18 量子フィールドと提案

 翌日の朝9時。


『それでは小日向くん。確かに彼の口座に支払いは終わったよ』


 犯人の要求通りに佐籐才花さんの手術費用が、日本政府によって支払われたらしい。

 俺はあえてこの絶対命令を解除しなかった。


『うんうん、これで安心だね。才花ちゃんの手術上手くいくといいな!』


 当の人質だった香月さんが飄々とそう言うので、みんなが口々に『そうだね』と返した。


『でも、たっくん……本当に良かったの?』


 亜翠さんが心配してか俺に問う。

 きっと絶対命令権限を使っていることを心配してくれたのだろう。


『大丈夫ですよ、俺の周囲には例の物理的フィールドがあるんでしょう? きっとそれが俺を守ってくれますって』


 答え、そして現実では「どうせ幻聴だろうから心配はいらないさ……」と呟くと、聞こえていたのか全員から『幻聴じゃないけどね』と帰ってきた。

 どうやら今回の一件のせいかは知らないが、全員が俺と自在に聴覚共有できるようになったようだ。


『なんだか自由がなくて肩身が狭いです。でも、みんなも救世主の相方っぽくはなってきましたね!』


 俺がそう言ってからかうと、神妙な様子でりつひーが話し始める。


『私はまだ小日向さんを完璧に認めたってわけじゃないですけど、でも大切な先輩である香月さんを助けてくれたのは認めます! だから、今度からは私もたっくんって呼ばせてください』


 りつひーのそんな言葉に、俺が『もちろん! いくらでも!』と答えると、矢那尾さんも『りつひちゃんだけずるい! 私もそうしよー』と楽しげに言った。


『うんうん、仲良きことは良きことかな』

『そうだねぇ』


 香月さんの発言に、矢張さんがほんわかと同意すると俺達はみんなして笑った。


 そしてパルヴァンさんの予告した厳しい対応というのが俺に訪れることはなく、6日が経った。


『コヒナタ。さきほど第二回の数学者や物理学者を集めた会議が終わったぞ』

『そうですか。お疲れ様でした』

『米国からも専門家を招いての大激論になったが、結局は栗原教授がまとめてくれたらしい。詳しくはイオナとマトメも参加していたようだから彼女たちにでも聞いてくれ』


 パルヴァンさんがそう言って念話を切る。

 俺は香月さんと矢那尾さんに聞いてみることにした。


『それで? 結局、俺の周囲に発生してる物理的フィールドってやつがなんなのか分かった?』

『ううん……はっきりとわかったわけじゃあないみたい』


 香月さんが言う。


『はい。まず、正式に物理的フィールドを【量子フィールド】と呼ぶことになりました』


 矢那尾さんが正式名称を口にする。


『量子フィールドかー……それで?』


 いまいちネーミングの意味は掴めないが、ただの物理的な障壁ではないということを言いたいのだろう。


『これは仮説だって言ってたけど、特定の意識を持つ存在……つまりはたっくんを中心に展開されている球状のフィールドらしくて、因果律を歪めているらしいよ』


 香月さんが、恐らくは聞いたままを説明してくれる。


『はい。それからやはり周辺の重力異常も検出されたそうです。異常によれば……なんと地球1/3個分の質量がそこにある計算になるということでした』


 矢那尾さんがそう驚くように言う。


『で、それを発生させている自覚はたっくんにはないよね?』


 香月さんが問い、俺はもちろんそんな自覚などないので『そりゃあ、もちろんないよ』と答えた。


『ですから、発生させているのは……地球外知的生命体か、あるいは別次元からの干渉ではないかという結論に至りました』


 これまた驚愕の結論を矢那尾さんがまとめる。


 俺が『地球外知的生命体って、要するに宇宙人だよね?』と聞くと、矢那尾さんが『はい。そうなります』と簡潔に答えた。


『宇宙人はともかく、別世界って話はたっくん良くしてたじゃん? それがちょっとだけ認められた形だよ。別の次元からの干渉で量子フィールドが発生しているって言うんだからさ!』


 そんな香月さんの言い分に、実は宇宙人に攻撃されているって可能性も考えていたんだと答えること無く、俺は『そうですね』とだけ答えた。


『宇宙人や別次元に守られてるってことだから、やっぱりたっくんは救世主なんだよ!』


 香月さんが嬉しそうに指摘し、矢那尾さんが『そうかもしれませんね』と同意した。

 だがそれにしたって、俺に与えられたという能力は計り知れない。

 無論、俺はその効果が発揮されたのを、一度として現実で観測したわけではないので、ただの妄想であるという可能性は残る。


『それはそうかもしれませんけど、絶対命令権限はやりすぎですよ。まるで人類を救うためと称した壮大な実験みたいだ。正直言って怖いですよ』


 と俺が不安を口にすると、香月さんが『大丈夫! 私もサポートするから!』と豪語した。

 そんな話をしていると、仕事が一段落ついたのかりつひーが話に加わる。


『途中から話聞いてましたけど、まるでこの現実に善の勢力と悪の勢力がいることを理解しているみたいですよね。たっくんに絶対命令権限を持たせつつ、私達には干渉できないように量子フィールドでたっくんを守ってるみたいにも感じます』


 りつひーが善悪を持ち出し、俺は気になってたので聞いてみた。


『絶対命令権限に関しては、どれくらいの人が知っているのかな?』

『さぁ……どこまで情報が拡散してるかは謎ですよ。たぶん日米間の極秘事項で、ドイツのアデリーナ首相までは共有されてない情報だとは思いますけど……』


 りつひーが憶測で答える。


『そう言えば、アデリーナ首相っていうかドイツの人はさっきの会議には参加してなかったんだ?』

『うん? たぶんドイツの人はいなかったと思うよ。英語と日本語の会議だったし』

『そうですね。それと量子フィールドに関しての話はありましたけど、絶対命令権限に関しては本当に話題に出ませんでしたから、一段階機密レベルが上なのかと』


 香月さんと矢那尾さんが、そう俺の疑問に答える。


『地球寒冷化に関しては、そっちの会議は日曜日に亜翠さんが出てましたよね?』


 香月さんが亜翠さんに話を振ると、『あぁ……うん。ごめんまだ仕事中。あとでまた話す』と亜翠さんから応答があった。


『みんな人気声優としての仕事に加えて、政府の会議も出るってなると大変だね……お疲れ様です』


 俺がみんなを労うと、『私は出てないですけどね』とりつひーが反応する。


『まぁ、世界を救うためなんだから仕方ない!』と香月さん。

『はい。それに私、サイエンス番組とか好きなんで』と矢那尾さん。


 それにしたって、超ハードスケジュールらしいから驚きだ。

 それに比べて俺なんて、毎日10時間はきっちり寝てる。みんなには頭が上がらない。

 そう思っていると、仕事を終えたのか矢張さんが念話に参加してきた。


『たっくんおはよう! みんなもおはようございます』

『やっほ操、仕事大丈夫?』


 香月さんが少し心配そうに矢張さんに問う。


『はい。おかげさまで、この間病院で休んだ分は挽回できました!』

『そっか。良かったね』


 矢張さんが答え、香月さんが安堵する。そして香月さんが話題を転換させる。


『それでさ、たっくん。私達5人のほかにあと3人救世主のパートナーが必要なんだよね?』

『それは……レヴォルディオン的には確かにそうですけど……』


 革命のレヴォルディオンの裏設定的には、そうだ。

 だが別に亜翠さん達以外にもテレパシーは通じることが分かった時点で、俺は余り他の3人を集めようという気がなくなっていた。

 だって、今の5人にしたって、そこまで感情的に深い付き合いをできているわけではないのだ。みんな自分なりに俺の救世主としての役割を手伝ってくれているのは確かだが、それでも他に3人必要だというのには俺は否定的だった。それにこれは幻聴かもしれないのだ。

 だから、コンパクトに行きたいという思いが俺にはあった。


『でも、別に急ぐ必要性はないんじゃないですかね? 俺まだみんなのこともよく知らないし』

『そうかな? 私達はたっくんのこと結構知ってるように思うけど……。みんなはどう思う?』


 香月さんはそう言って意見を募る。


『私は、やっぱり3人増やした方が良いと思います。たっくんが8の数字にこだわる理由も分かってきたことだし、何か意味があると思うんです!』


 矢張さんがそう8という数字の重要性を強調する。


『私もそう思います。たっくんの理論にとって8は重要じゃないかと!』


 矢那尾さんは矢張さんと同意見のようだ。


『私は、たっくんが救世主であることは認めますけど、自分がたっくんのパートナーとか救世に関してなにか重要な役目があるとかはまだ思ってないです。だから絶対反対します! 他の人をこれ以上巻き込むのは可哀想かなって!』


 りつひーが珍しく自分の感情を表に出して反対する。


『亜翠さんは……まだ仕事中だろうから置いておくけど、取り敢えずは賛成3の反対1だね!』


 亜翠さんが反対に回ったところで、新たな3人を捜すという香月さんの提案には逆らえそうに無かった。

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