第8話 おしゃべり

 朝と同じようにイレーネを呼ぶ。パンと葡萄を落とし、イレーネもうまく受け取ってくれたようだ。


「パンは固くて食べにくい思うけど、しばらく口の中に入れてると柔らかくなるから」

「うん」


 レーヴェは壁際に腰を下ろした、顔だけ穴に向ける。


「今朝さ、夢見たんだ。イレーネも出てきたんだよ」

「私も?」


「うん。オレら賑やかな町に住んでるんだ。父さん母さんもいて、楽しかった。あのさ、イレーネはここに来る前は、ずっと楽しい生活だったの?」

「そうね。楽しかった。いたずらして叱られたこともあったけど」


「イレーネがいたずら? 想像つかないや。何をしたの?」

「覚えてないわ。うんと小さいときのことだもの」


 レーヴェが笑って云うと、イレーネの声が少し明るくなった。


「もし、この屋敷から出られたらさ。オレ、ワイン飲んでみたいんだ。倉庫にいっぱい樽があるだろ。あんなに重い物運ばされてんだから、飲んでみないと納得いかないよな。きっと相当うまいんだぜ、あれ。あ、あとリュート弾きたいな。絶対あいつよりうまく弾けると思うんだ」


 あいつとは無論主人のことだ。主人がリュートを弾いている姿を見たことはないし、聴いたこともないから、ただのイメージだ。


 それに対してのイレーネからの返答はなかった。


「イレーネはここから出られたら、何かしたいことある?」

 レーヴェは気にせず語りかけた。


 少し沈黙したあと、イレーネは、

「お墓、作りたいの」

 聞き逃してしまいそうなほどにかすれた小さな声で、ぽつりと呟いた。


「お墓? 誰の?」


 二年前、イレーネの両親は流行り病で亡くなった。病気の蔓延を抑えるため、遺体は定められた場所に集められ火葬された。骨は戻ってこなかった。


 墓を作るときは遺体の代わりに故人が使用していたものを埋めることがある。イレーネもそうしたいのだと云った。


「お母さんが死んじゃうときに木彫りの人形を首にかけてくれたの。お父さんからもらった最初の贈り物なんだって。お父さんの手作りらしいの。これをお父さんとお母さんだと思って、って渡されて。肌身離さず持ってるの」


 レーヴェはその木彫りの人形を見せてもらいたくなった。

 そしてイレーネの願いを叶えさせてあげたいと強く思った。

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