第18話 名発明
ポモドーロタイマ―は改めて、ものすごい発明だと思う。
いや、発明と言うんだろうか。アイディア賞と言うんだろうか。
作業時間も休憩時間も、テンプレートの時点で実に絶妙に設定されている。
少なくとも、試験前の俺といちかにとっては、思いつきだったとはいえ間違いなく最良の選択だったのは間違いない。
「ちゅっ、ちゅっ……しょーちゃん、もっと激しく……」
「おお……」
試験前、最後の休日直前の金曜日。
俺といちかは今日も一緒に試験対策の勉強しつつ、休憩時間にはキスを交わしている。
初回のような気まずさはもう無い。
もちろん、完全に消えたといえば当然嘘にはなる。なぜならそれは、ああなる以前から常に俺の中にあったものなのだから。
けれど、いつも通りに過ごせる程度には、俺も、そしていちかも、面の皮が厚かった。
まぁ、考えたって仕方ないと、何度も答えを出してきたからこそ、最初から諦めがついているというのはあるけれど。
「ん、はぁ……気持ち、いいよぉ……」
「俺も、気持ちいい……」
やっぱり、いちかとのキスはそれ以上が浮かばないくらいに気持ち良く、心地良い。
勉強は正直単調で、飽きも来るしストレスも溜まる。
けれど、25分頑張ればいちかとキスできる。最高のご褒美だ。
「あたし、やっぱりしょーちゃんとのキス、好きぃ」
唇を離し、そのままぎゅっと俺の胸に顔を押しつけてくるいちか。
あの日から、ほんの少し、俺は変わった。
いちかがキスという行為に対して好きとよく言うのは前からだけれど……その好きという言葉が、やけに俺の耳に残るようになったのだ。
意識していると言えば、そうなんだろう。けれど、気になるのは一瞬だけだ。
例えるなら、呼吸のやり方を考えると息苦しく感じるような、舌の置き場を意識すると普段どうしていたか分からなくなるみたいな。
なので、気になるのもきっと今だけだと、あまり気にしないようにしている。月曜から始まる怒濤の期末テスト4days。その荒波にモミモミされ切った後にはきっとそんな雑念も灰も残らないだろう。早く来い来い夏休み。
「そーだ。ねっ、しょーちゃん」
「ん」
「明日、なんか考えてる?」
俺を座椅子代わりに体重を預けながら、いちかがそう聞いてきた。
土曜日、そして日曜日は学校も、そして親の仕事も休み。
学校がない分簡単に時間を作れると思いきや、親の目を盗む必要があるので、案外気を遣うのだ。
お互い家族認定されているから、家の行き来はしやすいけれど……。
「まあ、基本はそれぞれでやった方がいいかもな」
すぐ「キスしたい」とせがんでくるいちかではあるが、やはり親バレすればキスも永久禁止となる危険性を理解しているため、基本的には慎重だ。基本的には。
「実はさぁ……うちの親、明日ほぼ一日お出かけなんだよねぇ」
「マジ?」
「マジマジ。今日から始まった新作映画見に行って、そのまま夜までデートしてくるんだって。あたしは夫婦水入らずを尊重できるできた娘ですし、お留守番を買って出たわけですが?」
「仮についていくって言っても、試験勉強しろって言われるだろうけどな」
「間違いないっ」
ぱちん、と指を弾きウインクするいちか。役者だねぇ。
「そーいうわけで明日は一日キスし放題!」
「勉強だろ」
「勉強し放題は嬉しくないじゃん。響き的に。嬉しいこと追及していこうぜぃ! ……と、ゆーわけで、あたしなりにイベントを用意してみました!」
「イベント?」
「題して、いちかちゃんプレゼンツ! テスト前にスリルある一日を楽しんじゃおうぜ! スーパーいちゃキス選手権!!」
「…………」
なんだろうな、全てのワードから不穏さが漂ってくるのは。
「俺、明日は用事が――」
「ないよね?」
「いや――」
「あってもキャンセルしろ」
わあ、すっげぇ圧。
「てなわけで、明日は朝十時に我が家集合! 一応勉強道具持って、ラフで涼しい服装厳守!」
「ラフで涼しい……?」
「あ、それと例のサポーターの着用禁止ね」
「……へ?」
「ていうかそもそも普段からつけなくても大丈夫だよ。なんか締め付けるのも健康に悪そうだし。それに、しょーちゃんが硬くしてんの分かっても、あたしなんとも……なんともではないか。でも、苦しそうだからアバダケダブラ~とかなんないし」
いっそのこと息の根止めてやろう的な?(死の呪文)
いや、そうは言っても、単純に恥ずかしいんだけど……。
「って、スリルがどうって言ってたのはそれかよ」
「まあねんっ♪」
ぐっと得意げに親指を立てるいちか。
……もしかしたらこいつなりの気遣いなのかもしれない。確かに彼女の言うとおり、サポーターの下で無理矢理押さえつけられたやや子の悲鳴を聞くのは気持ちの良いものじゃないし。普通に痛いし。
「でもなぁ……」
「まあまあ、お試しだと思ってさ。それに、主目的は勉強……でしょ?」
いちかは挑発するように笑う。
俺が散々勉強優先だと言ってきた、その意趣返しのつもりとかだろうか。
テスト前、そして決して油断できない学力な俺たちの状況を思えば間違ったことを言ってきたつもりはないが、それでいちかにストレスを与えてしまっていたのなら、申し訳ない。
こいつは自由奔放なヤツだし、たまに俺でも想像できない思考回路になることはあるけれど、基本的には一線を越えるようなことはしてこない。
だったら……幼馴染みとして、ちゃんと付き合ってやるべきか。
「分かったよ」
「へへっ、やった!」
俺が頷くといちかは嬉しそうに、歯を見せて笑った。
小さい頃から、こいつの笑顔は変わらない。
無邪気に喜んでいる姿を見せられると……いや、見られると思った時点で、俺はもう大体負けているのである。
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