25 香月さんとの話と救世主

 自室。ベッドの上で仰向けになりながら7人中6人とのテレパシーを終え、俺は最後の一人である香月伊緒奈さんへと念話を送り始めた。


『お待たせしました香月さん。まだ起きてますか?』

『うん、なんとか起きてるよ~。でも寝そうかな。明日も仕事だし寝てても良い?』

『はい。構いませんよ。俺は起きてないと念話出来ないんで起きてますけど』

『そっか。じゃあお言葉に甘えて寝させて貰おうかな』


 そう言うと香月さんは本格的に寝始めたようだった。


『たっくん私ね、実はたっくんが皆と話してるの全部聞いてた』

『え? そうなんですか?』

『うん……恥ずかしかったりしたらごめんね。悪いかなとも思ったけど、でも気になっちゃってさ』

『そうなんですね。まぁ、別に俺は構いませんけど』

『たっくんってさ、割と女性の扱い上手かったりする?』

『えぇ……それはないと思いますけど……』


 人生を通して一人も彼女がいなかったというわけではないが、しかし女性の扱いに長けているとは言えなかった。


『なんでそう思ったんですか?』


 俺が聞くと、香月さんが『だって……みんなと割と上手くやってたように聞こえたよ?』と香月さんが俺を責めるような言い方だ。


『そうですかね? まぁ、俺としては一方的に知ってる有名人ですから、話しかけやすかったってのはあると思いますけど……』

『ふぅん……まぁいいや、今は私の時間、だよね?』


 香月さんはなんだか嬉しそうに確認する。


『はい。最後は香月さんって言ったじゃないですか。俺も流石に眠いので、俺が寝るまでで良いなら全部香月さんの時間です』

『えー、たっくんが寝るまでなんだ? なんかすぐ眠っちゃいそう』

『そうかもしれません』


 そう言うと香月さんがふふふと笑い、俺も笑みを浮かべる。


『私ね、実は8人集める必要性はあったのかーとか、実際に8人集めてみてどんな感じーとか聞きたいことは色々あるんだけどさ、今はその辺のことはいいや……たっくんは私に聞きたいことある?』

『香月さんに聞きたいことですか? そりゃたくさんありますよ。例えば学園ジュブナイルRPGの最新作ではどんな収録したのかーとか』

『おぉ、たっくんあれやったの?』

『やりました。めっちゃ名作でした。個人的にナンバリングタイトルは全部やってるんですけど、一番の出来だったなって。香月さんのオペ子役も歴代オペ子の中で一番好きでした』

『そっかーそれは良かったよ』


 香月さんはとても嬉しそうだ。


『じゃあたっくんがもし絶対命令権限とかの影響で学園ジュブナイルRPGみたいな力を持ったら、私をサタナエルの力で守ってね!』

『アハハ、分かりました!』


 俺は香月さんの要求を快諾する。

 サタナエルとはキリスト教ボゴミル派に見られた、悪魔の王サタンの堕天する前の名である。

 学園ジュブナイルRPGでは主人公の最終的な力として描かれていた。

 ちなみにギアスコードと同じくめぐり純一さんが主人公のCVを担当している。


『でも、もう香月さんが危ない目に合わないように、自衛隊の人も全力で守ってくれてると思うので、きっと大丈夫ですよ』

『うん、それはそうだけどさ。私、たっくんがこの前張ってくれた結界ってやつ? あれの意味がなんとなくあるんじゃないかなって思ってるんだ』

『へ? そうなんですか?』


 香月さんの言い分に俺は素っ頓狂な声をあげる。


『うん。特殊部隊による救出の時にも、私に電気銃やゴム弾が当たるのを防いでくれたんじゃないかって思ってるんだよね、えへへ。まぁ、私の思い過ごしかもだけどさ! でもたっくんが必死に絶対命令権限を使ってくれて、私はとっても嬉しかったよ。改めてありがとね、たっくん!』


 香月さんはそう改まって俺にお礼を述べるが、当の俺は中二病的な発想の結界が本当に効果を発揮しているのかが分からず、なんとも言えない恥ずかしさに満たされていた。


『まぁ、それはそれとして、もう丑三つ時ですよ』


 俺は少し起き上がって背後の机の上に乗っていた時計のライトを点けて時間を確認すると、時刻は2時頃を示していたのでそう告げる。


『わぁ、もうそんな時間かぁ、たっくんももう寝ないとだね?』

『はい。そうかもしれません。香月さんはもう寝てますか?』

『うん……ちょうどいま寝付いたところかな? 寝ながらでもテレパシーができるってなんだかとっても不思議な感じだね。でも寝てる間にたっくんと話ができるのは悪くないかも!』


 香月さんは再び嬉しそうな声をあげ、『でもたっくんも寝ないと駄目だよ!』と俺に言った。


『そうですね。じゃあ寝ます! お疲れ様でした香月さん。おやすみなさい!』

『うん! たっくん、あのね……』

『はい……?』

『……大好きだよ、たっくん……! それだけ! じゃあおやすみ!!』


 香月さんはそれだけ一方的に言って、念話を切った。


 その夜。俺は香月さんの言葉の意味を考えつつ、眠りについたはずだったのだが、気付けば大きな部屋のど真ん中にうつ伏せになっていた。

 背後には大きな黒いプロジェクションテレビがあり、ここが昔通っていた小学校の視聴覚室であることを思い出させた。そして左手にはベランダ。視聴覚室は2Fだったか3Fだったかは思い出せないが右手奥には部屋の入口があった。


「一体何だ?」


 俺はそう呟いて起き上がろうとするが、重圧のようなもので押し付けられているようで移動はできない。

 そんな時、声が響いた。


『……【救世主になる】と言ってください』


 声と言うには酷く機械的な音だった。

 その声が聞こえたと思うと、重圧は更にその重さを増す。


『……【救世主になる】と言ってください』


 繰り返し聞こえる機械音声。

 いいじゃないか。ならば言ってやる。


「救世主になる……!」


 すると今度は同じ機械音声で『……救世主になりました!』というシステム的な音が流れた。


「はは……意味わかんないけど救世主になってやったぞ……」


『……【光になる】と言ってください』


 再び機械音声が流れる。

 救世主の次は光になれだって? 意味がわからない。

 そう思いつつも、俺は言ってやることにした。


「……光になる!」


 そしてまた同様に『……光になりました!』というシステム的な機会音声が流れた。


『……光のもとで、【救世主になる】と言ってください』


 再び機械音声で指示が出される。

 だが意味がわからない。光の下でっていう条件は、ただ救世主になると言えばいいわけではなさそうだ。

 一瞬考える。そして答えを出した。

 左手を見るとベランダには太陽の光が差していた。

 きっとあそこで救世主になると言えばいいのだ。

 そう直感した俺は、重圧の中なんとか立ち上がった。


 そしてベランダへ向けて走り出す。

 救世主ならばこんな重圧なんてなんともないさ。

 そんな想いで窓を開け、重圧を跳ね除けてベランダへと飛び出した俺は太陽の光の下で「救世主になる!」と叫んだ。


『……光の救世主になりました!』


 機械音声によるシステム音が流れ、白く明るい光が視界を満たしていく。

 その閃光に包まれ、俺はゆっくりと目を開いた。

 目を開けば、そこは見慣れた自室の天井。

 右手には空の、左手にはラグビーの壁紙。


「なんだ、夢か……?」


 それにしては変な夢だった。

 今まで31年間生きてきて、こんな変な夢は一度だって見たことがない。

 上半身だけ起き上がって頭を振ると、香月さんの念話が聞こえた。


『たっくん! 大丈夫!?』

『あ、おはようございます香月さん』

『うん、おはよう。なんかうなされてずっと、救世主になる! って小さな声で言ってたりしたからびっくりしたよ』

『え? 俺、夢の中でのセリフを現実でも言ってました?』

『うんうん。聴覚共有で聞こえてたよ。あと、光になる! とかも言ってたよね?』


 香月さんが俺に聴覚共有で聞いたセリフをそのまま口にする。

 完全に口から出ていたらしい。恥ずかしい。


『夢を見てたんです。変な夢でした。それで救世主になるって言えっていわれて……』

『それで救世主になるって口走ってたんだ?』

『はい』

『まさか。T2を含めて8人揃ったから、そんな夢をみたわけじゃないよね?』

『夢は夢だと思いますけど……どうでしょうか』

『でもたっくんには絶対命令権限があるよね。それで救世主になるって2回、光になるって1回口で言ってたから……たっくんは救世主になって、それで光になって、それでまた救世主になったってことかな? ごめん、私、自分でも何言ってるかよく分かってないや』


 香月さんも混乱しているようだ。


『口に出したことが全部絶対命令になるとも限りませんけど、もしかしたら光の救世主になったってことなのかもしれませんね……』


 絶対命令権限についてはまだよく分かっていない。

 これらは全部統合失調症の妄想の可能性もあったが、それにしても今日の夢は変だった。

 俺は再び頭を横に振って起き上がると、自室を出てすぐの洗面台で顔を洗い一階へと降りていった。

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