呪縛ぐ/町を覆う百鬼夜行

 大頭おかしら市––––––人口が多いとも少ないとも言えず、都市部すぎるとも地方すぎるとも言えない、そんな地域。

 土地に宿っている神的存在に関しても危うい点はなく、人間側へと悪影響を及ぼしてしまうような状態でもない。

 至って平々凡々で、これといって問題のない地域。



 そんな土地が、11年前の8月下旬から、妖怪共で覆い隠された。

 とある少年を中心とした円状の渦を形成するかのように、同心円状に円周をズラして重ねるかのように、怪異で描かれた行列が町全体を覆っていた。


 専門家としての見解を言わせてもらえば、あれはまるで結界だ。

 守るべきものを中心として、半径数キロにわたる物量と呪力の壁がそびえている。


 あの渦の中心に何かがあるのは言うまでもないだろう。

 だが、だからといってそれを調べる訳にもいかない。

 怪異を知っている人間は、嫌でも怪異を認識してしまう。

 それは逆もまた然り。怪異側からも人間に干渉できる。


 生半可な怪異の集団であれば、十二分に対応できただろう。

 であれば、どうして現在においてまで、誰も手出しができなかったのか––––––。



「“火車”に“唐傘化け”、“鴉天狗”と“座敷童子”に飽き足らず、“巨頭オ”かよォ」


 とんだバケモノのバーゲンセールだぜ。

 生半可とは言えない怪異が数百も、束になって、統率をとって、何かを守るために肉壁を成している。

 これはもう生きた災害だ。

 紛れもなく、現代版の百鬼夜行と言えるだろう。


 あのは、自分が巻き込まれた怪異譚の規模を、理解しているんだろうか。




「––––––ぁぐがあああああぁ……っっっ!!?」



 と、思案したタイミングで上手く着地できたみたいだな。


 俺は今、直属の部下にあたる竹永という女に抱えられ、百鬼夜行の中心部––––––件の少年の目前へと着地した。


 どうやら落下地点にいた“足売りババア”は踏み潰してしまったらしい。




  ◆◆◆




 まさしく突然に、だった。

 僕を取り囲む彼らが自信満々に言い放った言葉、その処理を必死に脳内で行っていた最中だった。


 突如として、麦わら帽子と白いワンピースを着こんだ、長身の人型が、落ちて来た。

 その場にいた“足売りババア”を踏み潰して、いとも簡単に蹴散らして、砂埃を巻き上げながら膠着した。



「––––––ぼ、ぼぼ、ぼぼぼ、ぼぼぼぼ」

「ふいふい、落ち着けやァ。お淑やかモードはどうしたよォ」

「ぼぼぼぼぼ、ぼぼっ、ぼっ…………すいません」


 落下してきた人はみるみるうちに身長が縮んでいき、二メートルあるかないかくらいのサイズ感で収まった。

 いや、これでも人間にしちゃデカいとは思うけれど。

 長い黒髪やら、遠目でもわかる起伏の激しいスタイルを見るに、女性なんだろうか。

 そして遅ればせながら、その長身美女は大きな白い犬を抱きかかえている。



「……んん? なんにゃあ? 横槍にしちゃ強すぎるにゃぁ」

「親方様、我の後ろに下げってください」

「い、いや、まだ親方様ってほどの関係じゃ––––––」


 猫耳さんは爪をたてながら構え、坊主さんが傘を開いて僕を庇ってくる。

 実際、僕視点からだと初めましてすぎるから、そんな仲間的なムーヴされても困る。

 そんな肩寄せてこられましても。

 自然な流れで相合傘されましても。


「––––––まぁ落ち着けやァ。俺たちはケンカしに来たわけじゃぁねェ」

「ぼぼぼっ……! ぼぼっ……! ぼぼぼっ……!」


 と白い犬は言っているけど、長身美女は未だババアのことを殴り続けている。

 怖い怖い怖い怖い。ケンカする気満々やんけ。

 ババアが何か言いたそうに口を開いても、即効で美女の拳が叩き込まれる。

 ちょっと可哀そうだと思ってしまった。



「……“足売りババア”は上級指定の要駆除対象だからなァ、気にせんでくれやァ」

「にゃぁ、そしたらウチらのことも殴りに来たのかにゃ?」


 猫耳さんが警戒態勢を解くことなく、白い犬を睨みつける。

 ケンカ腰がすぎるけれど、この状況で油断をしないのは正しい選択だろう。


 一方の僕は、何が何やらわからないことばかりが積み重なってマジで頭が痛い。

 いい加減ゆっくり腰を据えて情報の整理をしたい。

 それに、一番の不安要素だった“足売りババア”がボコボコにされているせいか、少し心の余裕ができた気がする。

 だから乱入してきた一人と一匹と戦わなくてすむのなら、穏便に済ませたいのだけど。



「……いえ、我々の仕事は怪異を一方的に殴ることではありません。時と場合に応じて、より適切な対処をするのが正しい職務です」


 いや、ボコボコにしてたやんけ。

 ババアへの「適切な対処」は暴力やないかい。

 美女の足元で伸びていたババアの姿が塵になって、風に吹かれて散っていく。

 僕の命を脅かした得体の知れないバケモノは、あっという間に消え失せてしまった。


 僕を囲うバケモノの群れに臆する様子もなく、僕の目を見て口を開く。

 どこか頼り甲斐のありそうな空気感といい、“足売りババア”を一方的に下した手際といい、この人たちは本当にプロフェッショナルなのだろう。



「改めまして、我々は警視庁の秘匿部署、異譚課」

「まぁ要するによォ、警察のバケモノ駆除担当ってやつだなァ」




  ◆◆◆




 その後、僕の身に起こった全てを教えてもらった。


 白い犬は尾上さんと言い、長身美女は竹永八恵さんと言うらしい。

 彼らは警視庁異譚課……細かく言うと介入係という最前線で仕事をする担当らしく、今回もとある案件の調査・対応を行うべく大頭市に訪れたとのこと。


 その案件というのが、「町を覆う妖怪の群れ」という怪異譚。

 まるで市内を巡回するかのように、数百にも及ぶ妖怪の大軍がこの区域一体に溢れていたらしい。

 11年前に突如として発生したその事象は、市内に住む人間に危害を加えるでもなく、市外から訪れた人間を拒絶するでもなく、ただ円を描くように列を成し続けていたらしい。


 そして、その渦の中心に居たのが、僕とのこと。



「妖怪共の渦をよく見てみるとよォ、鮎川家と近所の学校と……って感じで、一日の間にも頻繁に軸がズレてんだわァ」


 僕を中心として形成されているからこそ、僕が移動すれば円はそのままの形状を以て移動する。

 ということは……みんなで僕のことをストーキングしてたってこと?


「い、いやいや、アレはしっかりとした警護でござるよ!」

「…………あるじのこと、みんな気になってたから」

「でも、結構怖かったんだよ?」


 カラス男は心外といった様子で紛糾し、クールちゃんは申し訳なさそうに目を逸らす。

 11年前となると、僕が得体の知れない視線を感じ始めた時期と合致する。


 つまりは、僕が苛まれていた“何か”の視線とは、彼らのものだったわけだ。



「この刀は、親方様……“ぬらりひょん”殿の左脚を加工して製作されたもの。忘れ形見なのだ。だカラ、かの御方を信奉する我らには、刀と後継者を守る義務がある。それこそが、真の忠義だ」


 僕に預けられた刀は、ババアの言う通り、本当に左脚だったんだな。

 妖怪の左脚を元に作られた、妖怪たちにとっての宝物。

 大切な人の身体の一部が使われた、何よりも大切な遺物。

 人間にも遺骨を骨壺に入れて眠らせる習慣があるんだし、それと同じような考えなのだろうか。


 彼らが僕を見ていた––––––もとい見守っていたのは、大切な刀を守るため。

 その刀を持っているのが僕だったから、僕の周囲で群れを成していた。


 妖怪自身で作られていた結界。

 意志を持って、統率された、長い肉壁。



「そっか、守ってくれてたんだ……」

「––––––だがそのせいで、業を煮やした“足売りババア”はお前の父親にまで手をかけちまったんだよォ」



 尾上さんのその言葉で、一気に静寂が訪れる。

 妖怪のみんなが、申し訳なさそうな表情のまま、押し黙ってしまった。


「“足売りババア”の怪異譚は、対象に質問をすることに肝があるからよォ……あのババアは、「要らない」と答えた人間の脚しか奪えねぇんだよォ」

「然り。ババアが刀を“左脚”と認識している以上、持ち主である恒吾殿に「要らない」と言わせなければ、奪うことは叶わないでござる」

「…………だから、みんなであるじを守ってたの」


 僕が抱いていた疑問……刀が大切なら、どうして僕を見守るのか。

 刀がクローゼットの奥に置いてあったのなら、家を見張っていればいい。

 どうして僕が学校や屋外でも視線を感じていたのか、それが気がかりだった。

 それは、あのババアの性質を逆手にとった作戦だったわけだ。



「だがにゃぁ……まさかパパさんの方に行くとは思わにゃかったにゃん」

「刀を奪えると思ったのか、それとも単なる腹いせだったのかわからんがなァ……」

「……すいません。ボッコボコにしちゃいました」


 二年前、何も知らないままに巻き込まれた父さんは、おそらく「要らない」と答えたのだろう。

 音声も映像も何も残ってはいなかったが、あの日の父さんにだけは見えたのかもしれない。

 何度もインターホンを鳴らしてくる、気味の悪い老婆。

 文句の一つでも言おうとして、彼女の質問を断る目的で、ドアを開けてしまった。



「申し訳ないっ!! なんとお詫びすれば良いか……!!!」


 坊主さんが勢いよく頭を地面につけた。

 それに準ずるように、みんなが僕に対して謝罪する。

 頭でっかち達まで、黒い液体を目元から流しつつ大きな頭を垂らした。



「––––––別にいいよ。今度は守ってくれたんだし」


 だが、一方の僕からすれば既に二年も経ったことだ。

 得体の知れない恐怖を感じ続けたが、だからといって父さんが生き返るわけじゃない。

 原因が解明されて、犯人が塵となって消え失せた今、妙にスッキリしてしまっている。

 自分や他人への共感性をすり減らしてしまった僕は、父の死に対しても、揺さぶられるだけの心が失せてしまっているのかもしれない。



「……バケモノ相手でも優しいんだね、君は」


 竹永さんが白いつばの奥から、黒い瞳で僕の目を覗き込んで来る。

 正直、ちょっと照れくさい。

 今のは優しさというより、僕の陰キャな部分なんだが。

 美女に目線を合わせれると、少し照れてしまう……。


「……よし、なら小僧ォ」


 竹永さんに見惚れていると、今度は尾上さんが声をかけて来た。

 鼻先を真っすぐに向けて問いかける。

 まさしく、僕の覚悟を図るかのように。






「母親を殺されたくなきゃァ、異譚課ウチに入れェ」


 それは提案というより、脅迫に近かった。

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