第24話 侵入者

「どういう……ことなんだ」


 間の抜けた言葉だが、それしか言えなかった。スウリは根気強く続ける。


「昔、そういう魔法が作られたの。土地の安定のために犠牲を出す、筋書き通りに。土地りの魔法」

「筋書き?」

「知ってるはず。勇者の物語」


 語り部の口伝えに伝わる、名も無き誰かの物語。同じく名の伝えられない魔王を打ちち果たし……。


「筋書きって、だって誰がそんなもの演じるんですか」

「現に、あなたたちは動いてる。魔物を倒して」

「物語とは全然違いますよ。ねえ。倒したって言ってもまだ数えるほどだし」


 そこでふと、レナルドは何かに気づいた顔をする。


「もしかして、『勇者』であれば……誰でもいい?」

「そういうこと。誰かが魔物を倒して、魔王と対峙して、倒して、そうしてめでたしめでたしを迎える。そういう筋だから。細かいところはどうにでもなる」


 今の代の勇者は、複数人いる。各地で魔物を倒して、その中には物語に派手に歌われたような名のある魔物もいただろう。


「お父様……?」


 ロッテ姫がごくりと唾を飲み込む。


「まさかそれを知って、この習わしを?」

「それはわからない。でも、いずれ魔王が倒される時が来る。そうしたら……」


 スウリは顔を覆った。


「都合が良いことばかり言って、ごめんなさい」


 私、誰かに殺されるって、どれくらい怖いか何もわかってなかった。


 すすり泣きになりかけた、絞り出すような声が、隙間風に揺れた。


「……その話はどの程度信用できるんだ」

「して、としか言えない。私だって聞きかじり」

「イヴーリオは何でそんなことをしようとしてる」

「魔法を守りたいんだって、それ以外わからない」


 おれたち三人は顔を見合わせる。彼女が嘘をついているという様子は感じない。そもそも、嘘にしてはあまりに突拍子がない。


「やりにくいな……」


 レナルドが頭を掻いた。そう、やりにくい。レナルドみたいな奴は特に言いにくかろうから、おれが聞くことにした。


「それで、お前を助けることで、こちらには何の利があるんだ」


 スウリはぴくりと肩を竦めた。


「魔王が討ち果たされれば、ここらはしばらく安泰なんだろう」


 窓の外を、晴れ着姿の娘たちが通る。祭りの日差しに、何も苦しいことなどないような顔で。今年は豊作だ。来年は? その次は?


 おれに、目の前の少女一人と引き換えに、その豊かさをなかったことにすることなど、許されるのか?


「……それは」


 スウリが何か言おうとしたその時、外でざわめきの声がした。歓声ではない。悲鳴も混じっている。


「まさか」


 おれとレナルドは立ち上がる。


「ロッテはここに……ああ、いや。一緒にいた方がまだ守れるか」

「逸れたら私、お城に戻れるかわかりませんね」


 少し冗談めかして言う。


「大丈夫、私にできることがないか、探ります」


 果たしてあるだろうか。おそらくこの先には——。


 魔物が待っているというのに。


▪️ ▪️ ▪️ ▪️


 外は、酷いものだった。逃げ惑う人々、あるいは負傷し、あるいは恐慌している。避けるようになんとか前へと進んだ。広場の方へと戻ると、ぞっとするような瘴気の気配が落ちる。


 成り立てではある。あるが、おれはこれほど多くの魔物を見たことがなかった。


 鷲頭獅子グリフォンが中央に凛と立ち、その周辺には水棲馬ケルピー石悪魔ガーゴイル火蜥蜴サラマンダー、他にも種々様々な魔物がとぐろを巻き、牙を剥き、周辺の人々を脅するように威圧していた。


「……なんとなく、なんですけど」


 レナルドがおそるおそる言う。


「あいつら、『薄く』ないですか。これまでの魔物に比べて」

「見た目だけ繕ってる。本当にあのままの強さではないはず」


 そうだったらありがたいのだが。おれは剣をいつでも抜けるように構えた。


「魔王陛下の名代にて参った」


 低いが、よく通る声。鷲頭獅子グリフォンの横に立つ、顔を隠した人影だ。イヴーリオだとすぐにわかった。


「陛下の復活に伴い、我々はここに宣言をする。則ち、貴殿らを恐怖の渦に……」

「お待ちください」


 透き通った声が、小さくも弾んだ。


「めでたいお祭りの最中に、あまりに忙しないと思いませんか」


 姫が。シャルロッテ姫がおれの制止をするりと潜り抜けて前に進み出す。慌てて追いかけるも、すっと手のひらひとつで止められた。


「これはこれは、もしや姫君であらせられる」

「はい。私、シャルロッテ・ユイギーユ・ドラシアンがその名の下にお伝えいたします」


 即刻彼らを立ち去らせ、周辺の回復を。姫の声は細かったが、しんと静まり返った場では障りはなかった。姫様、と誰かの祈るような声がした。


「馬鹿なことを仰る。あなたから先にこの爪にかけてしまっても構わらないのだが」

「できません」


 前足を振り上げた鷲頭獅子グリフォンに、姫は無邪気にも堂々と話しかけた。


「そんなことはなさいませんよね」

「何……?」


 私、お話を伺いました。姫が進むごとに、おれはじりじりとした気持ちでついていく。頼む、無茶だけはやめてくれ。


「勇者の物語が必要なのであれば……最後がめでたしめでたしで終わるのであれば」


 あなたは、私を害せない。凛と張った声にはほど遠い響きでも、おれの耳には喇叭よりも鮮烈に聞こえた。


「だって、あの物語は最後、勇者様が城の姫と幸せに結ばれるのですもの」


 それまでは私、無事でいないといけませんよね? 姫は両腕を広げた。


「さあ、その私が命じます。これ以上おかしな真似はしないで、どうか戦など考えないで」

「スウリ、君か」


 少女が隠れようとしたのかびくりと震え、それでも前へ出ていく。


「わ、私はもう嫌。他を探して」

「必要なことなんだと、説明をしたろう。隠し事は嫌だからね」

「聞いた。必要なのは、わかる。でも嫌。私、だって、もう死んだり殺したりは、嫌」


 絆されたな、と声が言う。レナルドは……レナルドは、スウリを庇うように横に立った。脂汗でも滲んでいるような顔をして。


 そうか、お前はそうするんだな。


 おれは、おれのすることはたった一つで、単純だった。


 イヴーリオの前に立ち、おれのアノニムを抜き放つ。鈍い光が揺れた。


「おれは……何でお前がいるのかとか、魔王って何だとか、魔法とか、そういうのは後回しでいいんだ」

「……立派になったが、変わらないな。ルー」

「姫に手を出すな。祭りをぶち壊すな。皆の楽しみを返せ」


 そうだ。土地守りの魔法がどうだとか言う前に、こいつが先に平穏を破っているのだ。許せるか? おれは、ロッテと……もちろん、レナルドも、場合によってはスウリとだって、一日穏やかに晴れの日を楽しみたかったんだ。


 ここに残されて怯える人々、逃げ帰った人々だって、同じような気持ちだったろう。


「……我々は魔王の名の下に、宣戦布告を行う。それだけは告げておこう」


 イヴーリオは大きく手を広げ、大声で告げた。魔王など、どこにもいないくせにだ。どうする気だ。


「後は退くが、覚えているがいいさ」

「……できれば説明もあると嬉しいんだが」

「スウリに聞くといい。もうその子の強情には諦めた」


 言っておくが、ルー、イヴーリオは鷲頭獅子グリフォンに飛び乗る。他の魔物は、ゆらゆらと溶けて消え始めていた。なるほど、『薄い』。こけおどしの、形だけの魔物。


「君が勇者であり続けるのならば、君は魔法を守る立場になる……魔王を殺す立場に」


 きっと、君はそうする。それだけ言い残し、瘴気の渦をかき乱すような勢いでイヴーリオは去った。翼の起こした風だけが残る。おれはその言葉を反芻しようとして、慌てて周囲を煽いで瘴気を払った。


「大事ありませんか、姫様!」


 シャルロッテ姫は、糸が切れたようにへたり込む。編んだ髪が、僅かにはらりとほどけた。


「大丈夫、大丈夫です。身体の方は大丈夫。ただ……さすがに」


 身震いをする。怖かったらしい。当たり前だ。あれだけの数の魔物、おれだって相対したのは初めてだ。


「でも、上手くやったでしょう? 警告としては」

「あんな賭けみたいな真似、やめて下さい」

「ふふ、あのお話、ずっと嫌だったの」


 だって、お姫様がご褒美か何かみたいに渡されるだけなんですもの。


 おれはずくりと胸が痛むのを感じた。姫は身体の弱い身だ。余計に自分の無力を感じたのだろう。レナルドとスウリが駆けてくる。


「でも、役に立つこともあるのね。あの方、私を害することはできないし……勇者と語り部の方はどうかしら」

「勇者も語り部も、今は複数います。代わりはいくらでもということかも」

「そこも含めて、確かめないと。次に何をするか決めましょう」


 視線はスウリの方を見た。スウリは再び帽子を目深に被って、ざわざわと人が戻り始めた周囲の視線を避けている。彼女が魔王にされかけたのは、一体何が理由なのか。魔の者の血筋とやらだろうか。


「……お姫様だったの」

「ああ、ええ。自分で名乗ってしまいましたね」

「信じてくれたの」


 魔法と儀式の話。勇者と魔王の物語の話。確かに姫は、スウリの話を根拠に思い切った行動に出た。


「私、いろいろ調べましたから。過去のお話と繋がるな、と思ったら何だか……これだ!と思ってしまって」

「これだで飛び出さないで下さい!」


 ごめんなさい、とくすくす笑う。スウリは神妙な顔をして、手を差し出す。腰を落としたままだった姫は、躊躇いなくその手をしっかりと取り、立ち上がった。


「……ありがとう、ロッテ」


 レナルドがふっと笑って、それから続ける。衛兵が駆けてくるのが見えた。混乱は、少しずつ抑えられつつある。


「で、次には何をします?」

「まずはスウリから話を聞きたい」

「後回しで良いって言ってたくせに」

「今が後なんだよ。別に聞きたくないわけじゃない」


 おれたちはごちゃごちゃ言っていたが、スウリはこの期に及んでは、実に素直だった。


「話は、する。私だけの問題ではないから。ただ、レナルド。一つだけ、贅沢を言うけど」

「何なりと」

「……隙間風がない場所の方が、良い」


 くすくすと姫の笑い声が漏れて、おれも思わず咳をしてしまい、レナルドは弾けるように笑いながら、いやそれは僕が悪い、ごめんねごめんね、と何度も謝っていた。


 おれたちの小麦祭りは、おおよそこんな風に、半端でよくわからない形に終わってしまった。ただ、それでも姫の髪飾りはしっかりとそこにある。


 それは勇者でも、姫でもないただのおれたちが、確かにこの祭りを楽しんだことの、何よりの証だった。

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