第21話 それから

 遺構を出た時にはもう日が傾きかけていて、このまま歩いたところで閉門には間に合いそうになかった。よっておれたちは、門の傍で野宿をすることにした。瘴気の塊である魔物は消えてしまったし、そうなればかえってこの場所の方が獣が寄りつきづらい。


 レナルドが良さそうな木の実を摘んできたので、適当に皮を剥いて食べた。酸っぱくて食べられたものではなかった。


「どうしてこんな味にするんでしょうねえ、食べられないじゃないですか」

「知らんが、食べられたくないからじゃないのか」


 レナルドは顔中にぎゅっと力を入れながら、誤魔化すために水を飲む。そんな他愛ないことが、今はどうにもありがたかった。


 昔も、こんなことがあった気がする。四人で騒いでいた時も、窪地の村で何か口に入れて、イヴーリオに泣きついた時も。全部、悪い思い出ではなかったはずなのだ。


「ルーさんの知り合いの人は、何でしょうね。何で魔の者?でもなさそうなのにあんなことしたんでしょうね」

「わからん」

「魔王になるって何だろ。なるものなんですかね、あれ」

「知らん」


 ぽつぽつと会話が続き、途切れる。悪い気がして、おれの方からも話題を振った。


「スウリは……また話せるかな」

「話したいです。あの子、あの年頃の普通の腕前じゃないですよ、よっぽど練習したんだと思うんですけど」


 こいつはいつも身を乗り出してハープの話をするな、と思った。語り部ならではの着眼点、というやつだろうか。


「それだけ頑張って、使い方があれなのは……もったいないと思ってしまう。向こうには向こうの言い分があるんだろうけど」

「魔王になるっていうのが何だかわからんが」


 少女の顔を思い出した。嫌とも嬉しいともつかない、固まったような表情。


「何となく、嫌な感じはする」


 何せおれは勇者だ。過去の歌からすれば、おれ自身が魔王を討たねばらないことになる。最初の印象こそ最悪だったが、少しずつやり取りを始めていた相手だ。できれば、良いところに収めたい。


「『勇者は魔王を討ち果たし、語り部はそれを語る。おお、天よ。この物語を歌い終えるだけの力を我に』」


 レナルドはリュートを爪弾く手真似をして、何より有名な勇者の歌の冒頭を口ずさむ。


「最初からこれですからね。もう趨勢が決まってるところはありますよね、あえて魔王だなんて名乗ろうってのは」

「今度は勝つぞ、という意気込みかもしれん」

「ルーさんがあの子を……倒したりとか、そういうのは、嫌ですよ」


 ぽつりとレナルドは言った。


「僕はルーさんを応援しますけど、それでも嫌ですよ。知った顔同士が……」


 言葉を選ぼうとしたのだろう。絶句したようになって、そうして。


「殺し合うなんて、こと」


 選べなかったんだな、レナルド。


 おれは焚き火に枝を何本か放り入れ、安心しろ、と言ってやった。


「おれだってごめんだ。人とやり合うなんて、できれば避けたいさ」

「そうですよねえ! 向こうもそうだといい。遺骨の話、してましたしね」


 魔の者とおれたちが、結局同じ人間であるのかどうかはよくわからない。だが、死んで骨になれば同じようなものらしいから、そう変わったあり方でもないのだろう。


 遺骨でひとつ、思い出したことがある。酒場でレナルドに聞き忘れていたことだ。


「なあ、語り部」

「歌の話ですか」


 鋭く聞き返された。こいつの勘はなかなか侮れないことがある。


「その……おれの昔の仲間のことをいつか、歌ってくれないかと」

「別にそれは良いんですけど、条件はありますね」

「条件?」


 ルーさんの歌は、こうして一緒に見ているわけですから、楽なんですよ、と言う。


「その人たちのこと、僕は全然知りませんから。ルーさんが話して聞かせてください。どんな人たちで、どういう活躍をしたのか」

「おれが?」

「当たり前じゃないですか、見てきたのはルーさんなんだから。僕、勝手に作り事を捏造するのは嫌いだって言ったでしょ」


 おれは腕を組んで唸った。よく言葉足らずだと言われる。ことに修辞の類は苦手だ。


「……考える」

「ゆっくりでどうぞ。きっと——」


 レナルドは揺れる焚き火の炎を見つめる。少し、羨ましそうな声音だった。


「長く掛かるんでしょう? その四人の強者つわものたちの物語は」

「強者ってほどでもないさ。いつも大抵キスタの奴が……」


 おれは気がつくとぽつぽつと話を始めていた。喋りが不得手なおれを、レナルドが誘い込んでくれたのだな、と思う。レナルドは遺構での哀悼の歌の他は何も言わず、何も余計なことはしないでいてくれた。


 おれにはそれが、どれほどありがたかったろうか。


▪️ ▪️ ▪️ ▪️


 シャルロッテ姫は、おれたちの報告を重々しく受け止めたようだった。労いと弔いの後、真剣な顔で言う。


「魔王と言っていたのですね。そのお話、お父様にはお伝えいただけました?」

「ええ、先に謁見を……ただ」


 おれとレナルドは顔を見合わせた。どうにも解せないことがあったのだ。


「そうか、と一言仰ったきりで、別の話に移ってしまわれて」

「興味がないにしても何だか……魔王って名前、反逆するぞ!って意気込みがすごいじゃないですか。もうちょっと知りたがらないものかなあ?」


 おれたちは首を傾げながらこの部屋に向かっていたのだ。仮にも代々長くこの地を治めている領主にしては、不思議だった。


「姫様は、何かご存知ないですか」

「ごめんなさいね。何もわかりません。お父様、こんな制度を作るくらいに勇者と語り部の歴史にはこだわっていると、そう思っていたのですけど」


 不思議ね、とこちらも首を傾げる。長い金の髪がさらさらと揺れた。今日は薄灰色の衣装で、色合いが地味な分、目と髪の色がよく映えた。


「聞いた限りでは、スウリさんは何だかその方に使われているのではないかしら」

「そうですよねえ、そうだと良いなと思うんですが」


 あら、と姫は興味深げに微笑む。


「ネックス様は、熱心なのね」

「僕は勇者の歌を歌えとは言われましたけど、魔王が出てきますなんて言われてませんからね。平和に越したことはない」

「そういう話ではないのだけど……でも、そうね。平和であるに越したことはない。魔王がどういった形でか生まれようとしているなら、止める必要があると、そう思うのです」


 ふう、と姫は一度息を吐く。か弱い姫だ。喋り通しは辛かろう。


「こういうお話は、お父様からすべきだと思うのだけれど……」

「良いんでしょうか?」


 おれは少しばかり不安になって尋ねた。おれたちはともかく、姫が動きすぎて何か咎められるようなことになったりはしないのだろうか。


「お母様亡き後、この城で二番目に力を持っているのは、私でしてよ」


 口に手を当てて、含みのある表情の真似事のように笑う。


「少なくとも、調べようと人を差し向けるくらいで怒られる筋合いなどありません」

「そういう、ものですか」

「今後も遺構と魔王の話をよろしくお願いいたします。さて」


 姫は表情を改め、何か的を弓矢で狙う時くらいに真面目な顔になった。おれとレナルドも背筋を伸ばす。


「今日はひとつ、大切なお願いがあります。本当に大事なの。よくお聞きくださいね」


 はい、と返事を返す。魔王の話よりも重要なお願いとは、一体何だろうか。何か嫌な話でなければ良いのだが、とそわそわしながら続きを待つ。


「もうじき、小麦祭りがありますね」


 収穫祭だ。市が開かれ、広場は踊り場となり、数々の芸人が訪れて他所からも人が集まる。さては警備か何かの仕事かと思った。悪くない。どうせおれは祭りをのんびりと堪能するようなたちではない。


「私、毎年こっそりお祭りに遊びに行っているの。その時の付き添いを、あなた方に……特にカミュア様にお願いしたいと思っています」

「……はい?」


 警備の話ではあったのだが、それはあまりに予想外の申し出だった。


「お忍びってことですか? 姫様、お身体の方は大丈夫なんです?」


 レナルドの問いに、シャルロッテ姫はふふ、と微笑んだ。


「良いものがあるの。赤竜のおじさまに頂いた、こちら」


 取り出したのは見覚えのある、薄赤く透き通った透明な鱗だった。グログウジュが自ら剥いで渡してくれたものだ。


「こちらを煎じて飲めば、三日くらいはずっと元気でいられるのよ」

「……それ、どんな味なんです?」

「生臭い木の枝」


 嫌だなあ、という顔を二人ですると、シャルロッテ姫はくすくすと笑う。今日は何だかいつもより楽しそうにしているな、と思っていたのだが。祭りが何より嬉しかったらしい。


「お受けしてくださらない?」


 そうして、こちらをあの青い目でじっと見つめるのだ。そんなことをされて断れる人間が、この世に存在するか?


「……喜んで」


 眩しくて目を細めたから、あまり喜んでという顔にはならなかったかもしれない。実際、面倒ばかりで責任の重い、嫌な仕事だ。ああ、でも、だ。


 おれはこの人と一緒に華やいだ街を巡ることができる、それが、本当に。


 本当に、嬉しかった。

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