21 突然の決定

『小日向さんって気象学者かなにかなんですか?』


 会議での俺の発言を亜翠さんがみんなに説明し終えた後、Mioさんが切り出す。


『いや……別にそういうわけじゃないですよ。ただの中卒ニートです』

『え? ニートなんですか、それも中卒!?』


 Mioさんが驚くように声をあげる。


『それじゃあ最後に言ってたみたいに、完全に妄想の可能性もあるんですか?』


 持田さんが厳しい質問を繰り出す。

 俺は素直に答えることにした。


『はい。そうなります。ただの妄想かもしれません』

『まぁまぁ、たっくんの地球寒冷化理論の方はもうモデルで検証されて本当っぽいんだから、今回の地震誘発のメカニズムが間違っていたとしても些事だと思うよ?』


 亜翠さんが助け舟を出すが、しかし俺は恥ずかしい思いのほうが強かった。

 まぁ、このテレパシー自体も統合失調症による幻聴の可能性が極めて高いのだから、実際にはこの会話は行われていないに等しいのだ。仮に妄想を披露したとて、自分に言い聞かせているということになるだろう。気にする必要性はない。ないのだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺はいつものように『まぁこのテレパシーも統合失調症の妄想だと思いますけどね』と言った。すると持田さんが『え? どういうことですか?』と疑問を口にし、亜翠さんが『実は私達、たっくんには連絡取れていないの』と説明する。

 そして因果律にすら干渉するという量子フィールドについて、亜翠さんから二人へ説明がなされる。俺はその説明を他人事のように聞き流すと、二人の反応を待った。


『じゃあ、小日向さんは私達みたいに集められて事情を説明されたわけでもなく、自宅で病気だと思ってひきこもりをしてるってことですか!?』


 持田さんが驚きを隠せない様子で聞き、『うん、まぁそうなるかな。それでたっくんの得た理論的直感を、私達が代わりに政府や学者さんに伝えてるってわけ』と亜翠さんが事情を説明する。


『でも、どうしてそんな面倒なことに?』


 Mioさんが素直な疑問を放つ。

 それに亜翠さんが『たぶんだけど、たっくんを守るためなんだと思う。量子フィールドを発生させているのはたっくんを守りたい想いを持つ、地球外生命体か別次元の存在じゃないかって言われてるんだ。私もそう思うの』と自らの考えを披露する。


『地球外生命体や別次元の存在……なんだかSFアニメみたいですね』


 Mioさんがそうぽつりと呟くと、持田さんが『信じられない……』と小さな声で言った。


『あ、すみません。別に亜翠さんの考えを否定したいってわけじゃないんです』


 持田さんが狼狽して訴えると、亜翠さんが『うん。大丈夫、分かってるよ。普通こんなこと簡単に信じられないよね』と持田さんに寄り添うように言った。


 そして会議も終盤に差し掛かったという頃、唐突に提案がなされたらしい。


『え?』

『ほんとに!?』


 持田さんとMioさんの二人が念話で酷く驚いているようだ。

 その驚愕の内容を、亜翠さんがゆっくりと復唱してくれた。


『今後、件の小日向拓也くんのパートナーの7人は同じ住居にて暮らして頂くことを提案します』


 そう来たか。

 確かに都内に分散して住んでいるだろうから、とても守りにくいのだろう。

 一箇所に集まってもらえれば守りやすいし、俺の絶対命令権限によって皆が動かされた場合でも対処がしやすいと踏んでいるに違いない。


 その復唱を聞いていたのか、今まで黙っていた香月さんが急に発言する。


『えええええ! みんなで一緒に住めってこと!?』

『香月さん居たんですか?』

『いや仕事しながらぼちぼち聞いてたんだけど、とんでもない提案が飛び込んできたなって!』

『伊緒奈ちゃんどうどう! 落ち着いて! 続き話すから』


 そう言って亜翠さんが続きを喋り始める。


『横浜郊外に自衛隊のセーフハウスがあります。最大で8人が住める住居なので、もしあと一人が増えたとしても安心できます。米軍基地も近いため、大規模な海外からの侵攻があったとしても、米軍基地へ向かえば安全が確保されるのは大きいです。また厚木基地ならば核でも耐えられる設備があると聞いています』


 亜翠さんによる復唱に、『海外からの侵攻や核って……さすがにちょっと大袈裟じゃないですか?』と持田さんが感想を述べるが、絶対命令権限のことを考えると、大袈裟とまでは言い切れない。もし絶対命令権限が本当に現実世界で作用すると考えた場合、世界各国にとって喉から手が出るほど欲しい力だ。しかし当の権限保持者である俺は量子フィールド内で手出しができない。となれば、俺にとって大切な人を狙うのは必然だ。

 海外からの侵攻は十分あり得るように思えた。

 だが核は……撃たれるとしたら俺の家に対してではないだろうか? 亜翠さんたちを殺してしまっては元も子もない。

 もし核が撃たれても、量子フィールドはそれを防いでくれるだろうか?

 そんな心配をしていると、会議で亜翠さん達をセーフハウスに住まわせるかの多数決が行われ始めたという。


『賛成15反対3。可決だってさ。たっくん、私達どうやら共同生活することになりそう』


 亜翠さんが不安そうに可決の事実を教えてくれる。


『え? 横浜郊外から通いで仕事ですか!? どのくらいの場所なんだろう? 仕事に影響しないといいけど』


 矢那尾さんが亜翠さんの報告に仕事への影響を心配する。


『一応反対してみたんだけど……だめかー』


 とMioさんがあっけらかんと感想を述べ、話を聞きつけてきたのかりつひーが『え!? 共同生活……? マジですか』と信じられないといった様子だ。


『私いま休憩入ったのでアプリで調べていたんですが、横浜市からでも首都高湾岸線経由なら代々木まで40分かかるみたいです。郊外というのがどれくらい遠いのか分かりませんが……』


 矢張さんがそう検索結果を告げると、持田さんが『てか皆聞いてたの? 急にみんなの声が聞こえたからびっくりしたよ。りつひーに矢那尾ちゃんと矢張ちゃん、だよね? 声的にそうだし、おはようございます!』と挨拶する。


『あ、すみません。いつも急に話しかけるのに皆慣れてたから……おはようございます持田さんとMioさん』


 りつひーが二人に挨拶すると、Mioさんが『なんか変な感じだけど、おはようございます!』と返し、皆が口々に挨拶と自己紹介をし始めた。

 とは言え、みんな人気声優でお互いにオーディションなどで見知った顔だからか、特に大きな驚きもなく挨拶は終わり、話は共同生活についてになった。


『亜翠さん、それってもしかして今日から?なう?』


 香月さんがいつからか聞くが、もう誰も使っていない【なう】を使っていたので笑ってしまう。


『なうだよ伊緒奈ちゃん。もう今日からだってさ』


 亜翠さんが答え、会議に出席していないみんなの間に衝撃が走る。


『え? 本気ですか? じゃあ仕事終わったらすぐ着替えとか日用品用意しないと……みなさん部屋着何にします??』


 りつひーが着替えの用意と部屋着を気にする。


『はーい、私Tシャツ! と適当なズボン!』


 香月さんが真っ先に自分のスタイルを提案すると、亜翠さんが大手服飾店のルームウェアを提案。矢那尾さんが「私、パジャマでもいいですか?」と聞いてきて、矢張さんが「私、みんなとお揃いがいいなぁ」と要望を口にする。


『たっくんはいつもパジャマだもんねー』


 視覚共有で俺がいつもパジャマな事を知っている香月さんが、ドヤ顔をしているのが目に浮かぶ。


『そうですね、俺はいつもパジャマです。寝る時のまま毎日風呂入るまで着替えません』

『えぇ……それって汗やばくないです?』


 りつひーが汚いものを見るような目で言っているのが目に浮かぶ。

 しかし、声優オタ界隈では推しの蔑みはご褒美だと相場が決まっている。俺は有り難くりつひーの辛辣なセリフを頂戴した。


『なんとでも言い給え!』


 俺はそう大仰に言い放つと、わいわいとみんなが部屋着を決めるのを聞き和んでいた。

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