ミモザの恋
遊野煌
第1話
小さな水玉模様の黄色の花が今年も沢山花開いて、図書館前の公園の片隅で芳しい香りを放っている。
ーーーーその花の名はミモザ。
マメ科 アカシア属
花言葉は、『秘めた恋』そして『友情』
あれから何年たっただろう。私は未だにあの人が忘れられない。
真面目な顔をしていたと思えば、急に意地悪く笑う顔、本のページを捲るゴツゴツとした大きな手のひら、長めの柔らかい黒髪、笑うと目尻に皺ができる優しい瞳。
あれは、恋だったのだろうか、それとも恋という名の膜を纏った友情めいたものだったのだろうか。
最後まで貴方は言わなかったから──。
私は今日も黒いスラックスに、白のブラウス、冷房除けの淡い黄色のカーディガンを片手に図書館裏手にある通用口のグレーのドアを開けた。
私はタイムカードを押すと、「高野」とかかれたIDカードをぶら下げて、大好きな本に溢れた世界へ向かった。
私は小さな頃から本が大好きだった。大学では文学科を専攻して図書館司書の資格を取った。いま大好きな図書館で司書として働けていることは、私にとって何より幸せなことだった。
「おはよう御座います」
「
ゆるい肩までのパーマを揺らしながら、微笑み返してくれるのは、歳が二回りほど離れた同じ司書の水川さんだ。
「返却の本、片付けてきますね」
「今日、少し多いのよ、大丈夫?」
「こうみえて意外と力あるんで」
私は力こぶを作ってにこりと笑った。
たしかに今日は返却本が多い。私は無機質なブックカートを押しながら、順番に仕舞っていく。
えっと、昆虫図鑑は此処で、銀河鉄道の夜はあっちの名作コーナーの真ん中だ。
(銀河鉄道の夜、よく読んだな。)
思わず片手でパラパラとページを捲る。
あれはまだ、私が大学生の頃──。
学内図書館の片隅にある二つしかない椅子。難しい英語の参考書や、偉い人が書いた読めない英語の参考文献が並んだ列は、いつも、誰も座っていなかった。
私は好きな本を選んでは、その誰も居ない図書館の片隅の椅子に座って本を捲るのが好きだった。
その日、選んだのは銀河鉄道の夜。
「此処いい?」
半年ほど此処で本を読んでいるけど、相席をお願いされたのは初めてだった。
「あ、どうぞ」
黒縁の眼鏡に長めの前髪でイマイチ顔がはっきりとは見えないけれど、鼻筋は通っていて、背が高い。
何より透明感のある綺麗な黒い瞳が、一瞬、あの子を思い出して、胸がとくんと鳴った。
「じゃあ」
男の人は軽く会釈すると私の隣に腰掛けた。長い足を組むと、難しそうな英文の本に目線を向けている。
(どこの科の人なんだろう?)
少なくとも、この人は文学科では見たことないから、他の学部の人なのだろう。
(新しくできた英文科の人なのかなぁ?)
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