File5:偽物る(なりかわる)
偽物る/くだん村にようこそ
「くだん村」だなんて、ふざけた名前だ。
神様ならともかくとして、妖怪の存在を村のシンボルとして掲げるだなんて馬鹿げている。
そもそもの話、妖しく怪しいと書いて「妖怪」なのだ。
そんな不条理をカタチにしたようなものに、地方の小さな村の観光資源を務めさせるとは、流石に荷が重すぎるだろう。
とにかく、くだん村もとい
山梨県の地方に位置し、かつては緑豊かな自然と質の良い畜産を売りにしていたのだが、12年ほど前からその様相が大きく変化した。
いわく、飼育していた乳牛から
無害指定怪異譚“件”は、人間の顔と、子牛の身体を持った動物複合型の怪異。
物珍しく「無害」という認定を受けている理由は、その怪異譚の特異性にある。
“件”は雌の牛から生まれ、人の赤子のような泣き声で人間を招き寄せ、近日中に降りかかる災いを予言して死んでいくと言い伝えられている。
かつての人々は“件”の予言を信じ、対策を成すことで、災いを避けることに成功していた。
あくまで予言をするだけの怪異譚であり、その後のことは人間に任せているため、異譚課では無害と判断されている。
村の人間が言うには、牛若村の牛舎で産まれた“件”はこの村に近づく災難について告げたという。
なんでも、村にレジャー施設の開発を持ちかけていた団体が実は詐欺を画策していた集団で、“件”がそのことを告げたために開発の話を断ったらしい。
すると数週間後、その団体の行っていた他の悪事が世間に明かされ、構成員の逮捕に至ったそうだ。
村人にとって気味の悪かったバケモノは、村全体を救ってくれた救世主となった。
しかも、その様子をビデオカメラで記録していたらしい。
その映像記録と詐欺集団が残していった書類などを証拠とし、牛若村は「本当に“件”の産まれた村」として一躍有名になった。
その年は村の歴史において最も観光収入が高く、村がそのチャンスを逃すまいとしたのも自然な流れだろう。
村の名称をくだん村に改名、“件”をモチーフにしたマスコットキャラクター製作に始まり、キーホルダーやクリアファイルなどのグッズを大々的に生産し売り出した。
俺が気がかりなのは、それ以降も“件”が現れ続けているということだ。
文献係に残っている書類に目を通しても、“件”が特定の地域に繰り返し現れるという伝承は存在していなかった。
そもそも、現れること自体が非常に稀なのだ。
だというのに、直近5年において毎年産まれ、災いに関する予言を残しているとのこと。
何がきな臭いって、神聖な儀式だからと言って撮影を禁止しているのがどうにも怪しい。
実際に産まれた場面を目撃した観光客からは非常に肯定的な感想を聞くことができたが、本当に観光を促進させたいのであれば、毎年の“件”の様子を映像に残して宣伝に使うべきだ。
「一番最初の記録が残っているじゃないですか。専門家の方にも検査していただき、フェイクムービーではないと世間に知らしめてもいただきました」
村に設立された「くだん資料館」の支配人である初老の男性は、そう自信満々に答えた。
俺が聴きたいのそういうことではないんだけどなァ。
「それに、記録機器の持ち込みさえしなければ、くだん様の産まれる一部始終をご覧いただけますし」
ちなみにだが、その様子を見るためには二万円ほど支払ってチケットを購入しないといけない。
アイドルグループのライブかよ。
しかしまぁ、それでもチケットは毎年飛ぶように売れているらしいし、値段よりも貴重な体験をすることの方が重要だということなのか。
「……それで、次に“件”が産まれる日付は?」
「えぇ、明日です! 楽しみですよね~!」
◆◆◆
「やっぱり栄えてるね~」
「……無害指定の怪異なんか見てさ、何が楽しいのかね」
「そういう辰兄さんだって、めっちゃ「くだん焼き」食べてるじゃないの」
「そういう治歳だって、めっちゃ「くだん水飴」食べてるだろうが」
「そういう斬兄ちゃんだって、めっちゃ「くだんバームクーヘン」食べてるし」
木々に囲まれた晴天の下、地元の人間と観光客が行き来し、何処も大いに盛り上がっている。
そんな喧騒の中、顔立ちのよく似た三人が小さなケンカを始めた。
お互いがお互いを指さし、軽い非難を投げかけ合っている。
「うるせぇなァ、この三兄弟はよォ……」
実費で支払って食べてるんだから、誰が何食おうが勝手だとは思うんだがな。
新幹線に乗っている間に連絡とって聴いておくべきだったな。
今回、俺は自分の班の奴らではなく、西小路班の職員と共に行動している。
深い理由はない。今回調べることになった事件に関して、コイツらの能力と手際の良さが適材だったからだ。
もちろん、あっちの班には代わりに竹永と音切を貸し出している。
「……悪かったなァ、喋らせんの全部任せちまってよォ」
「仕方ないですよ。尾上さんはオオカミさんですもんね」
そう言って、白髪の彼女は水飴を片手に微笑んだ。
オオカミである俺は人前でそう易々と発話するわけにはいかない。
だからこそ、先ほどの聴取の際には、その仕事を彼女に任せていたのだ。
「そういえば、尾上さんって普段何食ってんすか?」
「ドッグフードとか?」
「馬鹿にしてんのかテメェらァ」
黒髪に赤いメッシュの入った男がバームクーヘンを食みながら話しかけ、前髪をオールバックにした男は饅頭を味わいながらも俺を小馬鹿にしてきた。
よくもまぁ得体の知れない村の商品を食べられるよな。
人間の貪欲さにうんざりすることは多々あるが、まさか怪異であるコイツらまで食欲に従順とは。
現在、俺を囲う三人の職員は、実際に血の繋がった三兄弟だ。
赤いメッシュの入った長男の名は
とても似通った顔立ちと、打ち合わせでもしたかのようなテンポの良い会話のラリーは、彼らが非常に仲の良いことの表れでもある。
西小路班は班長である西小路と、“ターボレディ”の駆巡ラン、そしてこの三兄弟で構成されているのだ。
「––––––お! 牛河さん見て下さい、ワンちゃんですよ!」
「あら、大きなワンちゃんですね! 観光の方ですか?」
「……えぇ、はい。この村に関して取材を行っていまして」
妹の発言に、二人の兄貴が小さく噴き出した。
よくもまぁあんな簡単に嘘をつけるものだ。
この村に興味はあるが、俺たちがやっているのは取材なんかではなく調査である。
調査が必要ということは、この村で事件があったということだ。
この村の郊外にて、訪れた観光客が毎年のように遺体として発見されている。
しかし、それだけだったら一般の職員が捜査すればいいだけの話だ。
俺たちが呼ばれたからには、それ相応の理由がある。
見つかった遺体は、必ず頭蓋骨のみがキレイさっぱり消えているのだ。
頭部に切断された痕跡など無く、仮に切断をしたとしても頭蓋骨のみを取り出すことは不可能だ。
脳や脳下垂体、眼球、神経などの臓器や血管が無傷で残っていた点も鑑みて、異譚課が出張るべき状況ではないかと判断されたわけだ。
頭蓋骨に興味を示すバケモノとなると、直接的に人間を襲う相手である可能性が高い。
間違いなく、戦闘は避けられないだろう。
場合によっては、俺も本気を出さざるを得ないかもしれない。
「……それで、あなた方はこの村の?」
「あぁ、はい。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません」
釜島妹の疑問に対し、声をかけて来た男性二人は恭しく返答した。
「私はこの村の観光協会会長を務めております、
この村の方針転換に一役買ったであろう人物は、少し肌寒そうな頭皮の、白髭を生やした男性だった。
稼いでいるのだろうか、かなり良いスーツを着込んでいる。
観光客に対してそのスーツ姿で湧いて出て来るのだから、自己顕示欲も少なくはなさそうだ。
「そして、彼は私と同じく観光協会で働く、えっと……」
「––––––
同じくスーツ姿の、二十代ぐらいの男性だった。
牛若とは仲が良いのだろうか、年齢に大きな差はありそうだが距離感がかなり近い。
それだけ仕事が出来るということか、あるいはコネを利用できる人物なのか。
しかし、俺をワンちゃん呼ばわりするような奴だ。間違いなくロクな男じゃない。
「取材をされているんでしたね。折角ですし、気になることがあればお気軽にお聞きください」
「ありがとうございます。では、“件”の話を聴かせていただけますか?」
「ふふふ、やっぱりそうなりますよね」
この村に来る取材は、そのほとんどが“件”の真偽を確かめに来ているのだろう。
牛河も若林も非常に慣れたような雰囲気だった。
「それで、くだん様について何をお聞きになりたいのですか?」
にこやかに訪ねて来る若林。
釜島妹は言葉を選ぼうとしているが、せっかく観光協会の中核と喋れたんだ、この機会を逃すわけにはいかない。
俺は釜島長男に目配せをし、彼はそれに応じてくれた。
「どうやらこの村の観光客が、毎年のように死亡しているらしくてですね。……しかも、頭蓋骨が無くなっているとか?」
その言葉に、にこやかだった二人の表情が固まった。
やはり、その事件について知らない訳ではないようだ。
「……疑ってるわけじゃないんすけど、くだん様って本当に安全なのかな~って」
追い打ちをかけるように釜島次男が口を開く。
これでは取材というより恫喝のようだが、何でも聴いてくれと言ったのは彼らの方だ。
“件”が観測できるというのも明日らしいし、今日中に調べられることは調べてしまおう。
俺たちは二人の顔に注視する。
若林は怪訝そうに上司の顔を伺い、それに応えるように牛河は口を開いた。
「……着いて来て下さい。この村とくだん様について、全てお話します」
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