17 人質
『きゃっ! なに!?』
香月さんの悲鳴のような声が聞こえ、俺はすぐに『どうしたんですか!?』と聞いた。
『たっくん! 防衛省の職員の一人が急に伊緒奈ちゃんを……!』
一緒にいるらしい亜翠さんが冷静さを欠いた様子で叫ぶ。
『防衛省の職員が、香月さんの首を腕で押さえるようにしてます……!』
りつひーも状況を報告する。
『え? どういうこと? 他の皆は大丈夫なの!?』
『私は大丈夫ですけど……香月さんが……!』と矢那尾さんも叫ぶ。
『私は無事ですけど……伊緒奈ちゃん大丈夫!?』
矢張さんだけは別の場所のようで、状況がわからないようだった。
『息しにくいけど、今はまだ大丈夫……!』
香月さんがそう言う。どうやら首を締められているというわけではないらしい。
するとすぐに亜翠さんが犯人の言葉をそのまま実況し始めた。
『全員動くな! 動けば、この女の首の骨が折れるぞ!』
その一言に、俺は香月さんを守らなければならないと思った。
俺は居間にあった正確な時刻を指し示す電波時計を見る。
そうして現実で漠然と、「2017年11月20日22時38分、小日向拓也は香月伊緒奈を守る!」、「2017年11月20日22時38分、小日向拓哉は香月伊緒奈に結界を張る!」、「2017年11月20日22時38分、小日向拓也は香月伊緒奈に八の結界を張る!」と思いついた限りの自分に関わる命令を三度発した。
『小日向さん!?』
りつひーが俺の声が聞こえたようで、驚きの声を上げる。
『効果があるかはわからないけど、本当に神すら操れる絶対命令権限だって言うなら、意味あるかなと思って……! 俺が対象だから自己暗示になるのかもだけど……』
結界や八の結界ってのは単なる中二病的な思いつきで、余り意味はない。
それでも効果があるかもしれない。藁にも縋る思いだった。
『どうやら効果はないみたいですけど……あ、犯人が要求を口にし始めました!』
『声優の人たちは、本当にできるっていうなら小日向拓也にいますぐテレパシーでこう伝えろ! 俺の娘の海外での移植手術費用を、全額日本政府が負担するという絶対命令を出せと!!』
亜翠さんが再び犯人の言い分を再現する。
『娘の海外での移植手術費用だって!?』
驚きの声を上げる俺。
『どうするんですか小日向さん!!』
りつひーが声を荒げる。
『まず娘さんの名前が分からないとたぶん絶対命令はあまり機能しないよ。それと金額と時間だ。犯人に費用が払われる時間を明確にしないと……、あと日本政府じゃ漠然としすぎてる。対象は熊総理でいいか聞いて!』
『分かりました!』
りつひーが返事をして、『小日向くん!?』と熊総理が自分が巻き込まれることに驚いている。
りつひーが犯人に聞いたのか、亜翠さんが再び犯人の言い分を再現する。
『対象は熊総理でいい! 金額は5億あればいい! 娘の名前は佐籐
『分かったけれど、明日の朝まで待てって言うのか!? 香月さんがもたないって言って!』
俺がそう言うと、りつひーがすぐに『言いましたけど、そんなこと知るか! って言ってます』
『分かった。じゃあ絶対命令を言うよ!』
俺は現実で冷静に絶対命令文を思い起こす、そして震える声で命令を出す。
「2017年11月21日午前9時、熊新造は佐籐才花の手術費用の5億円を支払え!」
俺がそう言うと、熊総理が変に冷静な様子で、『分かった。政府から支払おう』と言った。
『りつひー、犯人に絶対命令を出したから馬鹿なことはやめて香月さんを解放しろって言って!』
『はい……!』
りつひーが冷静に返事をしたら、パルヴァンさんが『コヒナタ。お前……絶対命令を出すということがどういうことなのか分かっているのか……!?』と言ってきたが、知ったこっちゃない。
今はとにかく、香月さんを救い出すのが重要だ。
『それはそうですが、パルヴァンさん、あなた達にも従ってもらいますよ! 香月さんが朝まで人質にされたままなんて論外だ!』
りつひーの香月さんを解放しろという要求を受けてか、亜翠さんが犯人の言い分を再現する。
『うるさい! 口座に振り込まれたことを確認できるまで解放はしない!!』
その犯人の言葉に、俺は次の絶対命令を出すことを決めた。
俺は居間にあった正確な時刻を指し示す電波時計を再度見る。
「2017年11月20日22時55分から香月伊緒奈を救出するまで、ヨレド・パルヴァンと熊新造は香月伊緒奈を全力で救出しろ!!」
俺が絶対命令を発すると、パルヴァンさんが『分かった。特殊部隊の第二小隊を向かわせよう』と先ほどまでとは違い、変に冷静に返事をした。
『分かっているよ小日向くん、そちらも手配しよう』
と熊総理も答える。
米軍の特殊部隊は恐らくは第一小隊は俺の家に突入するためにxx県にいて動かせないのだろう。
だからバックアップの第二小隊が動くことになったのだ。
『どれぐらいかかりますか?』
俺が質問すると、パルヴァンさんが『30分といったところだ』と冷静に答える。
『分かりました、自衛隊の特殊部隊も同じくらいですか?』
『そうだね……急げば30分かからないはずだ』
『分かりました、それでは協力して事にあたってください』
『あぁ、コヒナタ。分かっている』
『分かっているさ、小日向くん』
パルヴァンさんと熊総理の二人が返事をして、俺は取り敢えずは命令を出せたことに納得した。だがまだ安心はできない。香月さんは人質に取られたままだ。
『香月さん。あと30分だけの辛抱ですから……!』
『うん……たっくん、ありがとう』
そうして香月さんを皆で励まし続けること30分。
途中、パルヴァンさんから部屋の中での人員の配置の質問があったりしたが、あっという間に時は過ぎた。
『イオナ……いまから突入するぞ。準備はいいな?』
パルヴァンさんが香月さんに確認する。
『……はい。でもできるだけこの人に危害は与えないようにして貰えますか? 娘さんの為にやりたくもないのにやってるだけだと思うんです』
『……善処はしよう。では行くぞ……! 全員、目を瞑れ!! ……突入!!』
俺は固唾を飲んで状況の行く末を見守っていた。
お願いだ香月さん! 無事でいて!
俺のそんな想いをよそに、作戦はあっという間に終わった。
『状況終了だ。犯人は制圧して、人質含め声優さんは全員確保した』
パルヴァンさんからの報告が上がる。
『香月さん!? 大丈夫ですか!?』
『うん……でも犯人は電気銃やゴム弾で撃たれたみたい。私はちょっとだけ目がチカチカするかな』
『フラッシュグレネードが使われたんだ、無理もない。声優さんの職業を考慮して音響スタングレネードの使用はしなかったんだ、みんな大丈夫か?』
パルヴァンさんがフラッシュグレネードの使用したことを告げる。
音響スタングレネードだったら声優さんたちの耳が危なかっただろう。
パルヴァンさんの心配に、亜翠さん、矢那尾さん、桜屋さんが次々と『大丈夫です』と念話を返す。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
そして喉が乾いていたので台所へ向かい水を汲み、一口だけゆっくりと飲んだ。
『みんなお疲れ様……私の方はもう消灯時刻過ぎて寝てるよ。何も出来なくてごめんね』
矢張さんがそうみんなを気遣う。
『それにしてもだコヒナタ。この一件はきっと高く付くぞ……。仮にも大統領上級顧問である私を操ったんだからな。きっとお前へは厳しい対応が待っているだろう』
パルヴァンさんが、この先の俺への締付が強くなることを予感させた。
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