24 共同生活その3

『持田さん、まだ起きてますか?』

『え? 小日向さん!? すみません、たぶん私、今寝てます。さっきまで荒唐無稽な夢を見てました……それにしても寝ててもテレパシーってできるんですね……!』


 俺は起きている。というか起きていないとテレパシーが出来ないのはどうやら俺だけだ。

 7人と順番に話をすると言ったまでは良かったが、ここまで時間がかかるとは考えていなかったのは俺のミスだろう。

 時刻は深夜1時をとうに回っていた。


『起きたほうがいいですか?』


 持田さんがそう聞いてくるが、俺は『いえ、寝たままでも大丈夫ですよ』と返した。


『そうですか……私はみんなと違って、明日も仕事があるというわけではないので、もし起きて欲しかったらいつでも言ってください!』

『はい。分かりました……それで、どうですか? みんなとはやっていけそうです?』


 俺は気になっていたので聞いてみた。

 新しくパートナーに加わった持田さんはどう思っているのだろう。


『それは……以前から仲良くさせて貰ってた人ばかりなので、全然大丈夫だと思います』

『そうなんですね』

『はい。小日向さんも知ってるかな? 色々なアニメで共演してるんです』


 そう言って、数々のアニメを挙げる持田さん。


『確かに……言われてみればやっぱりみんなとは共演が多いんですね』

『はい。それにゲームの現場では基本的には一人収録なんですけど、同じスタジオで録ってたりするので、お互いに挨拶したことがあったり……色々です!』


 そう6人みんなが知り合いであることを教えてくれる持田さん。


『でも、救世主候補のパートナーだなんて、正直言ってびっくりです。小日向さんは今おいくつですか?』


 持田さんが俺に年齢を問う。


『31ですね』

『私、いま29なので、私の2学年上……ですかね?』

『はい。そうなるかと』

『小日向さんは中卒ニートって伺ってましたけど、高校には行かなかったんですか?』

『いえ、行きましたよ。厳密には3年時に辞めた高校中退ニートですね』

『へぇ、そうなんですね。どんな高校でまたどうしてやめちゃったんです?』

『偏差値50の普通の地方公立高校ですよ。中学の時にもう既に勉強するのをほぼ放棄してたので、無勉強だとそんな高校しか受からなかったんです。やめた理由は……虐められたからですかね? 毎度因縁付けられる程度で大したイジメじゃなかったですけど、それが億劫で段々行かなくなって出席日数が足りなくなった感じです』


 俺が恥ずかしそうにしながらそう答えると、『イジメですか……それは、なんというか運が悪かったですね……』と持田さんは運の無さを指摘する。

 だが本当に運がなかっただけかと言えば、あの頃の俺は周り全員をほぼ敵だと思っていたので、虐められるのも必然だったようにも思える。最初に目をつけられた理由は、確か体育の授業におけるサッカーでの揉め事だった。


『まぁ、抜身のナイフとまでは行かないですけど、尖ってたので……だから因縁つけられるようになったんだと思います』

『へぇ……話しててそうは感じないですけど、不良だったんですか?』

『いえいえ、毎日のようにゲーセンに入り浸るオタクですよ』

『え? 毎日ゲームセンターに!? それは不良って言ってもいいように思いますけど……』

『そうですかね……まぁ、一番合った言い方は、目つきの悪いオタクですね』

『そうなんですね! なんとなくどういうキャラかは分かった気もします! でもどうしてそんな人が救世主候補なんかになったんです?』


 持田さんは本題に入るように聞いてきた。


『それは俺のほうが聞きたいくらいですよ。なんでかなー。うーん、一般常識を常識のまま受け入れたくなかったから色々考えてただけなんですけどね』

『それが昼間に話してた、落雷が地震をどうのって話ですか?』


 持田さんは昼の会議での俺の説明を思い出したようだ。

 俺はその問いに『はい。その一つです』とだけ答える。


『正直、私は2011年に起きたのと同じ規模かそれ以上の巨大地震が近々起きるとは思えませんけど、小日向さんは起こると思っているんです?』

『うーんどうでしょう。俺の理論が正しければ起きやすくなってるのは間違いないと思うので、サイクル的にはそろそろ起きてもおかしくないってとこですかね?』

『なるほど……いつ起こるって予言ができるわけじゃないんですね?』

『はい。そうなります』

『なんだ、救世主候補っていうからもっと具体的に何かあるのかと思ってました』

『あはは、ご期待に添えず申し訳ないです』


 俺はそう力なく答えると、『じゃあ、そろそろ次の人のところへ行きますね』と付け加えた。


『あ、はい。色々質問しちゃってすみませんでした』

『いえ、持田さんが皆とやっていけそうで良かったです、それじゃ』

『はい。また!』


 持田さんと別れの言葉を交わし、俺は次はMioさんへテレパシーを飛ばした。


『Mioさん……小日向拓也です。もう寝てます?』

『あ、いいえ、そろそろ眠れるかなって感じでしたけど、起きてます』

『そうですか……それで、どうです? 共同生活の方は』


 俺は単刀直入に聞いた。

 もう俺も眠くなってきている。

 さっさと香月さんと話してから眠りにつきたかった。


『うーん、まだ共同生活は始めたばかりだからなんとも言えませんけど、見知った顔ばかりだったのは有り難かったです。小日向さんも知っているかもしれませんが、私、わりとコミュ障なので……!』


 Mioさんは恥ずかしげにコミュ障を宣言した。


『あー! 聞いたことがないではないですね。Mioさんがコミュ障だって話』

『そうですか? 業界内じゃわりと有名かなと思ってました』

『そうなんですね。俺が知ってるのは、打ち上げとかにマネージャーが変わりに出てるとかその程度の話ですけど』


 俺は噂程度に知っている話を口にする。


『あーそんなの噂になってるんですね』

『はい。どこで見たかはうろ覚えですけど……』

『そっか。小日向さんは声優さんが好きなんですもんね?』

『あぁ、はい。わりと……いや、かなり?』


 俺はわりとと言ったらなんとなく嘘になる気がしたので、かなりに訂正した。

 まぁ些細なことだから、こだわる必要性はないのかもだけど。


『へぇ、それで声優さんの噂とか知ってたりするんですよね?』

『まぁ、そんな感じですね』

『へー……じゃあ例えば私だったら、どんなキャラが好きなんですか?』

『好きなMioさんのキャラですか……。そうだなぁ……今日、最初にイメージしたときに浮かんできたのは、この間まで放送してたSFアニメの外交官ヒロインですね』

『おぉ! あの子か。好きなんです?』

『はい。かなり好きですね。なんかこう、頭の良い女性も好きなんですけど、異次元から来た超次元的能力を持つ美女が、主人公を助けてくれるって感じがストライクど真ん中です』


 俺は惜しげもなく性癖を披露する。


『そうなんですねー。頭の良い女性が好きなんです?』

『はい。そうなるかと』

『そっかー。それだと私はそんなにかな?』

『え? そうなんですか?』

『自慢じゃないですけど、そこまで頭が良いってわけじゃないです……』


 Mioさんは少しだけ声のトーンを落として言った。


『それって学校の勉強ができるかどうかで言ってます?』

『あ、はい。……違うんですか?』

『あーえっと、どっちかって言うと、学校の勉強ができるかどうかじゃなくて、IQとか地頭がどうかの方が俺の言う頭の良い女性って区分には適してますかね』

『IQですか、あまり測ったことないなぁ』

『まぁ、俺の予測ですけどたぶん高いと思いますよ』


 そうでなければ口パクに合わせて演技するなんて芸当はあまりできないだろう。

 知識的部分はおいておくとして、行列推理や処理速度などの類は声優さんは総じて高いはずだ。俺は少なくともそう思っていた。


『そうなんですかね? まぁつまりは私もその区分に該当すると……?』

『そう思いますけど、違いますかね?』

『いや……どうかなぁ……まぁ、頭が良いって言われて悪い気はしないですけど』

『まぁ、仮に違ったとしても、俺の好みの演技や声してるのは間違いないですよ』


 俺がそう言って笑うと、Mioさんは『それは……良かったです』と答えた。


『まぁ、いきなり中卒ニートに好きだって言われても困るとは思いますけど……』

『それはまぁ、確かに……でもこのテレパシーはマジじゃないですか』

『ですね。小細工なしです』


 とは言え、俺はこれをテレパシーではなくただの統合失調症の幻聴だと思っているのだが……。それは敢えておいておくことにした。


『小日向さんが救世主候補だって話はいまいちピンとこないんですけど、声優オタクなのは分かった感じします』

『それは……良かったです。あはは』


 俺が笑うと、Mioさんが質問をしてきた。


『でも小日向さん。8人でハーレム作ろうとかマジで思ってるんです?』

『いや……さすがにマジでは思ってないですけど、でも夢ではあるかもしれません』

『そうなんだ……それで私がその一人だと……?』

『はい。そうなります』

『うーん……中卒ニートかぁ……私の思ってる好みとは大分違いますね』

『そりゃそうですよ。どこに中卒ニートが好きな奴がいるんですか。そんな女神様みたいな人がいたら拝んでみたいですよ』

『確かに……』


 そう言ってMioさんが笑った。


『それじゃ、俺もそろそろ寝たいんで、この辺にしましょうか』

『分かりました……というか本当に全員と話して来たんですか?』

『あと香月さん残して全員と話しましたよ』

『へー……8人集めるのも意外と重労働かも知れませんね』

『それ、いまめっちゃ思ってます』


 そうして笑い合う俺とMioさん。

 ひとしきり笑うと、俺は『それじゃあ、また!』と言って、Mioさんとの念話を終えた。

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