長寿す/女同士のドロドロってやつ
「––––––お、坪倉さん。お疲れ様でした」
「……あ、はい、お疲れ様です!」
よし、問題なくスキルが作用しているようだ。
僕は現在、ライブ終了後にバックヤードの廊下で坪倉さんへと話を伺いに行っていた。
恐らくだけど彼女は、僕のことをライブハウスのスタッフか何かだと勘違いしてくれているのだろう。
“ぬらりひょん”のスキルは、鮎川恒吾という存在を認識している相手には通用しない。
だから牛若村の一件でも、尾上さんや釜島さんたちには僕の姿がハッキリと見えていたし、最初から「若林」なんて人間がいないこともわかっていた。
つまり、僕と初対面の相手か、僕に関する記憶が薄れている相手ではないと効果を発揮できないのだ。
ならば何故、僕は坪倉さんの認識を誤ったものに捻じ曲げることができたのか。
その答えは非常にシンプル。変装しているのだ。
このライブハウスには、活動を行っているアイドルの衣装や小物を置くスペースがあり、様々な小道具も用意されていた。
その中にあった帽子やらジャケットやら付け髭やらを拝借し、使用したのだ。
初対面の人間だと思わせさえすれば、僕のスキルは繰り返し効果を発揮できる。
いわゆるところの裏技だ。
宇嘉野さんのような勘が鋭い人だと、きっと通用しないだろうけど。
「なんか、警察の方が来たんでしたっけ? 大変でしたね」
「そうなんですよ……確か、ウチの子たちのファンが木乃伊になったとかって」
「へぇ~、木乃伊ですか~」
「んな事言われても困りますよね。人間を木乃伊にする方法なんて知る訳ないじゃないですか」
我ながら自然に嘘をつけているようで安心した。
それに、僕たちが話を伺った際よりも彼女の口調が砕けている様子を見るに、僕の変装を怪しがってもいないようだ。
「大変ですね……。そういえば、最近アレがあったじゃないですか」
「…………アレ?」
「そう、アレ。坪倉さんも大変だなぁ~って思って」
坪倉さんが怪訝そうな表情を見せた。
急に「アレ」だなんて言われたら抽象的すぎて驚くだろう。
もちろん、僕が何かを知っているわけではない。何も心当たりが無い上で、その言葉を使ったのだ。
しかし、今の彼女は僕を信用に足る人物と誤認している。
仲の良い人間同士だからこそ、アバウトな表現であっても通じることがある。
僕はその可能性にかけ、何か情報を落としてくれないかと賭けたのだ。
例えば……「MerMaid-Mate」に恨みのありそうな人物に覚えがあるとか、被害者たちの行動に不審な点があったかとか。
「あぁ……アレ、ですね」
「……そう、アレです」
どれだよぉ……。話してくれよぉ……。
言い出したのは僕だけど、「アレ」じゃあ伝わらないでしょうが。
「……まぁ、女の子同士じゃよくあることだからさ」
……ん? どういうことだ?
「女の子同士」ってことは、グループメンバーの五人についての話だろうか。
僕は正真正銘の男の子だから、そんなことを言われてもピンと来ない。
賭けに失敗してしまったかと意気消沈していたところ、何やら会話が聞こえて来た。
ドアの向こう側、バックヤード内の控室が、何やら騒がしい。
音の高さから鑑みて女性のものだと思われるが、どうにも語気が荒々しく感じる。
『––––––アンタさぁ、絶対今日の振りちょっと遅れてたでしょ?』
『アンタが早かったんじゃない? 周り見てないで集中したらどうなのよ』
『木乃伊の話って何だったの? そんなニュースあったっけ?』
『ってかさ、キモオタが木乃伊になっても知ったこっちゃないんだけど』
扉越しのため朧気ではあるが、「MerMaid-Mate」のメンバーたちの声だろう。
僕たちや観客を前にした時とはまるで違い、言葉遣いは粗雑で、お互いに険悪な空気をぶつけ合っている様子だ。
これでは大切な仲間というより、仕方なく同じグループに収まっているだけの間柄のように見える。
「あんだけ喧嘩したってのに、まだ嫌な雰囲気は変わんなさそうでね……」
坪倉さんの言っていた「アレ」とは、その喧嘩のことなのだろう。
僕視点では現状でも喧嘩をしているようにしか見えないけれど、これよりも酷い口論があったということか。
『んあぁ、腹立つなぁ……ねぇ渚沙、マッサージしてくんない?』
『渚沙ぁ! 飲み物!!』
『……はい』
『もぉ~、渚沙ってばノリ悪いよね~』
『嫌なら嫌ってハッキリ言っていいんだよ? まぁ、言えるならだけどさ』
扉越しの会話は、いつの間にか沼代さんを軸にしたものに変わっていた。
控えめな彼女の性格を知っているからだろう、他のメンバーが好き勝手に彼女へ命令を下している。
やはり、やんわりと拒絶する様子も、反抗する姿勢も聞こえてこない。
なんだか少し可哀そうに思えてしまう。
「……沼代さん、大変っすね」
「これでもパフォーマンスは上手だし、ファンも増えて来たところだったからね。解散するにもタイミングを逃しちゃった感じだよ」
世知辛い話だ。
利益と名声を得るために、大して仲良くもない相手と笑い合わなければならないだなんて。
果たしてそれは、ファンの望んでいる姿なのだろうか。
木乃伊になってしまった被害者たちは、彼女たちの本性を知ってしまったら、傷ついてしまうのではないだろうか。
『ほぉら! 早く飲み物買って来いよ!!』
『ちょっ––––––』
そんなことを考えていたら、突然に扉が開いた。
内側から飛び出して来たのは沼代さん。
誰かに押されたのか、蹴られたのか、勢いが余って廊下に出てしまったのだろう。
「…………す、すいません」
メンバーとの不和を見られたからか、それとも元来の控えめな姿勢からなのか、僕の顔を見るなりそそくさと自動販売機の方向へと行ってしまった。
「渚沙……」
坪倉さんが呟く。
顔には申し訳なさや同情が浮かんでおり、微かに眉間にシワが寄っていた。
それが意味する感情は、他メンバーに対する怒りだろうか。
それにしても、圧力に屈している彼女の様子を見ていると、嫌でも琴葉ちゃんのことを思い出してしまう。
シチュエーションは違くとも、彼女は親友だった女子生徒から顔を傷つけられ、その傷跡を笑いものにされた。
その後、自暴自棄になった彼女は、“口裂け女”と遭遇し、怪異になってしまった。
沼代さんもそんなことになってしまわないといいのだけれど……。
『んねぇ、アイツ遅いんだけど~! 飲み物買うだけなのにノロマすぎるっしょ!』
静かになった廊下には、扉越しの汚らしい言葉だけが響いていた。
◆◆◆
「……そうだったんだ。なんか、ガッカリかも」
ライブハウスから出た僕の報告を聴き、八恵さんは露骨に嫌悪を示した。
一方の宇嘉野さんはそれほど気にも留めていないのだろう、興味の無さそうに髪の毛を弄っている。
結局のところ、坪倉さんから有益な手掛かりは得られなかった。
しかし、宇嘉野さんの疑念も含めて、沼代さんの同行が非常に気になるのが本音である。
琴葉ちゃんの前例を目撃した身からすると、グループメンバーとの諍いをキッカケに彼女の心身が傷ついてしまったら目も当てられない。
それに、あの中に異常な能力を隠し持っている人間が紛れている可能性だってゼロではないのだ。
控室から聞こえて来た会話の中には、自分たちのファンを軽んずる発言もあった。
ちょっとした嫌悪感や不快感の弾みで、彼らを木乃伊化させてしまった線だって考えられる。
……というわけで、僕が坪倉さんと話している間に、残りの二人には警戒網を敷いてもらっていたのだ。
巫術係で開発された“
“形代式神”とは、古来より陰陽師が使役していたとされる和紙製の人形だ。
術者の思考とシンクロすることで、自在に動かすことも、式神が何処にいるかも把握できる代物とのこと。
「異譚課」という組織は陰陽師を源流としているため、呪物の作成を担当している巫術係は頻繁にその研究・開発を行っているのだ。
「ふむ、試験運用するのに絶好の機会だったからのぉ」
宇嘉野さんが持参していた“形代式神”は浮遊性能と対象の追尾に特化したモデルであり、今回の事件の予防策としては適材だったわけである。
新しい被害者が今晩現れるかもわからないし、予め警戒しておいても問題ないだろう。
「念のため、メンバー五人全員も追尾しておきましょうか」
「ふむぅ、仕方ないのぉ……」
そう言いつつも式神を準備してくれる宇嘉野さん。優しい。
彼女自身が「特殊能力を持った長寿の人間」の可能性を示したわけだし、自分の推測を検証する目的もあるのだろうけど。
「儂はもう一度、木乃伊を見ることにしとくわい」
「式神に何かあったら連絡下さいね」
「うむ」
ひとまずは、このままの警戒態勢を敷いておこう。
宇嘉野さんはそのままの足取りで遺体保管室に向かい、僕と八恵さんは現地解散する運びとなった。
正直なところ、沼代さんのことだったりと気になる部分はあるままだし、誰が犯人かも、木乃伊化の詳しい真相もわからないままだが、現状できることは粗方実施できただろう。
しかし、僕たちの警戒は、意味を成さないまま終わってしまうことになる。
翌朝、新たなる木乃伊が発見された。
一緒に放置されていた鞄の中身を調べた結果、次の被害者の身元が判明した。
その木乃伊の名前は、
昨晩話を伺ったアイドルグループ「MerMaid-Mate」のメンバーであり、リーダーだった人物だ。
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