得を頼む。
『たっくん、どうしてもコンビニへ行くの?』
亜翠さんが俺に聞く。
『はい。だって俺にはまるで実感ないんですもん。それに量子フィールドが動くっていうなら、本部の方の人員も動かしたらいいじゃないですか』
俺はあっけらかんとそう言い放つと、車の鍵を持った。
『たっくん。私は別に止めたりはしないよ。コンビニ行ってきなー』
香月さんがそう言い、俺は家を出て、母の車へと乗り込んだ。
『コヒナタ。どうしても家を出ると言うならば止めはしない。だがすぐにでもお前の立場が弱くなることは防ぎきれんと言っておくぞ』
『はい。分かりましたー』
俺はパルヴァンさんの忠告に適当に返事をすると、車のエンジンをかけた。
30分ほどしてコンビニに着いた俺は、香月さんと念話しながら買い物を進める。
『ジャーキーは今食べる気はしないです』
『じゃあなに買うのー?』
『サンドイッチとおにぎりと、あと適当にお菓子と飲み物ですかね』
そんな念話をしながらコンビニでの買い物を終え支払いを済ませると、俺は再度車に乗り、コンビニをあとにした。
「なんだ。やっぱり何も起きないじゃないか」
量子フィールドが移動して不味いと聞いていたが、特に現実では何も起こらない。
やはり考えすぎというものだ。これは統合失調症の幻聴である可能性が最も高いのだから、行動を縛られる必要性はないのだ。
俺は気楽な気分で、家路を進んだ。
家へと着き、車を降りて鍵をかけた時、パルヴァンさんから念話が来た。
『コヒナタ。非常に言い難いんだが、作戦の決行が決まった』
『はい? 作戦ですか?』
『あぁ……将軍がお前の勝手な行動に大層激怒してな。プラント大統領に進言したんだ。お前の絶対命令権限や量子フィールドの脅威を排除するために、このあと0300時にお前の家へと攻撃が行われることに決まった』
パルヴァンさんはそう宣言する。
『へぇ……それは量子フィールドの前では無駄なんじゃないんですか?』
俺は気楽にそう答えた。
『人間が関与すれば因果律への干渉によって、記憶障害を起こし作戦実行は不可能なのは分かっている。だから今回は無人機を使うことになった。空軍の無人攻撃機だ』
『おぉ……無人攻撃機なんてあるんですね』
『あぁ、もしかしたらお前とは3時までの付き合いになるかもしれん。俺としてはお前を友人だと思っているから、お前の安全を願いたいところだが……』
パルヴァンさんは俺を友人だと言う。
確かに短い間ながらも深い付き合いをしてきた仲だとは思うので、そう言って貰えたのは少しだけ嬉しかった。なんだか頼りになる兄貴分のような気がしていた。
『まぁ、きっと大丈夫ですよ。量子フィールドの因果律干渉はきっと無人機相手でも問題はありませんって』
俺は統合失調症の幻聴だと思っているので、気楽にそう返す。
家に入ると、買ってきた夜食を食べ始める。
そうして夜食を食べ終えると風呂に入り、それも終わるとみんなと話をしながらベッドに入った。
『たっくん、量子フィールドで守れてるから大丈夫だよね?』
香月さんがやはり少し心配なのかそう言う。
『大丈夫ですって。たぶん幻聴ですから……』
『また、たっくんはそんなことを言う……。これホントのホントだよ? 私達、共同生活までさせられてるんだからね!』
亜翠さんが俺を叱るように言うが、俺には実際に連絡を取れたりしたことがないのでまるで実感がなかった。
俺は昨日と同じようにみんなと順番に話をすると、2時頃には眠りについた。
『コヒナタ、起きろ!』
パルヴァンさんの念話で起こされて急に目が覚める。
『まもなく作戦開始だ』
上半身だけ起き上がって机の上の時計を見る。確かに午前3時だった。
『3km圏内に無人機が突入した。今のところ問題はなく航行している』
パルヴァンさんが作戦内容を俺に伝えてくれる。
俺は再びリラックスして寝る姿勢に戻った。
量子フィールドがあるから大丈夫だと思ったし、これは幻聴だから大丈夫だと思ったのだ。
『そうですか、通信に影響はありませんか?』
『さぁな……パイロットからは今のところ正常だと報告が来ているが……。どうやらターゲットを確認したらしい。お前の部屋をロックオンするぞコヒナタ……すまんな』
パルヴァンさんがそう言った直後のことだった。
緑色と赤色で構成されたロックオンマーカーのようなものが、俺の部屋中に展開される。
「嘘だろ!?」
俺は飛び起きるように上半身を上げた。
だがなにかがおかしい。部屋の南側の窓には一級遮光カーテンが確かに掛かっていた。
『射撃開始だ……!』
パルヴァンさんが叫ぶ。
しかし俺の部屋にはそれ以上は何も起きない。
ミサイルが突入してくることも、弾丸が飛び込んでくることも無かった。
暫くしてロックオンマーカーのようなものが消えると、パルヴァンさんが『作戦は失敗だ……』と告げた。
『たっくん、いま確かにお部屋にロックオンマーカーみたいなの写ったよね?』
亜翠さんが驚いた様子で聞く。
視覚共有していたんだろう。
『うんうん! 私も見た!』
香月さんも視覚共有していたようだ。
『はい。確かに緑と赤色の光学ロックオンマーカーみたいなのが表示されましたけど……』
俺がそう言うと、パルヴァンさんが『ふむ……そうか。だが大事ないな? コヒナタ』と確認してくる。
『はい。ミサイルも機銃掃射も爆撃も一切なかったですよ』
『ふむ……やはり因果律の干渉を受けていると考えるべきか……ミサイル発射と機銃掃射を確かに行ったが、お前の部屋には1mmも傷を付けられなかったらしい』
パルヴァンさんがほっとした様子で報告してくる。
でもなにかがおかしい。
『それは良かったですけど……でも部屋には一級遮光カーテンがかけられていたので、光学ロックオンが仮に行われてたとしても、その光がこの部屋にまで貫通してくるのはおかしいですって! カーテン上部にちょっと隙間があったくらいですよ?』
やはりこれは統合失調症の症状で幻覚を見せられているのかもしれない。俺はそう思った。
もしくは別の世界の出来事なのか? 量子フィールドに囲まれた俺の周囲3kmは別世界扱いになっているのかもしれない。
『なにカーテンが? 我々の映像ではレースカーテンしか見受けられなかったようだが……』
パルヴァンさんは不思議そうに言う。
『なんにせよ、たっくんが無事で良かったよ!』
香月さんが大きな声で俺の無事を喜んだ。
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