第10話 客人

 その正月、まだ松の取れない穏やかな日差しの午後のことでした。お宮の横の空き地に二台の自家用車が入ってきました。


 めったに乗用車など眼にすることの無いその頃のことです。村の人たちは驚いて,何事じゃろう、誰のところへ来たがやろう、と首をかしげて噂をし合っていました。降りてきた人たちはみんな立派な身なりをした紳士ばかり五、六人で、一番近い宮村のおばちゃんに声をかけて道を尋ねました。なんと、ヒロ坊のうちへ来たお客さんだったのです。

 ちょうどお宮の境内で遊んでいたヒロ坊を呼んで、おばちゃんは、

「ヒロ坊!お母ちゃんはおるかね,このお客さんを連れてってヤ」

と、道案内を託しました。


 お宮の脇から、細い農道を一列になって、六人のお客さんはヒロ坊について歩きました。周りは一軒も家が無くなるので、お客さんは

「ボク!どのあたり?」

と尋ねました。ヒロ坊は左手で上を指差しました。

「あそこ」

 土佐山に続く山並みの裾は、まだ冬枯れのままにぼやけた灰色で、谷川の奥は早や日陰が多くを占め、やがて来る闇の予感を悟らせようとしていました。見上げる客人たちは、西陽に少し光って見える桧皮葺ひわだぶきの屋根に、

「おお、あれか!」

と口々に、ある種の感動の声を上げていました。

 あぜ道を左に折れて小橋を渡ると、すぐ登りに掛ります。ヒロ坊はここまで来ると、無言で、一目散に段々を駆け上って、お母さんに事の重大さを告げに走りました。

「お母ちゃん!自動車で誰か、大勢来たヨッ!」

と注進です。するとお母さんは、

「アア、お見えになったのネ」

と事も無げに、にこやかに言いました。


 やがて登ってきたお客さんたちは、下の谷やお宮を眺めて息を整え、どやどやと入ってきました。

「よく、おいでくださいました.こんな山家で、おもてなしも充分には出来ませんが、どうぞゆっくりしていってください。」

と、お母さんは他所よそきのあいさつをしました。


「イヤー、お招きありがたいことでした。ですね、院長」

と、一人が別の人に声を掛け、院長と呼ばれた人は、穏やかに、

「いや、なかなか良いところではないですか」

と、上機嫌で火のそばに座りました。

 お客さんは、亡くなったお父さんの俳句仲間の方々だと後で教えられたのですが、この頃お母さんも、一生懸命俳句を作って勉強していたのでした。

 今日はこの山家の囲炉裏を囲んで句会をすることになっていたのです。


 ところがひとつ、誰も予想も付かない事があったのです。お客さんの中で一番年配の方が言い出しました。

「どうも、気になって仕方が無いで聞きますがのう、文江さん言いますか?ひょっとしておまさんらあの空襲の明けの日、三本杉に居らざったかね?」


と、あまりにも唐突な話でした。お母さんは一瞬息を飲む思いで

「はい。あの、では、もしかして、あの時この子を診てくださった・・・・」

と言ったきり、後の声はもう声にはなりませんでした。

(あの時の、あのお医者さん・・・・)

お母さんは、声を呑んだ口を押さえて、なにも言えません。


「おお!やはりそうでしたか。いやこれは・・・・いやはや、院長さん、事実は小説よりも奇なり、とはよう言ったもンじゃネェ」

と、感極まる口ぶりで隣の院長に話しかけたのでした。

 あの時、ヒロ坊に梅酒の実を食べさせた、あのお医者さんだったのです。

 それから、ひとしきり皆で空襲の話をして無事をよろこびあいました。ヒロ坊が梅酒の実で立ち直ったのは名医のおかげだと、大いに座を盛り上げていました。


 囲炉裏を囲んでの句会は、持参のお酒も入ってなごやかに夜まで続き、ヒロ坊とお兄ちゃんも仲間に入れてくれて、天狗俳句と言うのをやりました。三組に分かれて、上の句の組、中の句の組、下の句の組となって、小さい紙に五文字と七文字の言葉をそれぞれに書きます。その紙切れをかき混ぜてから、一枚ずつ取り出して五七五を読み手が読み上げるのです。


 ヒロ坊はなんだか分からないながらも、そんな空気をとても楽しんでいました。


 

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