14 3次元&8次元と米大統領

『たっくん、お疲れ様!』


 数学者や物理学者が集められているという会議での俺の役割が終わると、香月さんが俺を労ってくれる。


『いやいや、特に俺は何もしてないですし』

『そんなことないよ! 実は私も収録の合間に話聞いてたけど、たっくんの役目は栗原教授と道月教授との理論を結びつけるところにあったんだと思うよ! まぁ、たぶんだけど』

『そうですかね?』

『うん、そうだよきっと! ね! 矢那尾さん』


 香月さんが何故か矢那尾さんに振る。


『え? 香月さん、私も聞いてたの気付いてたんですか?』

『うん、まぁねー。なんとなく誰が聞いてるのかとかちょっとだけ分かるようになってきた気がするんだ! りつひーも少し聞いてたよね?』

『はい。確かに小日向さんが喋り始めた辺りだけ聞いてました』


 矢那尾さんとりつひーも聞いてたのか。二人はどう思ったんだろう?


『その、二人はどう思った? やっぱり俺のただの妄想かな?』

『そんなことないと思います。私も栗原教授の量子もつれが時空を創発するって研究はプレスリリースくらいは読んだことあるんですけど、道月教授の理論の方はさっぱりでした。でも、その道月教授があり得るって可能性を言ってたんですから、凄いことだと思います』


 矢那尾さんが感想を言い、りつひーが『私には余り内容は分かりませんでしたけど、小日向さんが8って数字にこだわってるのはなんとなく分かりました。8ってそんなに重要なんですかね?』と8という数字に関しての疑問を口にする。


『うーん、俺もよく分かってないんだけど、みんなは互いに素っていう高校でならった話を覚えてるかな? 2つ以上の整数にとって、共通の約数が1だけの場合をそう呼ぶんだけど』

『はい。高校で習ったのでなんとなく覚えてます』


 りつひーが応え、矢那尾さんも『私も覚えてます』と同調する。


『じゃあ、ここで2と3と5っていう3つの素数について考えてみよう。これは和は2+3+5で10。積は2*3*5で30になるよね。ここで積について互いに素な数を考えてみると、それは1、7、11、13、17、19、23、29の8つになるんだ。ここまでは良い?』

『はい。一応分かります』


 とりつひーが答えたので話を続ける。


『これは3つの素数による積である30が事実上、8つの数で構成されていると見ることが出来るって俺は考えてるんだ。厳密にはこれらは非線形独立だけど、2を伸び縮みさせて構成される数全て、これを群って言うらしいんだけど、整数倍じゃなくて2の冪乗の群と考えてください。これらと3の冪乗群、そして5の冪乗群が独立なのではないかって考えて、同様にこれが互いに素な数にも適用されると思ってるんだ』


 俺は長々と説明するが、恐らくは大学で数学を専攻していなければ理解できないだろうし、俺の説明がとても曖昧なのも分かっている。

 俺だって殆ど分かっていないのだからそれは仕方がない。


『なるほど。細かいところは良く分からないですけど、2の冪乗とかの、3つの独立?した群の積から、8つの独立した群が現れるってことです?』


 りつひーがそう纏める。


『うん、まぁそんな感じ、りつひー頭いいね』

『いえ、小日向さんの説明がわかりやすいからかと……』

『うん、小日向さんの説明、かなり分かりやすいです。つまり素数の冪乗群をベクトルとして考えると、3次元空間を表す3本の座標ベクトルから、実は8次元空間を表す8つの独立した座標ベクトルを抽出できるってことですよね?』


 矢那尾さんに言われ、少し考えてみる。

 確かにそれはそうかもしれないと思ったので、『うん、俺馬鹿だからベクトルの話はよくわかんないけど、そうかも!』と答えた。


『ふんふん、私もなんとなくしか分かんないけど分かった気がする!』


 と香月さんも概ね理解できたらしい。


『へぇ……凄いですね。中卒でこんなこと分かるんです?』


 りつひーが不思議そうに言う。


『直感的にだけどね。合ってる気がするんだ。でもこの直感を与えてくれているのは神とか宇宙人とかなのかもしれないよ、はは……』


 そう苦笑いすると、香月さんが『確かにそうかも! たっくんは神さまの啓示を受けてるんだよきっと!』と適当なことを言う。

 それに矢那尾さんが『私、いまの小日向さんの言い分をまとめて護衛の自衛隊の人に渡してみます! きっと栗原教授や道月教授の考えの助けになるかと!』と言ってくれた。


 そう言われ、なんだか役目を全う出来たかのようで少し嬉しくなった俺は、『そうだと良いんだけどね……!』と少し浮ついた調子で言った。


 そして午後2時になると、米大使館職員と米軍の専門家からの報告を受けたらしいパルヴァンさんが念話をしてきた。


『コヒナタ。報告が上がってきて、どうやらお前たちの関連する事象は確かだと分かった。先程から、プラント大統領に夕食時からずっと説明して説得していたんだが、ようやく認めてくれたよ』

『え? それじゃあプラント大統領も救世に関わる事象だと……?』

『それはどうか分からん……だがコヒナタと話す気はあるらしい』

『そうなんですか?』

『あぁ、いまちょうど一緒にいるから試してみてくれないか』

『分かりました』


 俺はプラント米大統領の姿を想像する。

 すると浮かび上がってきたイメージは今度は確実にカラーだった。

 これなら行けるかもしれない。


『プラント大統領……聞こえますか?』

『Ah, I can hear you』


 またしても英語だった。

 俺は以前と同じように現実で「日本語でおk」と言ってみる。


『あぁ、聞こえる……お前がコヒナタか?』

『はい。小日向拓也です。ダニー・プラント大統領ですか?』

『あぁ、間違いない。俺はダニー・プラントだ』


 問題なく、プラント大統領の声は日本語で聞こえた。

 しかも、その声は小立こだち文雄ふみおさんの声だった。

 小立さんと言えば、90年代を代表する鬱ロボットアニメの司令官役で有名なテノールからバスの音域の声を持つ人気声優さんだ。良くナレーションやCMの声もこなしている。

 その小立さんの声が、プラント大統領に割り当てられたのは、酷くイメージ通りだったので笑ってしまう。

 小立さんの声にしてはきはきとした高い調子で、プラント大統領は続ける。


『テレパシーってやつは、どうやら盗聴やなにかとは違うようだな。まさか厳重に定期的に盗聴器の類をチェックされている我が家に、日本政府が機械類を仕掛けられとは思えん。だが俺も寝る前で眠いんだ。手短に頼むぞ』

『はい。すみません。それで地球寒冷化の話はパルヴァンさんからお聞きになりましたか?』

『あぁ、聞いた。だがそれと救世にまつわる案件だという話はどうにも繋がらんな。一体どういうことなんだ?』

『これはあくまでも俺の予測ですが、もし地表付近でも極端な寒冷化が起き始めた場合、それは数年しないスパンで氷河期に突入して、全球凍結に至る可能性があります』

『それは……つまり氷河期になって作物などが育たなくなり、食糧危機が訪れると言いたいのか?』

『はい。そうなります』

『それが世界的に起こると?』


 プラント大統領は重ねて確認する。


『はい。いつ起きるかというのは断言できませんが、冬の極渦に支配される形で特に大きな大陸で顕著な影響を示すと思われます』

『ふむ……それは地球温暖化とは違うのか? 前に地球温暖化でもお前が言っているのと似たようなことが起きると聞いたことがあるが……』

『はい。たぶん海水温の上昇や海水の塩分濃度の変化によって、北大西洋の海流がストップすることで寒冷化するみたいな話だと思うんですが、俺の寒冷化理論でも海水温は上昇して、海水の塩分濃度もたぶん変化します。でも本質はたぶんそこじゃなくて、高層大気や対流圏上層の気温が低下して初めて、強烈な寒気が中緯度地域に降りてくると思ってます』

『よく分からんが、温暖化ではないと言いたいんだな?』

『はい。地表付近は温暖化しますが、高層大気を含めて考えると寒冷化するっていうのが俺の理論です』

『そうか……まぁ、こうやってテレパシー? も出来ているわけだしな。お前の言い分を信じてやろう。それで……アメリカにどうして欲しい?』


 そうプラント大統領に問われ、どうしたらいいか分からなくなってしまう俺。

 だがこのことを各国に広めて欲しいとは思った。

 なのでプラント大統領に要求する。


『アメリカが主導して、このことを世界中の国々に伝えて貰えますか?』

『寒冷化の脅威のことをか?』

『はい』

『別に俺は構わんが、しかしたぶんそれは国民には知らせず、国家上層部だけが知る限定的な情報になると思うぞ』

『? 何故ですか?』

『お前の言っている寒冷化理論が正しければ、数年経たずに氷河期になるって話だろう? 些か国民全員に伝えるには衝撃的過ぎる。パニックを起こしては問題だ……という話になるだろうな。まぁ軍の上層部と話し合いをしてみないと分からん話だが』

『なるほど……確かにそれはそうかもしれません』


 俺がそう納得すると、プラント大統領は『話は以上だな?』と確認してくる。俺はそれに『はい』と簡潔に答えた。


『では日本のお前が救世主ってわけだ。日本から救世主が生まれるなんてオカルトを昔聞いたな。馬鹿げた話だと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。パルヴァンには引き続き在日米軍と共にことにあたってもらうぞ。いいな?』

『はい。願ってもないです』

『そうか、じゃあ俺は寝るぞ。じゃあな、コヒナタ』


 プラント大統領がそう言い、俺達はテレパシーを終えた。

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