8 会議
『え? それじゃあ、たっくんへの迎えはどうなったんです?』
亜翠さんが唖然とした様子の声で聞く。
『どうも失敗したということらしい。いま急いでもう一度行くように命じたが、私が思うにね小日向くん。結果は同じだと思うよ。こういう変なことは一度あれば二度ある気がする』
熊総理がそう予言めいたことを口にする。
『そうですね……いえもう結構ですよ。どうせ統合失調症ですって』
俺が自暴自棄的な言い方をすると、亜翠さんが『たっくん……』と何か言いたそうに俺の名だけを呼んだ。しかし後の言葉が続かない。慰めてくれようとしたのかもしれない。
気恥ずかしかった俺はその後の言葉が来る前に、『今日はもう風呂入って寝ます』とだけ言って、今日の幻聴との会話を終えた。
翌日。朝10時過ぎ。
寝ぼけ眼を擦って起き上がると、俺は食事をするために下へと降りていく。
すると母がちょうど家を出ようとしているようだった。
「どこ行くの?」
「もう! この間から言ってるでしょ。島岡さんとの食事会!」
「あぁ……そういえば、そんなこと言ってたね、パスタ屋だっけ? 忘れてた」
島岡さんとは母の前の会社での友人だ。たまにこうして食事会と称して会って話をしているらしい。今日がその日だったのを忘れていた。
「それでは行ってきます」
それだけ言って母が家を出ていった。
「自衛隊に呼ばれたとかじゃないんだ……」
俺がぽつりとそう言うと、唐突に『たっくん!』と香月さんから念話があった。
『おはよう香月さん。どうかした?』
『たっくんようやく起きたね! 良かったよ、まだ会議始まったばっかりで』
『あぁ……もしかして、10時からだった?』
『うん! 私達こうしてテレパシーが一応できるけど、あくまでもたっくんが媒介してのことじゃん? 皆の前で実証するのにたっくんがいつまでも起きてこないから、私達まで統合失調症扱いされて困ってたとこだよ!』
それは……確かに大変だっただろう。
『ごめんごめん、実証? ってなにやらされてるの?』
『とにかく皆と熊総理をつなげて!』
『おっけ』
俺は返事をすると今のところの関係者全員と繋がるように念じた。
すなわち、亜翠みずき、香月伊緒奈、矢張操、矢那尾纏女、桜屋立日、そして熊新造総理の6人と俺を含めた7人だ。
『皆、聞こえますか?』
『あぁ……小日向くん、助かった。聞こえているよ。これで実証できるね』
と真っ先に熊総理が焦燥した声を上げる。
『うん、たっくん聞こえてるよ』と亜翠さん。
『私も聞こえてる』と矢張さん。
『私も聞こえてます!』と矢那尾さん。
『聞こえてます』とりつひー。
『うん! 全員おっけーだね!』と香月さんが答えた。
どうやらこれからなにかテレパシーの実証実験とやらをするらしかった。
『皆良いかな? まず最初だけどね。中には漢字とひらがなで、【閃く】と書いてあるよ』
熊総理がそう言い出し、皆が口々に閃くってどういう漢字でしたっけ?と聞いてくる。
それに熊総理が『門構えに人間の人という字だね。ひらがなは漢字の後に【く】だけだよ』と冷静に教える。
そうして全員が【閃く】という字を書き終えたのか、しばらくして答え合わせに挑んでいく。
『やった! 全員的中!』
香月さんが歓喜の声を上げる。
そうして次は1桁の数字を何度か、そして最後に電話番号を皆でテレパシーで共有した。
『ふふーん、楽勝楽勝! たっくんテレパシーは最強だからね!』
香月さんが調子に乗って、電話番号の答え合わせに挑む。
俺はそんな様子を聞きながら、母が作ってくれてあった朝食をレンジで温めて食べる用意をしていた。
『的中だ。もうこれくらいでいいだろう……』
そして電話番号も全員が的中させたようで熊総理がそう言い、実証実験はお開きになったようだ。
『たっくんナイスー! これで私達が統合失調症扱いされるのは避けられそうだよ! ありがとね!』
香月さんが俺にお礼を述べる。しかし俺は大したことはしていない。
何が起こっているのかもよく分かっていなかった。
『会議の内容は一応かいつまんで教えるね』
亜翠さんがそう言い、俺は実証実験のあとに始まった本格的な会議の内容を聞いていた。
まず初めに熊総理の実証実験成功についての所感が述べられ、そして小日向拓也、すなわち俺に連絡が付かないことが説明された。
そうして亜翠さんと香月さんメインで、俺との奇妙なテレパシーが始まった原因と救世主論、そして今後起こるであろう寒冷化と超震災について説明がなされた。
そして一通りの説明が終わった後、現場には山丸茂樹教授も訪れていたようで、山丸教授が僕とも念話は出来ますか? と質問をしてきたようだった。
『どう? たっくんできるかな?』
亜翠さんが俺に問う。
『熊総理は出来たわけだし、多分いけるかと……やってみます』
山丸教授の姿を思い浮かべると、鮮明に山丸教授のイメージが脳裏にカラーで浮かぶ。
そう言われてみれば、テレパシーを送れる人はみんな浮かんでくる映像がカラーだなぁと漠然と俺は思っていた。
『山丸教授……聞こえますか? 小日向拓也です』
『!? これは……まさか本当に……!?』
『他の人とも会話されますか?』
『あぁ……頼む』
山丸教授がそう言うので、皆にも繋げる。
そうしてひとしきりテレパシーを通じての挨拶が終わった頃、山丸教授が聞いてきた。
『君は僕のことをどこで知ったのかな?』
『あーえっと、そこまで言っていいんかな? って番組ですね
『なるほど、あれは確か、東京以外じゃほとんどのところでやっていたね』
『はい』
そこまで言っていいんかな? とは関西のローカルTV番組である。
時事ネタをパネリストを交えて討論する社会派番組だ。
以前、それに山丸教授が出て地球寒冷化理論を提唱していたことがあるのだ。
『それで君は、地球寒冷化が確かに起きるとそう言うんだね?』
『はい。香月さん達が説明してくれたと思いますが、そう思ってます』
『ふむ……確かに君の言うように、銀河宇宙線の増加が地表や海底における火山活動を励起し、更に海洋植物プランクトンの活動を励起するというのは中々に面白い考え方だ。私の専門は地学だが、地球物理学的に言っても斬新だ。それに海洋生物学的要因は地球温暖化仮説においても軽視されてきていたからね』
山丸教授はどうやら俺の地球寒冷化理論に一家言あるらしい。
『それで、山丸教授はどのようにお考えですか?』
熊総理が聞く。
『私はこのテレパシーが起きていることを考慮すると、救世に当たる案件ではないかと思い始めています……だが100%ではない』
山丸教授はそう言って、手放しに認めているわけではないと告げる。
『まず銀河宇宙線量がどのように増えているのかのメカニズムは君は知っているかい?』
『はい。太陽風との相互作用ですよね?』
『そうだ。太陽風が強いと銀河宇宙線は吹き飛ばされて地球には飛来せず、逆に太陽活動が沈静化していて太陽風が弱いと銀河宇宙線が地球に飛来しやすいと考えられている。だが……』
『だが……?』
『そもそもの太陽活動が弱い理由が見えてこない。君が救世主だと言うのならば、何か説明がつけられるかい?』
山丸教授は真剣に質問してくる。
だが俺にはまるで答えが思い浮かばなかった。
『いえ……正直言って全く説明が思い浮かびません』
『そうか……まぁいい。テレパシーが起きているのは分かったのだし、僕はこれが救世案件であると認めよう。これから決を取るが賛成とさせて貰う』
山丸教授は現実で、これが本当に起きている救世案件であると賛成してくれるようだった。
しかし俺は、救世主と名乗るにしては未熟であり、これが妄想なのではないかという疑念も相まって複雑な心境で、用意した朝ご飯に手がつけられずにいた。
『たっくん良かったね! 他にもお医者さんと、自衛隊の幹部とかいっぱいいるんだよ』
『そうなんですね……』
亜翠さんがそう言って会議の参加者を挙げていくが、俺にはいまいちピンとは来なかった。
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