27歳を過ぎたら死ぬしかない
楽天アイヒマン
ミュージシャン
時代は変わった。生産環境が完全に機械化され、暇を持て余した人類は創作活動に精を出すようになった。過去の時代のようにあくせくと働くこともない。朝起きると絵を描き、昼食後に映画を作り、夜眠る前に一曲歌を作る。そのような生活を可能にしたのが、こめかみに埋め込まれたマイクロチップだ。マイクロチップはスマートフォンと同期しており、脳が感じたこと、考えたことを正確に映像化・適正化してスマートフォンの画面に表示してくれる。世間に公表したいと思うだけで、面倒な編集、動画サイトへのアップロードまで全てAIが管理してくれる。ちょっとした想像が完璧な形となって映画や音楽、小説になるのだ。これほど面白いことはない。すぐにみんな夢中になった。
赤ん坊には生まれた時すぐにマイクロチップが埋め込まれた。運悪く、時代の波に乗り遅れた奴らも、無料の外科手術でチップを埋め込んだ。子供の頃から思いついたことがすぐに音楽や映像になるという体験をすることで、創作能力は著しく発達し、世界に芸術が溢れた。
どれだけお金を稼ぐかではなく、どれだけ素晴らしいモノを作れるかで評価される世界になった。
時代は変わった。どこもかしこも同じような芸術ごっこで溢れて、嫌になっちまう。歩いている奴らのスマートフォンからはその場で思いついたであろう詩や音楽が垂れ流されている。音楽…音楽!!くそ、全くクソッタレだ。マイクロチップが反応しない特異体質のせいで、俺はこうやって道端でテレキャスターを弾いているってわけだ。全く面白くない。完璧な音楽に馴れた奴らには、俺が魂を削って作った歌はあまりに幼稚らしい。見向きもしないで歩いていく奴らのスマホから流れる音楽は確かに美しい。嫌になる程だ。だがそこには魂がない。劣等感がない。
溢れ出した負の感情をありのままにギターにぶつける。その旋律に合わせて歌を歌う。しかし誰も見向きすらしない。どいつもこいつも俺を見ない。その劣等感がギターを弾く手を加速させる。
この生活が辞められたらどんなに楽か、時々考える。ギターを捨てて、誰もいない、静かな世界で過ごす姿を。でもダメだった。俺は音楽に呪われている。
二十歳の頃に書いた曲では、俺は27歳を過ぎたら死んでいたはずだった。明日になったら俺は27歳になり、今日はあと7分で終わる。もうあと一曲しか歌えない。
震える指で弦を押さえ、酒で焼けたのどで言葉を吐く。子供の頃の恵まれない環境、大人になってからの違和感、クソな世界への反抗、一心不乱で叫び終わり、ゆっくりと目線を上げるとそこには誰もいなかった。
一瞬目の前が曲線で区切られ、吐き気と共に元の世界へと戻った。
昨日の夕飯が混じった唾を道端に吐き捨てると、手に持ったテレキャスターを強く、強く、頭に振り下ろした。
『やあ、お目覚めですか?』
白髪の医者が、俺に尋ねる。清潔なシーツを思わせる見た目だった。
『貴方は、頭部の外傷性ショックにより、3日程気絶していたのです。』
そうか、死ぬつもりでギターを振り下ろしたのに、それすら叶わなかったか。子供の頃からチップが反応しないせいで友達ができず、ひたすらギターに向き合ってきた。カートコベインに憧れ、27歳で伝説を残して死ぬことを夢見ていた。結果は気絶したまま27歳になっていた。なんてくだらない人生だったんだ。
そう思った瞬間、俺のスマホから聞きなれない音楽が鳴り響いた。まるで今の俺の気持ちを代弁するようなギターリフだった。俺の古ぼけたテレキャスターからは到底出せない音だった。
訝しむ俺に向かって、医者は淡々と告げた。
『あなた、子供の頃にマイクロチップを入れていたでしょう。ほら、思いついたことが音楽だったり、映画になったりするやつ…そうそう、あれです。カルテだとチップが反応しない特異体質だと思われていたみたいでしたが、どうやらチップの初期不良だったらしくてですね、ギターで叩いた時にうまく配線が繋がったみたいですね。全く珍しいこともあるものです。』
そう言うと医者は背を向け、書類を作り始めた。
その日から俺の人生は一変した。作った曲がバカみたいに売れ始めたのだ。きっかけは俺を看病してくれた医者が、知り合いのラジオディレクターに俺の話をしたことがきっかけだった。そのディレクターはエピソードトークがてら俺の曲を流したらしい。曲名は確か『スカイスイマー』だったはずだ。消えない劣等感を歌った曲だ。インディーズながらオリコン上位に食い込むほどのヒットを記録した。
なんせ27年間あっためた劣等感をAIが綺麗に整えた曲だ。信じられないほどの印税が手に入った。
最初はそりゃ楽しかった。今まで俺のことが見えてすらいなかった連中が、揃って頭を下げてくる。そいつらをメチャクチャに貶した曲がまたヒットして使いきれないほどの金が手に入る。その繰り返しだった。
だがだんだんと良くないことが起こり始めた。俺の曲があまりに流行り過ぎたらしい。俺が作る音楽がトレンドになってしまった。今まで象牙の塔に引きこもっていたボンボンの連中が、死人のような顔をして閉塞感やら退廃的な曲を歌ってやがる。ましてやその曲が、俺の作ったものより数段センスがいいときたもんだ。そのムーブメントを、音楽なんて聞いたことがないような学者がもったいぶった言い方で解説している。この現状を嘆いた曲を作ったって、てんで売れやしない。今や売れる音楽は、売れ線の音楽を皮肉った曲だけだ。どうやら俺の曲は時代を変えるどころか、終わらせてしまったらしい。
全く、反吐がでる。クソッタレだ。いまや街の片隅では、誰も彼も同じような顔をして、似たような退廃的な音楽を垂れ流してやがる。全く、ふざけた奴らだ。やる気を出せ。自分が生きているってことを証明しろよ!!次はどんな音楽に飛びつくんだ?カントリーロック?グランジ?パンク?それら自体に意味はないってことにどうして気がつかないんだ。所詮君たちは世界を覆う大きな波の一部なんだ。その中で嘆いていたってどうしようもないんだよ。
まあ答えはわかっているんだ。俺も、君たちも、祈るように毎日を生きている人達にとっては何の救いにもならないってことだ。この後ライブがある。そこで全てを証明してやるさ。
ギターを持ち、ステージに立つ。腐っても一世を風靡したミュージシャンだ。客席は満員だった。揃いも揃ってスマートフォンを掲げていやがる。
演奏が始まるが、観客の反応はイマイチだった。何せAIが整えた完璧な音楽を聴いている奴らだ。俺のギターなんて赤ん坊が遊びで適当に弾いているようにしか感じられないだろう。
落胆は沈黙となり、やがてざわめきに変わった。観客席からはブーイング代わりの曲まで流れ始めた。
思えばこの数ヶ月間悪くなかった。うまい料理に美味い酒、美人な彼女もできた。だが俺はミュージシャンなんだ。今更当たり前の幸せなんか望んじゃいない。
幸せは俺にとって不幸だった。数曲歌い終えると、俺は懐からナイフを取り出し、迷わず自身の首元へと突き立てた。
観客席からは悲鳴は聞こえてこなかった。その代わり様々な音楽が流れている。それらは今俺が演奏した曲たちよりも数段素晴らしいものだった。これでいい。元々幸せな最後は望んでいなかった。最後を看取ってくれただけ御の字だ。
ゆっくりと血が流れていく。誰かそばにいてくれ。いや、俺は何を考えている。いまさら優しさなんて必要ないだろう。クソが。揺れる蝋燭に笑い声が俺の原点だった。おかあさん…思春期なんて全部クソだ、所詮芸術家めいた奴らの戯言にすぎない。殺せないなら俺が殺してやるよ。
命ってこんなに温かいものだったのか。今まで知らなかった。死ぬほど願っても叶わなかった願いが、こんな形で叶うとはな。どうやら意識も随分とほぐれてきたようだ。
次の俺へ。報われるはずがないなら、せめて自分の中で留めておけ。芸術かどうかなんて所詮主観に過ぎないってことだ。Objectiveなんてものはまやかしだ。世界を変えるのは subjectiveだ。
どうか、どうか、俺のいうことを聞かないでくれ。全部全部くだらねえ。無論俺だってそうだ。痩せっぽっちのクソ野郎だ。
それでも、君が俺の生き方に少しの希望を見出すならば。俺は向こうで待ってるよ。
優しさじゃあない。何て言うんだろう。そうだ。いい言葉を思いついた。
痺れだ。全てを置き去りにできるスパークだ。それだけのために僕らは今日を生きて、明日を遠回しに出来るんだ。
母さん。今度は俺だけのために笑ってくれよ。
思うに、芸術家たるには、母親へのコンプレックスが必要不可欠らしいな、
何だかとても暖かくて、まるで羊水の中にいるみたいだ。
始まりはいつだって唐突だった。唐突に首筋にナイフを突き刺した彼を、聴衆は黙って見ていた。いや、黙ってというのは語弊があるか。聴衆のスマホはbpmもメロディも違うそれぞれの鎮魂歌を、彼のために奏で始めたのだ。フラッシュライトが群れて花束のようになり、一面の天国模様だった。彼の死を悼むものはおらず、皆一様にそれぞれの芸術を垂れ流した。それが、あまりに悍ましくて、美しくて、見ていられなくなったから、僕は会場の外へと歩き出した。遠くにサイレンの光が見える。きっと新しい芸術が今夜生まれたのだろう。どこからか美しい旋律が聞こえてきた気がするが、今の僕にとってはあまりにどうでも良かった。
どうしようもなく、ギターが弾きたかったが、今は急いで家に帰ろう。門限の時間はとうに過ぎている。帰宅途中で、近所の川に差し掛かった。僕はポケットからスマートフォンを取り出すと、暗い川に向かって放り投げた。微かな音を立てて、スマートフォンは波紋の向こうに消えた。僕は水面に浮かんだ波紋をじっと見つめた。
27歳を過ぎたら死ぬしかない 楽天アイヒマン @rakuten-Eichmann
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