かませ系ライバルキャラに転生したはずが現代最高の天才陰陽師と呼ばれてる件について~ただし前世に目覚める前の記憶がない~

水沢百那

第1話 目覚めはスカイダイビングから




 ――気が付いたら、空を飛んでいた。そんな経験をしたことがあるのは、世界広しと言えども俺以外にいないだろう。

 ゴウゴウと唸る風の音と共に、一秒また一秒と眼下の森が近づいてくる。俺の身体は重力に引かれて、大地に向かってまっすぐに落ちている。


 「はあああああ!?!?!?」


 思わず驚きの叫びが口から出ていったが、それすらも風の音に消えていく。

 背中に手を回してみたが、何も無い。パラシュートを内蔵したバックパックがあれば、なんて淡い希望は一瞬で潰えた。

 黒いシャツに黒いズボン、何の変哲もない黒ずくめの格好をしている今の俺に、出来ることは限られていた。


 「装備なしでスカイダイビングとか、何考えてんだよおおおおお!?!?!?」


 控えめに言って自殺行為だ。何がどうしてこうなったのか、さっぱり分からないところも含めて恐ろしすぎる。

 おぼろげな記憶をたどってみても、ソシャゲの周回をしながら寝落ちした記憶しかない。じゃあこの状況は一体何なのか。

 確かなことはひとつだけだ。……このままだと、地面に叩きつけられる。大怪我で済むか、それとも、死ぬか。


 「どうしろって言うんだよおおおおお!!」


 『――やれやれ、叫んでばかりいないで、早よお態勢を立て直せ莫迦者ばかもの


 突然、頭の中に声が響いた。こんな時でなければうっとりと聞き惚れてしまいそうな、透き通った女の声。


 「いや、君は誰!?」


 『なんじ巫山戯ふざけておる場合か!?舞空術でも見えない足場でも、どんな術でも良いから、早よせい!!』


 「は!?何言ってるの!?」


 しかし、残念ながらとんでもない電波女だった。

 空飛ぶ術が使えればあっさりこのピンチも解決だが、あいにく俺にそんな魔法は使えないのだ。


 『汝が死ねば我も死ぬのじゃ!そういう契約じゃろう!?それとも汝、このまま自殺するつもりか!?』


 「そんなつもりは毛頭ないけど!じゃあどうすればいいのさ!?」


 『汝ならば如何様いかようにでもなるじゃろうが!?いい加減にせぃ――いや、待て、汝、まさか』


 頭の中で喚き散らしていた声が、突然ピタリと止んだ。

 自分の身体が大気を裂いて落ちていく音だけが、やけに不気味に響く。

 2秒、3秒、4秒――。


 『……汝、まさかとは思うが、何も覚えておらぬのか?』


 「ああ、何も分かってないよ。なんでそんなことを聞かれてるのかも含めて、何も」


 声の主に身体があれば、ため息をついていただろうな……と、なんとなく、そんなことを思った。

 呆れの意思が不思議と感じ取れた。


 『相分かった、では、仕方あるまい』


 声とともに、目の前がパッ!と光り輝いた。

 反射で目を閉じて、そして開くと、小さな金色の毛玉が、俺のすぐ目の前を飛んでいた。


 「我が名は『』!汝、『不破ふわ雷堂らいどう』との血の盟約の元、汝の元に侍りけり!!」


 ――ふわ、らいどう。

 それが、『俺』の名前だと気づくまで、一瞬の間があった。

 聞き覚えは、ある。なにせ、その名は寝落ちするまで遊んでいたソシャゲの――。


 「緊急事態故、汝の呪力を貰い受けるが、構わんな?」


 「よく分かんないけど、それがベストなら……やってくれ!」


 「承知」


 思考を遮る声に生返事を返した、次の瞬間。


 ぶわり、と風が巻き起こった。

 どういう訳か俺の真下側から勢いよく吹き付ける風が、ただ落ち続けるだけだった身体にブレーキを掛ける。

 2度、3度と風が巻き起こる度に、地面が近づいてくる速度が明らかに遅くなって。


 「……やれやれ、何とかなったわ」


 最後は、ふわふわと漂うような速度で。鬱蒼と茂る森の、木々の合間を縫って。

 少しばかり開けた道らしき空間に、俺はつま先からトンと着地した。


 「えーと、ありがとう……ココ、で良いの?」


 「本当に何もかも忘れておるのぉ。汝が付けた名じゃ、好きに呼ぶが良い」


 俺を助けてくれた金色の毛玉は、コロコロと足元で転がり回っていた。

 思わず拾い上げて撫でてみると、バチッ!とした感触と共に弾かれてしまった。


 「いたっ、な、何が起きたの!?」


 「……汝、これで無事にいったと思うたか。一難去ってまた一難、のようじゃぞ、しゃっきりせい」


 ココの言葉に、俺は首をかしげる。

 パラシュート無しのスカイダイビングを不思議パワーで切り抜けた今、何が問題なのだろうか。


 そう思っていたら、目の前を、女の人が吹っ飛ばされながら横切っていった。


 「……え?」


 「……これでもなお、驚き惑うのみか。記憶が無いというのは虚言ではないらしいの」


 そして、森の木々をなぎ倒しながら俺の目の前に現れたのは。

 バケモノとしか言い表せない、大きな大きな漆黒の異形だった。

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