23 共同生活その2

『矢那尾さん、こんばんは!』

『こんばんは! って、たっくんいつも挨拶はおはようございますなのに、こんばんはって言われるとなんか変だね』

『そうですか? じゃあおはようございます? でも寝てますよね?』

『うん、もうみんな寝てるよ』

『じゃあ、おやすみなさいとか?』

『あはは、それもいいかもね』


 矢那尾さんと挨拶について議論した後、少しの沈黙が訪れた。

 そして『あの!』と二人揃って言った。


『どうぞどうぞ、俺のは全然つまらない話なんで』


 俺が矢那尾さんに譲ると、矢那尾さんが話し始める。


『えっと、大したことじゃないんだけどね。たっくんって寒冷化にしても物理や数学にしても色々な事考えてるじゃん? それってどういう感じなのかなって』

『どういう感じかですか?』

『うん、やっぱり自分が正しいんだーみたいな感じなのかな?』

『うーんそうですね。確かに自分の理論が正しいんだーって思うときもありますけど、それよりも未知への探求にわくわくするって方が大きいかな?』

『へぇそうなんだ? じゃあ地球寒冷化でみんなが困窮するのとか、大地震が起きてパニックになるってのをワクワクして考えてるってこと?』


 矢那尾さんが痛いところを突いてくる。


『なんか、その言い方だと俺がめちゃくちゃ悪いやつみたいですね』

『そうかも。でもワクワクしてるってこと?』

『ワクワクしてるかしてないかで言ったら、多分やっぱりしてるんだと思います。だって俺ニートじゃないですか、しかも高齢ニートだし正直言って人生は詰んでるんですよ』

『うん、まぁ分からなくもないけど……』

『だから世界が普通に考えたら起こり得ない事態に向かっていく方がカタルシスを感じるっていう意味で、地球寒冷化についてや大地震について理論的に考えて行くのは、確かにワクワクしますね』

『そっかー。でも色々な人が困ったり死んじゃったりするんだよ? ワクワクするっていうのはどうなのかな? 倫理的に』

『そう言われれば、全くその通りだと思います。でも基本的に俺の理論は認められない物だったので、それを無視したりスルーしてた奴らが悪いんだ! みたいな思いもありましたね。だから自業自得だって考えて、その辺を敢えて考えないようにしてたんですよ』


 過去形ではない。それは今だって同じだ。みんなは俺の理論を認めてくれていると言うが、俺にとって見れば現実で連絡の取れない肯定など無いのと同じだ。だから仮に寒冷化で食糧難に陥って多くの人が困ろうが、大地震でたくさんの死者を出そうが、それは俺理論を警告を無視した結果だざまぁみろと言いたいのだ。

 子供じみていると批判されればその通りだと甘んじて受けよう。


『へぇ……そっかー。うーんまぁ、私としては良くないよそれって言うしか無いかな。でもたっくんにしてみれば、今までずっとたっくんの理論的予言を無視してきた人たちが悪いって話だもんね』

『そうですね……まぁ、でも俺にも守るものが出来たかなって最近は思いますけど』

『そうなんだ? 伊緒奈ちゃんとか?』

『それはまぁ、はい』


 その通りだった。俺はもしこれが幻聴だったとしても、香月伊緒奈という女性と話したりした経験は全くなしにはならないと思っていた。つまるところを言えば、俺はどうしようもないくらいに香月伊緒奈を始めとした女性声優達に惹かれているってことだ。

 幻聴であれば現実では無くなる。だが俺の経験は全くなしにはできないし、ならない。

 俺はもしこれがただの統合失調症の幻聴であると分かった後でも、香月さん達への思いをゼロにしようとは考えてはいなかった。

 だがその場合でも線引きは必要だ。彼女たちにとっては現実ではないのだから。


『ふーん、まぁそれはいい傾向なんじゃないかな? その中には私も入ってるの?』

『入ってます……一応』

『そっか! うふふ』


 矢那尾さんはちょっとだけ恥ずかしそうに笑い、『うん、私の話はそれだけ!』と言った。


『たっくんの話は良いの?』

『あぁ……えっと、矢那尾さんがみんなと上手くやれてるかとか聞こうと思ってました』

『上手くやれてるかな? って思うよ』

『そうなんですね。なら良かったです』

『まぁ、本当にたっくんハーレムの7、8人いる中の一人だ! って言われると困っちゃうところはあるけどさ、でも私、そんなにたっくんのこと嫌いじゃないよ』


 矢那尾さんはまるで本心を言っているかのように言う。

 正直言って、俺の哀れな内面が顕になったのが恥ずかしかったが、それでも嫌いじゃないと言ってくれた矢那尾さんの意見が素直に嬉しかった。


『……良かったです』

『てか、私達の話、みんなも聞いてるのかな?』

『さぁ……どうでしょう。持田さんとMioさん以外は熊総理やパルヴァンさんも含めて自由に聞けるみたいですけど……』

『あ、そっか! 熊総理やパルヴァンさんも聞けるのかー。やだ、なんか結構気恥ずかしい話してたよね私達』

『そうかもしれません』


 俺がそう答えると、『じゃあ話はこれでお終い! 次の人に行ってあげて』と矢那尾さんが話の終焉を告げた。


『分かりました、おやすみなさい』

『うん、おやすみなさい』


 矢那尾さんに別れを告げ、俺は次は桜屋立日さんに話しかけた。


『りつひー起きてる?』

『寝てます……嘘です。まだ起きてます』

『もしかして、話聞いてた?』

『はい。たっくんが畜生なところとか聞いてましたよ』

『あはは、こりゃ手厳しい』


 そうして30秒ほどの空白。

 りつひーからは話さないようだったので、俺が話題を振ることになった。


『りつひーはさ、超震災とか起きたらどう思う?』

『そりゃ、驚きますよ』

『まぁ、それはそうだけどさ、こうなんていうかやっぱり来たか! とか、来るわけないと思ってたのに! とか色々あるじゃん?』

『つまり……たっくんの理論を合ってると思ってるか知りたいってことです?』

『うーん、まぁそれならそれでいいんだけどさ、じゃあ俺の理論どう思う?』


 俺が聞くとりつひーは『うーん』と考え込み、そして結論を出した。


『私は寒冷化理論の方は、シミュレーションで結果が出てるって言うから信じざるを得ないですけど、超震災が起きるって話は手放しには肯定できないです』

『そっか、それは何故?』

『何故……たぶんですけど、寒冷化は段々と起きるって話だから対処可能なように思えるので置いておくとして、東日本大震災みたいな超震災がそうそう続いて起きるわけじゃないかなって、それに起きそう! ってなってたとしても、たっくんを量子フィールドで守ってるような人たちがそれを防ぐんじゃないかなって思っちゃうんですよね……』

『なるほど』


 りつひーの言い分はたしかにその通りに思えた。

 俺を量子フィールドで守っている存在や絶対命令権限を制御しているであろう存在が、りつひー達の立場に立てば確かにいることになる。

 態々俺に様々な力を与えてまで人類に警告を送っているのだとして、それら寒冷化や超震災の脅威が実際に起きることを防ごうとしないわけがない。


『でも、もしかしたら彼らにも防ぎようがないから俺みたいなのに色々と教えたり、力を与えたのかもだよ? って言っても俺にはなんのことやらだけどさ……!』

『それは確かにあるかもしれませんね。起きる事が回避できないから、少しでも被害を抑える為に行動してほしいとか、そういう意図があるかもしれません』


 りつひーはそう言うと黙り込んでしまったように思えた。

 しかし、再びりつひーが声を発する。


『でも、それらが事実だったとして、私達7人に一体何をしろって言うんでしょう? たっくんと結婚しろとか言うんですかね? それで何かが解決するっていうなら考えないでもないですけど、私、今のところたっくんのパートナーに選ばれたってことをまだ認められてないんですよね……』

『まぁ、8人のパートナーってのはあくまでレヴォルディオンの裏設定の話だから、本当にそうかは脇に置いておいたほうが良いと思うよ?』


 俺の口から出たのは本心だった。

 なにも全員と結婚しようとか思ってるわけではないのだ。

 あくまでレヴォルディオンの裏設定的には、8人が必要なだけだ。


『たっくんはずっとそのスタンスですよね? でも亜翠さんや香月さんとか矢那尾さんは、割と救世主のパートナーとしての力を発揮しているかなって思うんですよ』


 りつひーは他の人と比較して悩んでいるのかもしれない。

 そう思った俺は『りつひーだって香月さんが防衛省職員の佐籐さんに捕まった時、犯人との交渉をしてくれたじゃん? だから救世主のパートナーとして立派にやってると思うけどな』と励ますようなことを言ってみた。

 柄に合わないセリフかもしれない。

 中卒ニートにそんな事を言われたって響かないかもしれない。

 それでも、俺は俺なりに考えていることを言うことで、りつひーの悩みを解消できればいいと思った。


『あれは……まぁみんな固まってたから私がやるしかって思っただけです』

『そうなんだ? でも下手したら自分も何されるか分かったものじゃない状況で、そんな風に動けたのは凄いと思うよ。尊敬に値する』


 俺は嘘偽りないセリフを並べる。


『そうですかね? 褒められちゃった……!』


 りつひーは少し恥ずかしそうだったが、すぐに再び口を開いた。


『別に、褒めても私、たっくんを自分のパートナーと認めるわけじゃないですから』

『そう? りつひーは確か25歳までに結婚したいんだったっけ?』


 これはゲーム系まとめブログで見かけた情報だ。

 ラジオかなにかの発言を切り抜きしてまとめたものだろう。


『よく知ってますね。まぁ、そうなんですけど、いい男っていないもんですよ』

『へぇ、業界で会える人はそうなの?』

『そうです。良い人はもうとっくに結婚してたり彼女がいたり……まぁ、たっくんには秘密ですけど』

『そうなんだ、じゃあ俺もりつひーには認めてもらえないのかー』

『そりゃそうですよ。もしたっくんを認めるとしても、結婚を前提にお付き合いするってなって、それでドレスコードの指定があるレストランで3回くらいは食事して、お互いをよく知って、それで初めて結婚を考えるって感じですよ!』

『えぇ……りつひー厳しい……』


 俺がそうからかうように言うと、りつひーは『厳しくないですよ、普通です!』ときっぱりと言いきった。

 俺はその様子になんだかおかしくなって笑ってしまう。


『なに笑ってんですか、こっちは大真面目に教えてあげてるってのに! もういいです! たっくんなんて次の人のところに行ってください!』


 聴覚共有で笑い声を聞いていたのかりつひーが俺を厄介払いするようにしたので、俺は『はぁい』と返事をして、次の声優さんへと話しかけることにした。

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