人生薔薇色って、何色ですか?

青樹空良

人生薔薇色って、何色ですか?

「はぁ、今日も水野みずの君かっこいいなぁ」

「そう?」


 私が高校に入って同じクラスになった水野君を見てため息をついていると、隣にいた友だちの千明が首をひねった。千明ちあきは中学の頃からの友だちだ。


あずさって、趣味が変わってるよね」

「えー、かっこいいでしょ、水野君」

「えー。だって、つけてる眼鏡、ちょっとデザインがアレというか……、地味というか……」

「落ち着いてていいよね」

「いつも一人で席にいて本読んでるし」

「知的で素敵だよね。ああ、水野君と付き合えたりしちゃったら、人生薔薇色なのになぁ」

「言い方古くない?」


 千明がツッコミながら笑う。


「ええー、そうかなぁ」


 なんて、私が答えていると、


「人生薔薇色。その言葉はよく聞きますが、山本やまもとさんにとって薔薇色とは何色ですか?」

「ひゃあ!」


 思わず悲鳴を上げずにはいられなかった。

 いつの間にか、水野君がすぐ隣にいてなぜか会話に加わっていた。山本さんというのは私のことだ。水野君、ちゃんと私の名字覚えててくれたんだ。嬉しい。

 それにしても、


「え、ええと、どどど、どこから聞いて……いた?」


 慌てすぎて、どこかの悪役みたいなセリフを吐いてしまった。

 だって、私、水野君と付き合えたら~とか言ってた。


「人生薔薇色、というところからです」

「そ、そうですか」


 よかった。どうやら『水野君と付き合えたら』というのは聞こえていなかったようだ。もし聞こえていたら、こんな風に話しかけてくることはないに違いない。


「すみません。急に話しかけて」

「あ、ハイ」


 突然のことに、頭がついていかない。

 千明はというと、ニヤニヤ笑って私を見ている。


「水野君、突然どうしたの? 急に梓が気になったとか」

「ちょ、ちょっと、千明!」


 それどころか、とんでもない話を振り始める。

 が、当の水野君は平然と話し始めた。


「山本さんというか、薔薇の話をしていたのが気になりまして。薔薇色の人生というのは一体何色なんでしょうね?」

「「は?」」


 私と千明は同時に声を上げてしまう。


「か、考えたこと、なかったです……」


 思わず、水野君に合わせて丁寧語になってしまう。


「そもそも、薔薇色の人生という言葉はフランスでヒットした歌が元になっていますが、山本さんは薔薇色とは何色だと思いますか?」


 さっき最初に話しかけられたときも同じ質問をされた気がするが、まだ答えていなかった。しかも、さっきは単純に薔薇の色のことだったと思ったけど、今度は人生薔薇色の薔薇のことについて聞かれている。これは、難しい。


「え、ええと。赤?」


 なんとなく、薔薇のイメージを慌てて答える。というか、それくらいしか知らない。


「ですよね。その歌では赤というか、ロゼワインのようなピンク色をイメージしているそうです」


 うんうん、と水野君が頷く。

 私はなんとなくほっとした。ちょっと違うみたいだけど、大体正解だったみたいだ。

 そもそも薔薇色の人生の薔薇が何色なのかとか、考えたことがなかった。


「ですがっ!」

「うわぁ」


 水野君にずいっと近寄られて私は思わず後ずさってしまう。いきなりどアップとか、心の準備が出来てない。

 というか、普段遠くからしか見てないけど、近くで見ると水野君、かっこいい。ヤバい。眼鏡の奥の目も優しげで素敵だ。ただ、近すぎて直視できない。顔、赤くなってないだろうか。

 が、水野君はそんな私の動揺には全く気付いていないみたいに続ける。


「僕は色々な色があっていいんじゃないかと思います。季節になるといるといつもバラ園に見に行っているのですが、それはもう色々な色があるんです。ピンクはもちろん、ベルベットのような深い赤や、ふわっとした黄色。それに紫や、昔は不可能と言われていた青い色まで。それに、同じ花の中で色が分かれているものもあるんですよ。品種名も様々でしてね。エリザベス女王の戴冠式を記念して付けられたクイーンエリザベスなんか有名ですし、あの有名なフランス革命を描いた漫画の名前の薔薇もあるんです。見ていて面白いですよね」

「へー」


 緊張しつつも私は水野君の言葉に聞き入ってしまう。やっぱり、水野君はすごい。


「じゃあ、薔薇色の人生って一色じゃないんだ……」

「そうなんです。人生の深みなんかは僕にはまだわかりませんが、薔薇の色が様々なのは見ていて飽きません。いいですよね、薔薇。好きなんです」

「は、はい。いいですね、薔薇」


 私はこくこくと頷く。

 薔薇がいいか悪いかはわからないのだが、流れるような水野君の言葉には同意してしまうしかない。


「って、すみません。いきなり話しかけて長々と話してしまって。休み時間、無駄にしてしまいましたよね。薔薇の話が聞こえたので思わず」


 と、急に恥ずかしそうに水野君が俯いた。どうやら我に返ったらしい。


「いえいえ! そんなことはありません! いいお話でしたっ」


 私はぶんぶんと首を左右に振りながら答える。


「それなら、よかったです。じゃあ」


 照れたように笑って、水野君は去って行った。

 その姿を私は目を離さずに見送ってしまう。

 水野君が教室を出て行ってから、私はようやく息を吐いた。

 横を見ると、なんだか魂が抜けたような顔をしている千明がいた。そして、ぎぎぎと音がしそうな感じでクビを動かして、私の方を向いた。


「すごかったね……」

「うん、本当に」


 私は千明に答える。

 すごかった。本当にすごかった。


「あんなに水野君と話せるなんてっ!」

「え、呆れたんじゃなくて?」

「なんで? 私が考えもしないこと言っててすごかったよ。話し方も、他の男子とは違って落ち着いてていいよね。最高。私の名前も呼んでくれたし。ああ、もう人生薔薇色だよー!」

「うん、梓がいいならいいけどね……」


 なぜか千明は遠い目をしている。

 だけど、私の心の中は薔薇色に染まっていたのだった。きっと、それは一色じゃなくて、さっき水野君が言っていたとおり、色とりどりの色で。


「でもなんか、水野君。去ってくとき耳、めちゃくちゃ赤くなかった? なんていうか薔薇色っていうか。もしかして、水野君も梓のこと……」


 呟く千明の声も耳に入らないくらいに。

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