『学生服はもう着れない』

涼宮 和煦

学生服はもう着れない

 3月の放課後、名残を惜しむには少しだけ早い教室で、ひとり窓際の席に佇む。

 うっすらと鏡になった窓には、頬杖をつく憂い顔が浮かんでいる。

 胸が軋むときはこんな顔になるのか、と問題の本質から目をそらす。

 どうしたって、卒業は避けられないのだから。

「なにしけたツラしてんだよ」

 鏡の中の自分がそう呟く。

「4月からは薔薇色のキャンパスライフだぜ? それとも、高校に未練でもあるってのかよ?」

 未練なんてない。

 もう少し真面目に勉強したり、もう少し羽目を外して遊べば良かったのか。そうは思わない。

 結局は小さくまとまって、詰襟のホックをかけたりかけなかったりするのが好きなんだ。

「……帰るか」

 席を立ち、帰路につく。

 まだまだ冷たい風に、詰襟のホックをかける。

 ふと、学生服はもう着れなくなると今更になって気付く。

 生活に染み付いた『好き』が永遠に失われようとしている。

 じんわりと涙が滲む。だが、幾ばくもせずに、この涙は乾くのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『学生服はもう着れない』 涼宮 和煦 @waku_suzumiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る