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 22時を過ぎた頃、パルヴァンさんから外務省を通じて熊総理と再びやり取りが出来た旨を伝えられると、俺は『それは良かったです。プラント大統領への説明も協力して貰えると助かります』と再び要請した。


 パルヴァンさんはそれに『分かっているさ……どうやら世界の危機なんだろう?』と応じ、短い念話を終えた。

 そして俺はお風呂に入ってしばらくすると眠りにつくことにした。

 ベッドに入り、電気を消す。


『香月さん、起きてます?』

『うん、まだゲームやってるー』

『ゲームってDF14とかです?』


 DF14とはドラゴンファンタジー14のことだ。日本産の有名ロールプレイングゲームで、そのナンバリング14番目のDF14はMMORPGで世界中の仲間たちと冒険を楽しむことができる。


『ううん、私DF14は確かにやってたけど、一度やめちゃってそれ以降は触ってないかな』

『そうなんですね、俺と一緒だ』

『お、たっくんもDF14やってたの?』

『はい。最難関レイドを最後のステージ以外クリアしてやめちゃいました。なんか大縄跳びやらされてるのに疲れちゃって』

『あー、まぁなんとなく分からなくもないかな』


 香月さんは普段関わり合いのある企業のゲームを批判したくないのか、控えめだったが同意してくれた。


『実は野良だけ集めてギルドアクションを有効活用するっていう、挨拶なしの大手無言ギルドのギルマスやってたりしたんですけどね。結局、野良メインで横のつながりもないからギルドハウスの為の資金も集められないしで段々先細りだったんで、やめるのと同時に他の似たようなギルドと合併させちゃいました』

『へぇ……そんなことあったんだ。私もギルドは入ってたよ! たっくんはどこ鯖?』

『俺は鳥鯖ですね』

『へぇ1鯖じゃん! 私はxvxvxvxvx鯖だよ』


 1鯖とは第一サーバーのことだ。DF14には厳密には第一第二のようなサーバー番号はなかったが、しかし一番人が多い鯖として鳥鯖は1鯖とネット上では呼ばれることもある。

 しかし香月さんのサーバー名が聞き取れなかった。これはもしや……。


『え? 今なんて?』

『えっと、私はxcxvnvxnmxb鯖だよって』


 香月さんが自分のサーバー名を言おうとした途端に、その内容が砂嵐のようなノイズで掻き消える。


『うーん、どうやら駄目みたいですね。ノイズでかき消されて聞こえません』

『嘘……例の電話番号みたいな?』

『それとはまた別の感じですけど、どうしたって皆と俺は連絡取れないようになってるのかな……?』


 俺としてはこれはただの統合失調症だと思っていたので、電話番号のように適当な番号に入れ替わるだけかと思っていたが、しかしノイズでかき消されるとは思っていなかった。

 どういうことだろう。これはただの幻聴ではないのか……?

 そう思いながらも、俺は「香月さんとDF14出来るならやってみたかったな」と現実で呟いた。


『え? たっくん今、私とDF14やりたかったって言った?』

『あーえっと、はい。確かに言いましたけど、念話になってました?』

『ううん、ただ、今そんな感じの声が聞こえたんだけど……』

『え? まさかまた香月さんだけ俺の現実での言葉が聞こえたんです?』

『うん。そうかもしれない』

「どういうことだ。まさか念話だけじゃなくて聴覚共有ができるってわけでもないだろうに……」


 再び俺は現実で呟く。

 すると、香月さんが『今のも聞こえた! 聴覚共有出来てるかも!』と喜ぶような声を上げる。


『マジですか……じゃあ今から何か言うので、そのまま返して貰えます?』

『うんいいよー』

「だるまさんが転んだ」


 俺は現実でぽつりと呟く。


『だるまさんが転んだ! 凄い……たっくんの声って現実だとこんな感じなんだね! テレパシーの時の声も好きだけど、こっちも普通ぽくて、私、割と好みの声だよ……!』

『そ、そんなお世辞、効きませんよ……!』


 嘘だ。めちゃくちゃ効いてる。仮にもプロ声優である香月さんに声を褒められたとあれば、嬉しくないわけがなかった。これがもし幻聴だったとしても、香月さんに言われたと思うと嬉しいのだ。


『ふふふ、たっくん照れてるー』


 香月さんが笑い、続けて提案してくる。


『そうだ! 聴覚共有が出来るんだったら視覚共有もできないかな? たっくんの部屋どんなか見てみたい!』


 そう言われ、俺はADHD気質特有の余り掃除されていない汚い部屋であることを恥ずかしく思った。俺の部屋はとにかく物が多い。

 南側の窓の左に子供の頃に買ってもらったキャラクターの絵付きの勉強机。

 その勉強机の上には大量の整理されていないMOONーTYPEの本やブルーレイディスク、ボーカルロイドのフィギュアなどが所狭しと積み重ねられ埃が積もっているし、窓の右側には本棚に大量のコミック。そして本棚の前には整理されていないギアスコードのくじグッズやプライズをメインとしたアニメゲームグッズの類が大量に置かれて地面を占有している。

 足の踏み場もないとまでは言わないが相当な汚部屋だった。


『恥ずかしい話ですけど、めっちゃ汚いオタクの子供部屋ですよ。それでも見ます?』

『うんうん見てみたい!』

『分かりました……やってみます』


 俺は明かりを付けると俺は香月さんと視覚共有が出来るように強く念じた。というかそれくらいしか出来ない。

 テレパシーだってどうやってやっているのかは適当なのだ。やり方を聞かれても、声とイメージを思い浮かべた人と喋る! くらいしか言えない。


「視覚共有!」


 ダメで元々で小さく叫ぶ。すると、『おぉ! 空の壁紙が見える!!』と香月さんが第一声を上げた。


『どうやら出来たみたいですね』


 俺はそう言って視覚共有の成功を告げる。

 部屋の左右には右側に空の壁紙、左側にラグビーの壁紙というヘンテコな組み合わせの壁紙があるのが俺の部屋だった。

 小さい頃に家を作った時、父に「どの壁紙がいい?」と聞かれて選んだのがその2つだったのだ。

 それ以降、張り替えられることもなく子供部屋である俺の部屋の壁には、空とラグビーの壁紙が鎮座していた。


『こっち側はラグビーか! って! うわぁ汚い』


 地面に並べられたアニメ・ゲームグッズの山が目に入ったのか香月さんが低い声で感想を述べる。

 そして俺が振り返ると、『こっちの机もきったないねぇ。掃除しないと駄目だよ、たっくん!』とお叱りを受けた。それに俺は『すみません。善処します』とだけ曖昧に答える。


『外も見ます?』

『うん。見てみたいかな。雪積もってる?』

『雪はさすがにまだですね』


 と言いながらベッドから立ち上がると、南側の窓のカーテンを開けた。

 暗闇に物置と前の古民家の空き家、そして鬱蒼と生い茂る木々が視界に入る。


『うわぁ……すっごいド田舎じゃん。私も小さい頃は田舎に住んでたけど、これは桁違いだね』


 香月さんが見えた景色に反応する。


『まぁこんな感じです』

『うんうん、たっくんのお部屋、しかと見させて頂きました』

『でもゲームしながらだと混乱しませんでした?』


 俺は香月さんが心配になって聞く。


『あぁ、それね。聴覚共有ができた辺りでやめたから問題なし! 今は私も寝始めたとこ』

『そうだったら良かったです』

『うん。視界にばーってたっくんの部屋が薄っすらと広がってるから、起きてたらちょっと怖かったかもね……にしてもたっくん、聴覚や視覚の共有まで出来るなんて、いよいよ救世主っぽくなってきたんじゃない?』


 香月さんはからかうような声で言う。


『そうかもしれませんけど、今のところ俺には現実感なんてないですよ』

『まだ幻聴だって思うんだ?』

『はい。まぁ、他の世界の香月さん達と繋がってるのかもってのはちょっと思いますけど』

『熊総理によれば、それはないって話だよ。たっくんは確かに日本国民で戸籍もあるってさ』

『まぁ、皆からしたらそうかもしれないですけど、俺には連絡来てませんし……』

『そだね! まぁたっくんが幻聴だと思うのはいいよ。でもそれでも私とは話してくれるんだね? どうして?』


 香月さんが俺の気持ちを確認する。


『どうして……声優さん大好きだからですかね? 自分で声優になりたかったのもあって、俺本当にかなり声優さんが好きなんですよ。そんな憧れの声優さんの声が聞こえてテレパシーみたいに会話もできてってなると、たとえ統合失調症の幻聴を疑ってても、それでも楽しくて続けちゃうんですよ』


 と正直な感想を言う。


『そっか……』

『あと俺は何もやることなくて暇ですし! てかそれより香月さんこそ、ニートの俺なんかと話してて楽しいです?』


 俺は気になっていたので聞くことにした。香月さんは俺のことをどう思っているのだろう。


『私? 私は楽しいよ。何か良くわからないこともいっぱいあるけど、世界を救うためにたっくんと色々なことしてる! って感じでとっても楽しい。あのね、私ってそういう救世主願望的なのがあったのかもって最近思うんだ』

『救世主願望ですか?』

『うん。世界を良くしたいとか、平和にしたいとか、戦いを無くしたいとか高校の頃からアニメの影響を受けて漠然とそんなこと思ってたからさ。私に出来るのは声の演技だけだけど、それで世界が少しでも平和になればいいなって』


 香月さんは今まで感じてきた事を少しずつ言葉にする。


『だから、たっくんと一緒に救世主みたいなこと出来て楽しいよ?』

『それなら……良かったです』

『うん! さぁ明日は仕事もあるし、そろそろ寝よ!』


 話を打ち切るように香月さんがそう言った。


『寝てる間に念話してもいいです?』

『いいけど、睡眠の質下がりそう~』

『あはは。たしかに!』


 俺達はそんな話をしながら、お互いに眠りについた。

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