真夏のホスピス
かやの志保
※
母の終わりの夏は暑かった。
俺は太陽と照り返すアスファルトの日差しに責められながら、買ってたばかりのアイスが溶けてしまわないかと、そればかりを心配していた。
目的地のホスピスまではほんの十分ほど。着いたら兄が待っているはずだ。俺と違い優秀な兄は、大学で見つけた美しい嫁さんとともに毎日母を見舞っていた。おかあさん、お体にさわりますよ、おかあさん、大丈夫、もうすぐ退院できますって先生が。
吐き気がする。視界がぐらりと揺れたのは暑さゆえか。
嘘だ。兄も義姉さんも嘘をついて優しく笑っている。自慢の息子に構ってもらえて嬉しいのだろう、母はありがとうね、本当にね、よくできたお嫁さんで。そればかりを繰り返す。
――もうすぐ死ぬ人間に嘘をついている。
おそらくそれを、母もわかっている。
うまくできた壊れもののような美しき世界。それが家族愛と言うのなら、おそらく俺には愛とやらが欠けているのだろう。
「お前は本当に人の心がわからないな」
兄の低い声が聞こえた気がした。
真夏のホスピス かやの志保 @kayano202412
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます