第31話 現れ出でよ
誰かが一人倒れるなら、きっとそれはおれになるだろう、という嫌な予感はあった。おれは前に出る以上、姫の守りを受けられない。戦えるが、言い換えれば戦わねばならない。おれとそっくり同じ姿、同じ力を持つ
結局のところ、魔法に手を出すことが一番の目的である以上、おれの役割は主に時間稼ぎだった。避けて、耐えて、炎が流れて後ろの奴らに当たることを防ぐのが第一だ。
だが、それでも前に出て、イヴーリオのところに届きたかった。スウリがどれだけ上手くやれるかはわからない。イヴーリオの奴がどうにか白旗を上げてくれるか、そうでなくとも守りが弱くなれば。あわよくば、奴が持っているのだろう魔法の核とやらを奪えれば。
鋼のぶつかり合う音がする。おれはおれの
おまけにあいつ、名前からすると倒しても倒しても蘇ってくる奴だ。どこで聞いたかと思い出すと、当のイヴーリオから習った知識だ。腹が立つ。
「その剣、疾風の如く唸り」
「その剣、雷鳴が如く猛る」
声と声とがぶつかり合う。腕に力が湧く。語り部の奴らは奴らで戦っているのだ。スウリは。ハープを弾きながら何かつぶやいている。冷や汗をかくような顔をしながら。
他に気をやれたのは、その一瞬くらいだった。すぐに振り下ろす一撃が来る。びりびりと震えるほどの衝撃に、おれは思わず息を止めそうになった。
「
「闘志未だ尽きず、雄々しく立ちはだかる」
この遺構の中では歌が力を持つ。魔物を消し去るとまではいかずとも、動きを止める程度ならば可能なのだろうが……それはイヴーリオが許さない。単純におれに力を送ってもらうしかない。外で振るうよりもずっと軽い剣に気合いを込め、押し返す。炎がそれまで立っていた場所を薙ぎ、おれの頬を炙った。
「ルー、今魔法に手を伸ばすのは無理。核を向こうが持っているから」
スウリが焦った声を上げる。
「奪えばいいんだな」
「お願い」
やるべきことがひとつ増えた。何をどうやっても、ここを抜けてイヴーリオに届かせる。核は石、文字の刻まれた石だと聞いている。懐だろうか。
剣と剣が何度も、何度もぶつかり合う。表情のないおれ自身の顔は、次に何を見てどう動くのか、実にわかりづらい。あの時も、そうだった。四人で挑んで、負けて逃げ出した時も。
ふと、疑問が胸に湧き上がる。おれたちは四人で挑んで、四人の
熱風が吹く。意識を逸らした瞬間、炎が吹き荒れた。それはおれの背のマントを焼き焦がし、左の肩に酷い熱と、遅れて火傷の痛みをもたらした。よろめいて、
しまった。
目の前のおれも、同時にその火を受けていた。だが、物怖じなどする気配もなく、剣を振りかぶる。レナルドが何か叫ぼうとしたが、遅い。声が届かな——。
剣も、おれの身体に届くことはなかった。目の前に飛び出した姿がある。金色の髪が斬られて、まるで細く細く伸ばされた金の糸のように飛び散った。
姫。
「だ、大丈夫」
紙一重で止められたらしい剣は、ロッテの肩口に置かれていた。上着が薄く裂けている。フィドルの音が一際大きく響く。
ただの黒い靄に戻った。
「どういうこと……?」
「ロッテ、後ろに戻っていてください。もしかしたら、何とかできるかもしれない」
わかりました、と不安げな顔で言うと、姫は駆け戻る。
……ひとつの考えがあった。かなりの覚悟がいるが、やってみる価値はあると思った。
「レナルド!」
「古の英雄もかくやと……ええっ、何ですか!?」
「ほんの一瞬でいい、手を止めて
注文がややこしい、と奴らしい愚痴を聞きながら、再び剣を合わせる。油断は一秒もできない。
やがてひょうと風を切る音がして、矢が来る。当たりはしない。だが、誰が誰を狙ったかは明らかだ。
そのまま、自分の剣を鞘へと収めた。
じんじんと痛む左肩を忘れようと首を振り、靄を見つめる。できるだけ……何とか心を鎮めようとして。
二つに分かれた靄は化けるのを止め、行き場をなくしたかのように漂い、また戻ろうとしていた。おれは畳み掛けるよう声をかける。
「スウリ、あれをやってくれ」
「今!? わ、わかった」
慌てたスウリが奏でる音色が変わる。おれは靄と見つめあっている。ちらりと目が見えた気がした。気のせいかもしれないが。
かと言って、この場で常に剣を収めていられるわけもない。
「それは扉」
スウリの高い声が鈴のように鳴り響いた。
「空に開く扉、風を呼ぶ扉。打ち振る赤き羽」
ゴオ、と音を立てて見えない何かが開いた感覚がした。歌の通り、上だ。それは空から舞い降りる。
「現れ出でよ、守護の赤竜、グログウジュ」
太い尾と脚が、赤い鱗に覆われた背が、片方折れた角と網飾りに縁取られた鼻が、金色の目が。
ゆっくりと、舞い降りる。
血こそ止まっていたが、負傷は残る。止めようとしたが、奴は頑なに加わると言った。
『我が友らの歌が響く場に、我も居させてはくれぬものか』
あの時倒れた最初の魔王の横で、我は何もできなかった。魔王自身が止めた。次は、己で動きたい、と。
ああ、そうだ。あの時、友と歩む道の歌を皆で歌っていた時、上空にはゆったりと飛ぶ赤竜がいた。奴もいたのだ。
地響きを立てるほどの着地音と、羽が起こした風。おれたちの髪は揺れる。おれたちは、たった四人ばかりではない。頼れる友が今一頭。
『遅参したな、イヴーリオ。その大鳥が我が瘴気を分けた者か』
「……あれだけ傷ついて、まだ足りないのか。グログウジュ」
お前とはあれきりにしたかった、と苦々しげに奴はつぶやいた。
『とうに巻き込まれておるよ。生まれし時、魔王に命を授かりし時より……さて』
ぎろりと
『雛の子よ。赤竜グログウジュ、ここに在り』
おれは靄を突っ切るように走り出した。奥へ。イヴーリオが待っている奥へ。
『その炎が如何に熱く燃え盛ろうとも——我が鱗は灼け焦げはせぬぞ!』
何せ、と竜の笑いを浮かべる。小さな人の目から見れば、とびきりの怪物の顔だ。だが、それが微笑であることをおれは知っている。
『焦がしてしまっては、我が小さき友の小さき心の臓を助けてやれぬ故にな』
甲高い鳴き声と、太い吠え声とが交差した。おれは翼持つ者たちがぶつかり合う下を潜り抜け、ただ走った。
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