22 共同生活その1
『うわああ、おっきな別荘みたいだねぇ』
午後8時過ぎ、自衛隊の護衛の人と共にセーフハウスに着いたらしき香月さんが感想を漏らす。
『普段は使われていないって聞いてますけど、清掃の方は大丈夫なんでしょうか?』
香月さんと同時に着いたらしき矢張さんは、清掃が行き届いているかを気にする。
『うん。私達中にもう入ってるけど、掃除の方はしなくてもいいみたい。普段使われてないにしては綺麗なものだよ』
先に着いていたという亜翠さんが言い、『お風呂も2つとも確認したけど、綺麗だったよ』と持田さんがお風呂の綺麗さをアピールした。
『7人住むんだし、お風呂2つあるのは有り難い……。朝風呂も入る人いるだろうし』
そしてこれまた先に着いていたらしいMioさんが、お風呂が2つあることに感謝する。
お風呂2つあるんだ? まぁ、最大で8人で住む事を考えるとあってもおかしくはないか。
『まだ全員は揃ってないからお部屋決められないね。りつひちゃんと纏女ちゃんは何時頃来れそうなの?』
亜翠さんの質問に、りつひーが『ラジオの収録が押さなければ22時には行けるかと……』と答え、矢那尾さんも同様に『私も仕事が終わるのが9時なので22時頃だと思います』と反応した。
『おぉー亜翠さんやっほ! 持田さんとMioさんも!』
部屋に入ったのか、香月さんが3人に挨拶をし、矢張さんが『もう伊緒奈ちゃん、挨拶は現実だけでいいんじゃない?』と言うと、『ダメダメ! このライブ感をたっくんにも伝える為にはテレパシーでの挨拶も必要なの!』と言い張った。
『俺は別に、こちらに視覚共有できるわけじゃないのでどちらでもいいですよ』
『たっくんの部屋はもう、持田さんとMioさん以外のみんなにはバレてるもんねー?』
香月さんがそう言い俺をからかってくるが、汚い部屋なのはどうしようもないので『汚い部屋ですみません』と返した。
『え? 小日向さんの部屋って量子フィールドに囲まれてるから行けないんじゃないんですか?』
持田さんが疑問をそのままセリフにし、香月さんが『私達はみんなたっくんと視覚共有と聴覚共有できるんですよ』と説明すると、持田さんが『テレパシーだけじゃなくて色々な超能力があるんだ……?』と疑問形を返し、矢張さんが『まぁ、たっくん基本的にひきこもりだから見るものも聞くものも大したことじゃないんですけどね』と俺の現実を揶揄する。
『んでもたっくん、雪が降ったら教えてね! 別に雪が珍しいとか見たことないってわけじゃないけど、ド田舎の雪景色ってそれはそれで良さげじゃん?』
香月さんが言い、俺は『分かりました』と返した。
雪景色が望みとあらばお応えしよう。きっと驚いてくれるに違いない。
とはいえ、これは統合失調症による幻聴なのだから、驚く人は実際には存在しないのだろう。
俺は一人「なんだかなぁ」と呟くと、香月さんが『あ、もしかしてまた統失だって思ってるでしょー』とからかってくる。
『そりゃそうですよ。だって俺とはまるで連絡付かないじゃないですか』
『量子フィールドがあるからそういうもんなんだってば!』
『それはそうですけど……まぁいいや、皆さんは共同生活大変でしょうが頑張ってください!』
『うんうん、素直でよろしい!』
香月さんがなんだか楽しそうだった。きっと7人での共同生活が楽しみなんだろう。
人気女性声優が7人も一箇所に集まって共同生活をするのだ。
普段はオーディションなどでライバルなのかもしれないが、きっとそこは華やいでいるに違いなかった。惜しむらくは救世主候補? たる俺がそこに居ないことだ。
もし本当だったならば、そこには女性声優ハーレムの主たる俺がいたかもしれないわけで……。いや止めよう。これはきっと統合失調症の幻聴なのだから、そんな夢を見たって現実になんてなりっこないのだ。そう俺は自身に言い聞かせた。
午後10時を過ぎてりつひーや矢那尾さんが合流すると、自衛隊セーフハウスでは部屋決めが行われ、それが終わると順々にお風呂に入った面々。そして就寝となった。
寝間着は結局、大手衣料品メーカーのルームウェアとなったようで、みんながそれを着て寝ているようだ。
俺も時間も時間だったのでベッドに入る。
いつものように香月さんと話すのも良かったが、新しく入ってきた二人のことが気がかりだった。なので7人で順番と称して全員と話すことにした。
『香月さんは一番最後ね!』
『えぇー、そうなんだ?』
『うん、そうなんだ』
『分かった、じゃあ待ってるね』
香月さんがそう言い、俺はまずは亜翠さんと話し始める。
『亜翠さんお疲れ様でした。今日も会議に出てもらって有難うございました』
『うん、まぁそれは私もやりたくてやってることだから気にしないで』
『それで、7人をまとめてるのはたぶん亜翠さんだと思いますけど、どんな感じですか?』
俺が問うと、亜翠さんは少し考え込むと、『まぁ、私が年長者としてまとめられているかどうかは横においておくけど、割と楽しいよ』とゆっくりと言った。
『そうなんですね? 亜翠さんは一番年上だから疲れてるかと思ってました』
『ちょっとー、たっくんとも3ヶ月しか違わないのになんか年寄扱いしてなーい?』
亜翠さんが俺を責めるように言い、俺は『すみません……』と観念した。
『まぁ、急に共同生活しろって言われたのは驚いたけど、でも持田さんとMioさんを除いた4人とはもう結構仲良くなってるしね』
『そうなんですか? 俺が亜翠さんと話し始めてまだ2週間位だと思いますけど、そんなに仲良くなったんです?』
『うん、まぁねー。テレパシーだけじゃなくて現実でもグループメッセージでたっくんの話ばかりしてるよ?』
そう言われ、気恥ずかしかった俺は『そうなんですね……』とだけ返事をした。
『たっくんの方はどうなの? 私達のこと、色々と知れてるじゃん?』
『そうですかね? 香月さんとは結構話をしたように思いますけど、他の人とはまだ全然かなって思ってますけど』
『うーん、それはまぁそうかも。たっくんは伊緒奈ちゃんが大好きだもんね?』
『いや……それは……』
『いいって、いいって! バレバレだよたっくん! でも8人必要だって言うなら、私達のことももっと知ってもらわないとね! さ、私はもう良いから次の子に行ってあげて』
亜翠さんがそうみんなを気遣って言う。
なので俺は『分かりました』とだけ答えて、次の人へと話しかけた。
『矢張さんお疲れ様です』
『たっくん! お疲れ様ー。私何番目ですか?』
『2番目ですね、亜翠さんの次です』
『2番目かぁ、伊緒奈ちゃんが最後だもんね?』
『はい。そうなります』
『たっくん! 私、共同生活なんて初めてなんだけどね。でも私、今のメンツがすごい気に入っているんです。だからとってもこれからの日々が楽しみだなって思ってるんだ』
『え? そうなんですか?』
『うん、そうだよー』
矢張さんはあっけらかんとそう言う。
今のメンツが気に入っているというのは本心なのだろう。
『そう言えば、この間の絶対命令権限の行使で、脳とかになにか悪い影響があったりしませんでしたか?』
『あぁ、うん。一応検査はして貰ったんだけど、特に異常はなかったみたい。ギアスコードの絶対命令権限とは少しだけ違うみたいだね? 私、絶対命令にかかってる時の記憶もはっきりしてるよ』
『そうなんですか……それは、不思議ですね』
アニメ――ギアスコードでは、絶対命令を受けている状態の記憶は記憶障害として失われるものだった。矢張さんの記憶はそうではないというのは、俺の力はギアスコードの絶対命令権限とは厳密には違うものだということを示唆していた。
『まぁ、そもそもギアスコードではテレパシーじゃなくて、実際に目を合わせながら声を聞かないと絶対命令が作用しない設定でしたし、俺別に矢張さんと実際に目を合わせてたわけじゃないですからね。その辺りからして、ギアスコードの絶対命令権限とは少し違うのかもしれません』
『そうなんだ? 私ギアスコードは全然見てないから知らなかったよ。目を合わせてないとだめなんだね?』
『はい。そうなります』
『ふぅん、それならやっぱり絶対命令権限も、宇宙人さんや別次元の存在が制御しているってみるのが妥当なのかもだね』
『そうかもしれません』
俺がそう答えると考え込む矢張さん。
しかし1分ほどして、『あ、私はこれくらいで良いです! 次の人へどうぞ』と言ったので、俺は次は矢那尾さんに話しかけることにした。
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