15 絶対命令権限

 プラント大統領との対話を終えた後、俺はパルヴァンさん、そして亜翠さん達と今後について話し合っていた。


『コヒナタ……義父の、大統領の言う通りに在日米軍から人員を充てることになった。まずは今のところ5人揃っている女性声優についてだが、私達の方からも護衛を付けるぞ。自衛隊の護衛と違って遠目で護衛させるつもりだが、構わないな? アスイさん達』

『はい……それは構いませんけれど、女性を充ててもらえますか?』

『いや、恐らくは男女混合になるはずだ。日本語を喋れる者を充てるつもりだが、人員に限りがあるからな』

『そうですか……まぁ、遠目での護衛なら……』


 亜翠さんはパルヴァンさんの説明に納得したようだ。


『それはそれとして、プラント大統領と話せるようになったね』


 香月さんがなんだか誇らしそうだ。


『以前はプラント大統領は灰色で繋がらなかったけれど、いまはカラーになったってことですよね?』


 矢那尾さんも確認してくる。


『うん。プラント大統領のイメージは間違いなくカラーになったよ』


 俺がそう言うと、パルヴァンさんが『どういうことだ?』と質問してきて、矢那尾さんが『実は、小日向さんのイメージする人物の色がカラーじゃないと、テレパシーが繋がらないみたいなんです』と説明する。


『そうなのか? では義父は色がなかったと?』

『はい。そうだったんですが、パルヴァンさんが説得した後に色がカラーに変わりました』


 俺がそう状況を説明すると、パルヴァンさんは『ふむ……そうか』とだけ返した。


『たっくん、私思うんだけど、たぶん地球寒冷化やテレパシーの事を信じてくれる状態の人が、カラーになるんだと思う』


 亜翠さんがそう指摘する。

 たしかにその可能性は高いと俺も思っていた。


『そうかもしれません』


 俺がそう呟くように言うと、矢張さんが『じゃあ、いまのところ中国とロシアの指導者はたっくんの言い分を信じてくれそうにないってことですよね?』と確認する。するとパルヴァンさんが『コヒナタがさきほど大統領に言っていたように、世界中の国々に寒冷化の危機について説明することは可能だが、我々はコヒナタのこととテレパシーについては隠すつもりだ』と俺の存在の隠蔽を宣言した。


『どうしてですか?』


 りつひーがパルヴァンさんに問う。


『コヒナタ、お前たちは自分たちの重要性を認識できていないようだ』


 そうパルヴァンさんが言って続ける。


『コヒナタは俺や父と念話で話すときに英語を喋っているが、自覚はあるか?』

『え? そうなんですか? 俺は日本語を喋ってるつもりですけど……』

『やはりそうか……この自動翻訳状態について、お前のテレパシー以外の新たな能力であると私は認識しているが、間違いはないか?』


 パルヴァンさんが聞いてくる。


『そういえばたっくん、さっきプラント大統領と話し始めた時にも、現実で【日本語でおk】って言ってたよね?』


 香月さんがパルヴァンさんの質問に答えるように俺に指摘する。


『うん。確かに言った。初めてテレパシーで話した人にそう言うと、テレパシーでの会話が自然に日本語に変わるんだ。以降は自動で変わってるみたいだけど』

『へぇ……なんだか言霊みたいだね。たっくんが喋ったことが現実になるみたいな? 私達にもパルヴァンさんは日本語で喋ってるように聞こえるし』


 香月さんが言霊のようだと指摘し、俺も本当にそんなことがあったらギアスコードの絶対命令権限のようだと漠然と思った。


 人気ロボットアニメ、ギアスコードにおける絶対命令権限とはその名の通り、絶対遵守の力だ。

 声に出した命令によって、自在にその声を聞いた人物を操ることが出来る。

 作中では、対象は人間以外の神のような集合無意識的な存在に対しても有効だった。


『そうか……念の為だコヒナタ。安易なことは口にしないことだ』


 俺はそのパルヴァンさんの一言に、現実で「まさか、そんなことあるのかな?」と口にした。


『とにかくだ。コヒナタと声優さんたちはお前たちが思っている以上に重要だと私は考えている。だから米軍からも護衛を付ける。無論3km圏内の現象がある。コヒナタの護衛は3km圏外で行うことになるだろう。俺からの話は以上だ』


 パルヴァンさんがそう言って、念話を終えた。


『みんなは今大丈夫なの? 仕事中なんじゃ?』


 俺がみんなの仕事状況を心配してそう聞くと、亜翠さんが『プラント大統領との話が始まった辺りで気になって休憩貰っちゃった』と言った。

 それに皆が同意し、香月さんだけが『私は聞きながらだったけど仕事もやってたよー。なんだか慣れちゃったかな』と超人的な事を言った。


『たっくん。例の言霊についてだけど、問題ない範囲で試してみたらどうかな? 例えば私達からたっくんに電話がくる! って言ってみるとか』


 矢張さんがそう実験をすることを提案した。


『いいですね。言ってみましょうか?』


 俺は無駄であると思いつつも、現実で「矢張さんから俺に電話が来る!」と言ってみた。

 しかし電話は掛かってこない。


『言ってみたけど、来ないですね』

『たっくん、私、聴覚共有して聞いてたけど、時間を指定しないとだめなんじゃないかな?』

『え? 香月さん自分で聴覚共有出来るようになったんです?』

『うん、まぁね。何度か練習してたらできるようになってた。でもたっくんとしか出来ないよ? いまのところだけど』


 香月さんはさらっととんでもないことを口にしているが、いまはそれよりも実験だ。


『じゃあ、次は時間を指定して言ってみますね』


 そうして俺は時計を見ると、「2017年11月20日午後6時30分に矢張操から小日向拓也に電話がくる!」とより詳細に言ってみた。時間はかなり余裕がある。俺はスマホを持っていなかったので、母が帰ってくる時刻を計算に入れてみた結果そうなったのだ。


 すると矢張さんが慌てた様子で、


『待ってください。たっくんのお母さんの電話番号は0x0の……であってますよね?』


 と聞いてきた。


『え? そうだけど、どうしたの矢張さん?』


 俺が不思議に思って問うと、『私、その時間、ラジオの収録なんですけど、ちょっと電話をするので休憩が貰えないか、マネージャーさんに事前に頼んでおいて貰いますね』と矢張さんが言い始めた。


『操……? 大丈夫?』


 香月さんが親友の矢張さんを心配する。


『大丈夫だよ伊緒奈ちゃん。私、たっくんに電話をかけるだけだから』


 と念話でなんだか不自然な冷静さで言った。


『矢張さん……なんだかおかしくないです?』


 りつひーが指摘し、矢那尾さんも『うん。ラジオ収録中に電話なんて無理しなくていいんですよ矢張さん』と言うが、当の矢張さんは『駄目だよ。絶対に電話しなきゃ!』と譲らなかった。


『たっくん。もしかして操、たっくんの言霊にかかっちゃったんじゃ?』


 香月さんがそう言い始め、俺は『まさか、そんなこと……』と言う。

 しかし事態を重くみた亜翠さんが、『操ちゃん。いまどこで仕事してる? 私、仕事あとちょっとで終わるから様子見に行く』と宣言した。


『そんな……大丈夫ですよ亜翠さん。私、たっくんに絶対電話をかけなくちゃいけないだけですから』

『いいから、いまどこのスタジオ?』

『えっと、いまは末広町の◯◯スタジオですけど、ラジオ収録があるので18時から文鎮放送に行かないと……あぁでも、ラジオなんて収録してたら、たっくんに電話ができなくなっちゃうかもしれないから、やっぱり収録はお休みしたほうがいいかもしれません』


 矢張さんがとうとう、ラジオ収録を休むなんてことを言い出し始めて、異変に皆が気付き始めた。


『ちょっと操! 大丈夫!? 収録休んでまですることじゃないよ?』


 香月さんがとても心配そうに言う。


『いますぐ末広町の◯◯スタジオ行ける人いない?』


 亜翠さんがそうみんなに問う。


『私、いまちょうど仕事終わったので、行けます! 15分くらいかかるかも』


 とりつひーが答え、矢那尾さんが『私、まだ休憩中なんで、自衛隊の護衛の人に頼んで矢張さんの護衛の人に電話繋いで貰います!』と行動に移る。


 そうしてみんなが矢張さんを心配しはじめてから、2時間ほどが経った。


『矢張さんはどう?』


 俺は念話で聞く。


『いま、自衛隊のお医者さんにみてもらって、鎮静剤を打って落ち着いてるけど……でもスマホは離そうとしないみたい。たっくんに絶対電話するんだって』


 亜翠さんが冷静に状況を説明する。


『そうですか……まさかこれって絶対命令権限なのかな……?』


 ぽつりと俺はギアスコードの絶対命令権限について呟く。


『絶対命令権限……?』


 矢那尾さんは知らなかったようで、不思議そうに復唱する。


『私知ってます! ギアスコードってアニメの主人公が持ってる特殊能力ですよ』


 りつひーがそう言い、みんなにギアスコードと絶対命令権限について説明する。

 すると矢張さんが、『絶対命令だから……ちゃんとたっくんには電話しなきゃ!』とテレパシーで言った。


 そうしてまた時が経ち午後6時30分になり、矢張さんは『いまから電話しますね!』と宣言して俺に電話を初めたようだ。だが……例の物理的なフィールド? というやつがまだあるのならば、俺に連絡は届かないはずだ。

 俺はおかしくなった矢張さんには悪かったが、期待混じりで母から借り受けたスマホを持ち、電話を待っていた。


『だめ、たっくん……。私、確かに電話してるんだけど、掛かるけど通じないよ! 私、絶対たっくんに電話を掛けなきゃいけなかったのに!!』


 矢張さんが半狂乱でそう念話してくる。

 しかし俺の持っている母のスマホには、まったく着信している様子はない。


『操、もういいんだってば時間過ぎてるし!』


 香月さんがテレパシーで矢張さんを説得する。


『でも……でも……! たっくんはきっと電話を待ってるよ!!』


 矢張さんは聞いてくれそうにない。


『小日向さん! 矢張さんにもういいって言ってやってください!!』


 俺はりつひーの発言を受けて、静かに現実で「もういい! 矢張操は小日向拓也に電話をするのをやめろ」と言った。

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