第22話 チャンバラ
その年の新学期、博之二年、兄輝夫は五年生になっていた。
学校から帰るのを待ち構えていた二人の仕事は、水汲み、薪集めのほかに弟康郎の守りが重要案件として増加していた。
博之が学校から帰ると、窓辺に向いて裁縫をしている母、その後の
窓側から奥に向かってマリを投げると勝手に転がって戻ってくる。南海地震で傾いてからそうなったのだが、これで康郎はキャッキャと喜んでしばらくは遊べた。照雄より帰りが早い博之は、そうしていつも康郎の相手をしていた。
やがて照雄が帰ってくると、いつものことですぐ外へ行こうとする。
「お兄ちゃん、頼むわね、気を付けなきゃだめよ、」
と背中へ康郎をおぶわせた。兄は決まって博之も誘う。遊び場で都合がいいからだ。
「いくぞ!」
といって三人で出かけていく。行き先はいつも下のお宮だった。
境内は子どもの遊び場としては充分な広さと、樹木と仕掛けがあった。正面は長い参道の突き当たりに三段の石段があり、そこを上がるとリッパな石の鳥居があって、その両翼にこれもリッパな石造りの狛犬が、博之の背丈ほどの台座の上に座っていた。台座によじ登れば狛犬さんはまたがるのにちょうどいい大きさで、参道から見て左は口を開け、右は口をつぐんでいる。これが‘
大杉に寄り添うように何本かの樹があり、狛犬と宮村のおばちゃんちの間にはヤブ椿の樹が花をつけていた。メジロが蜜を吸いに来る。顔を花粉で黄色く汚したメジロが、博之と出くわし驚いて飛び去ったのを一度見た。子どもたちもよくこの樹に登って花をちぎっては蜜を吸ったりもした。
玉砂利を敷き詰めた本殿の前の広場は、缶けりやかくれんぼや鬼ごっこをするのにちょうどいい広さで、天気さえよければいつでも子どもの声がしていた。
康郎をおぶった照雄と付いてきた博之は、ここまで来ると康郎を下ろして、本殿の
そこへエッポと2~3人の仲間がやってきた。みんな同じ学校の仲間で学年はまちまち、1年生から、たまには中学生まで一緒に混ざって遊ぶのはいつもの事であった。
エッポは東の土佐山道の上り口にある集落に住む四年生で、夏場にはお宮の横を流れる谷川に水遊びに来る。他の子もみんな同じ学校だし、どこかの遊び場で出会っている顔ぶれで。一緒になって遊ぶことに何の違和感もなかった。
遊びの仕掛けのひとつにターザン遊びがあった。(ターザンは当時はやりのアメリカ映画で、アフリカのジャングルで蔓につかまり、木から木へすいすいと飛び移って行く、憧れの英雄だった。)
境内のすぐ横を流れる川は、この辺りは段差の淵や岩も無く川巾は5メートルほど、深さも20センチも無いせせらぎで、跳び石伝いに濡れずに行き来できた。その川に境内から桜の樹が、おおいかぶさるように張り出していた。その木によじ登って、山から取ってきた藤蔓を川幅の真ん中にぶら下げてあるのだ。
これはしばらく前にダシちゃんと、テカの仲間2~3人と博之も混ざってやったことだったが、結構上手くできていて面白いように川を跳び越せた。桜の根方に絡めてあった蔓をはずして手前の小道から、思い切って飛び出していくと悠々川を越えて向こう岸に渡れるのだ。みんなは代わる代わる飛び移り、向こうからも戻った。背の大きい者も小さい者も、まったく問題なく使えるようになっていたのだが一人だけ渡れない者がいた。エッポだ!
エッポは不器用で、前にもこのすぐ下の水浴び場でおぼれそうになったことがあった。ちゃんと立てば胸ぐらいしか深さの無いところでだ。あまり水を怖がるので誰かがそこへ突き落とした。そうしたら足は底についているはずなのに大暴れで水を叩いて騒いだのだ。博之が傍から腕を押さえてやったらようやくわれに返って、さすがに自分でもばつが悪そうにふてくされていたのだった。
そのエッポが、始めのうちはなんとなく順番をゆずって見ていたが、下級生の博之や他の子もすいすいやるので、どれ、と蔓を手にして身構えた。普通飛び出す前に手前に胸をそらせて、一握り二握り上を持って飛び出していくのだが、エッポはおっかなびっくりで充分タメをいれずに出て行ったものだから、いま少しのところで向こう岸に届かず、飛び降りてしまえば何のことも無かったのだが、体を硬くしていてそれも出来ず、戻りに掛ってしまった。
そうなるともうどうにもならない。振り子は自分で振らない限り次第にその振幅を狭め、やがて止まってしまうものだ。習わなくともみんなそれは分かっていた。しがみついていたエッポは流れの真ん中で止まった。水面から約二メートル、エッポはますます固まってしまった。
縮こまったエッポは、困ったような顔はしていない。実はこれは彼の顔立ちのせいで、本当は困っていた。顔はどこかのんびりして面白そうな感じなので、みんなもそれほど困っているとは思えない。だからわいわいと好きなことを言って励ましたりからかったりしていた。
浅いとは言っても20センチの水に尻から浸かると結構濡れるものだ。みんなが大笑いする前でエッポは面白い顔をしてくやしがっていた。土佐といえど四月、まだ谷の水は冷たかろう。近くに座らせていた康郎はこんな姿をじーと眺めていたが、突然「キャハ」と声を出して笑った。みんなその声でどっと笑った。泣きそうになっていたのはエッポだった。
まだ乳離れもしない幼子を年端も行かぬ男の子に半日も預ける親も、さぞかしせつない思いであったことよ、と、遠く振り返ればそんな思いもするが、当時はそれどころではなかった。
母は生活のために夜の眼も惜しんで仕事をし、充分に子どもにかまっていられないのが現実、背中に負ぶわせて出すたびに無事に戻ることを念じていたに違いない。
博之も照雄も、さほど深刻にそのことを考えてはいなかった。
そんなある日、いつものようにお宮まで出て行った三人はそこで五つ又の連中を久々に見た。デコやゲンたちの5~6年生が主なメンバーで、いつもの顔ぶれと合わせて十人以上の集団になっていた。
「おーテカ!待ちよったとこよ、チャンバラやるが」
同級生のシンが声をかけた。
「ほーかえ、ええわエ、ほいたら五つ又と対決しちゃらあや、ねや!」
と、エッポたちとうなずき合いおのずと組み分けは出来て、お宮組は博之を含めて六人、五つ又組六人との決戦となった。
この時康郎は博之の背中におぶさっていたが、チャンバラは行動半径が広くなるので下ろして置く訳にはゆかない。大きい連中が川っぷちへ行って、手ごろな太さの梶の木を頭数だけ取ってきた。この木は枝も無くきれいに皮がむけて、叩き合っても折れない、チャンバラには最適の木だった。5~60センチ程に切りそろえ、持つところの皮を残して先に丸みをつけて出来上がると、めいめい腰のベルトにそれを差した。
「ヒロ坊は子どもをおぶっちゅうき、イタワリのアサ太郎やねや」
と誰かが言った。
「ほいたら俺は国定忠治や!」
照雄が見得を切って笑わせた。当時、青年団の村芝居には国定忠治は必ず登場したものだった。一方ではチャンバラ映画の鞍馬天狗が大人気のヒーローで、みんなその役に成りたがったが、めいめい適当に思いつく侍や、剣客に成りきっていた。
ルールは簡単だ。刀と刀を合わせるときはいくら強く打っても良いが、体を切るときは痛くしてはならない。これを破ると皆から責められ、仲間に入れてくれなくなる。切られたら「ヤラレター!」と宣言して、戦列を離れて見学しなければならない。どちらかの全員がヤラレタら、みんな生き返って振出に戻りまた戦いを挑むのだ。
はじめはお宮の境内で二手に分かれて互いの様子を伺い、誰が誰に向かうかなど作戦を練って、木の影岩の裏に身を潜めながら近付いて行く。そして出会うと、刀の振り回せる場所に出て、バシンバシンと剣をぶつけ合った。そうこうするうちに、はじめは暗黙のうちに決められていた[境内のみ]というエリアが次第にエスカレートして広がっていった。これはいつものことで別にルール違反ではない。時には野を駆け谷を渡り畑や田を踏みしだいて、一キロ四方は優に駆けずり回ったものだった。
このときも、剣豪たちは暴れ周り戦線は次第に西に動いた。お宮の西は谷を渡り、土佐山道に出る。山に向かえばすぐに博之の家や防空壕のある小道の十字路になっている。そこを左に下れば、平川さんちのあたり鍛冶屋の多い集落で、その先に五つ又がある。
形勢不利なグループが逃げ、それを追う形になるのが常で、このときは五つ又組がホームグラウンドに向かって逃げていたことになる。お宮組はそれを追った。その中に
お宮から約300メートル西の高台に村一番の大きな鍛冶屋があった。逃げる集団は土佐山道からヤブを抜け、道なき道を通って鍛冶屋の庭に出た。高台に石塀を回した城の様なつくりの庭で、戦時中その石塀が目立つというので、墨で全体に竜の絵を描かせたという。下から見ると黒くまだらに見えるが、竜に見えた事は博之には無い。そこまで必死になって、ようやく追いついた博之は、そこに仲間とたむろしていた照雄を見た。
「お兄ちゃん、もう負ぶうの交代してや!」
とすがりついた。
その時、気がたっていた照雄にいきなり顔を殴られ、博之は前のめりに倒れた。
後にも先にも、人に殴られて鼻血を出したのはこの時だけの事と成る。
ハズミというものは恐いもので、しばしば行動した本人の予測を超えて、思いがけない結果を招くことがあるものだ。この時、照雄は決して博之が憎くてやっつけてやろうなどと考えていた訳ではなかった。ただ、チャンバラの激戦で互角に打ち合った直後で、つい拳骨に力が入っていた。それが運悪くまともにヒロ坊の鼻に当たったのだ。が、起こった事態は取り返しが付かない。この時、悪い!と思ったが、弟に詫びるのも業腹で、仲間の手前それも出来ず、幸い康郎に害はなさそうなのだけ見届けると、遊びの続きに入って五つ又の連中の後を追っていった。
このあと、博之は泣き泣き康郎を負ぶい直すと、誰も居ない山道をとぼとぼと帰った。春もたけなわの山道は、遠目に見える山桜も、淡いうす紅色の若葉が目立つようになって、そこここに地味な色の山つつじも盛りを迎えていた。
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