第15話 魔物と人

『エキドナ(母ドラ)年齢: 200歳

パシパエ(元ブラックホーン)年齢: 200歳』


200年――その年齢、化け物レベルだ。


俺が「天眼通(てんげんつう)」で新たに見た、母ドラとパシパエのステータスは、まさに驚愕そのものだった。


200歳だなんて、普通の人間じゃ考えられない……


でもよく考えれば、あの二人は呪いで魔物にされただけだった。呪いが解けて、人間の姿に戻ったわけだけど、それでも、彼女たちが生きた過去は、消えたわけじゃない。

200年というのは、魔物の世界じゃ当たり前のことなのかもしれない。俺の常識が通用せず、生体が不明。

謎は深まるばかりだが、俺達の世界だって長寿の生き物はいるし、もしかしたら、魔物であった頃の彼女たちにとっては、そのくらいが普通だったのかもしれない。


「魔物の呪い」それが、200年という、とてつもない年月を生き続けることになった理由だ。

当然、ミノスの魔神やミノスの滅亡の話が、もう遥か昔の出来事だってことになる。

そんなに長い間、彼女たちはどうしていたんだろう。

俺は2人の壮絶な人生を想像すると、胸が苦しくなった。

この呪いが、どれほど恐ろしいものか、俺は今、身をもって理解した。

きっと、彼女達は孤独で不安で、ひたすら寂しい思いをしていたんだろう。魔物と人間の間で、どちらにも属せない存在として生きることの辛さ、想像を絶する。


だからこそ、彼女たちは俺を育てることで、その孤独や不安を少しでも紛らわせていたのかもしれない。

魔物の姿のときでも、俺を見て嬉しそうな顔をしていて、あの笑顔は、きっと子供に対する愛情や安心感から来ていたんだろう。


ーー魔物に変わる呪いーー

俺はその言葉を静かに反芻はんすうした。この世界に蔓延る、病なのか、それとも魔力やダンジョンとなにか関係があるのかはまだ分からない。

ただはっきりしているのは、釈迦のスキル「解脱」とそして、俺が作った料理がこの呪いの解放に役立つということだ。


パシパエが母ドラにミルク粥を与えた瞬間、解脱の適用範囲が拡張された。故に彼女達にも「解脱」を使用し、呪いを解くことができた。

他の効果が期待できるのか気になり、俺は視界に文字が浮かび上がる感覚を思い出すように意識を集中させて、色々と試してみることにした。

すると、それに応えるかのように、目の前にメッセージが現れた。


『解脱は、あなたの心にあります。

誰かの笑顔のために料理を作ること――その思いを込めて作ることで、料理に含まれるうま味物質が、魔物化の呪いの主原因である魔力の暴走を正常化します。』


その文字を目で追うたびに、その意味が心に染み込むようで、不思議な納得感を覚えた。


なるほど……うま味物質が……


ブラックホーンの乳に含まれる、マモノ酸と米に含まれるライゲキ酸が何らかの作用を施し、魔力によって生み出される、呪いという毒を中和したということだろうか。

魔力の暴走が魔物化の主原因だとしたら、それを正常化するのが、この世界のうまみ成分の効果なのかもしれない。

謎が深まるばかりたが、今は難しいことを考えても判然としないだろう。

何はともあれ、母ドラもブラックホーンも、みんな無事、おまけに魔物から人に戻ったんだから全てよしだ。

俺はこれからも、彼女たちと一緒に生きていきたい、とその思いを震えながら、俺は言葉にして紡いだ。


「2人ともずっと一緒にいて! だからママ……ケンカしちゃダメ!」


二人は立場こそ違うけれど、同じ国で過ごし、そして魔物にされた、という点では似たような境遇の持ち主だ。

過去の未練や恨みも、忘れてとは言わないけれど、和解できるように向き合って欲しい。

すると、俺の願いが届いたのか、二人は落ち着いた様子を取り戻していた。


「ごめんなさい……エキドナ。ミノスが滅ばされるのを見たとき、気が動転して、あなたを恨むことだけしか考えていなかった。だけど……全ては夫を止められなかった、私の罪です。」


パシパエは、深く頭を下げて謝った。

その誠実な謝罪を受け入れた、母ドラは優しく手を差し伸べ、彼女に許しを与えた。


「もうずっと昔のことよ……忘れなさい。」


母ドラの表情には、動揺や迷いのようなものはなかった。


「今は、私には守るべき大切な子がいる……リシュアは私を暗闇から救ってくれた、特別な子よ。」


母ドラの目には、涙が堪え、その視線もどこか遠くを見ているように思えた。それはまるで、切なくも優しさに満ちた瞳だった。

母ドラは過去の悲しみ、抱え込んできた憎しみを決別するように、その涙を払う。


「やはり……あなたもだったのですね。私もこの子に救われました。この子と過ごす時間が、暗闇の中で光をくれた気がしたんです……」


母ドラの言葉には、深い温かさと少しの切なさが滲んでいた。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが静かに弾けたような気がした。俺も、同じように感じていたからだ。


「私たちは、どこか似ているのかもね……」


母ドラは静かにため息をつき、苦笑を浮かべた。その表情に、どこか肩の力が抜けたような安心感が漂っていた。

その瞬間、パシパエは少し驚いたように母ドラを見たが、すぐにその視線が柔らかくなり、どこか照れくさいように微笑んだ。

その笑顔に、長い年月の中で隠れていた感情が少しずつ表れてくるのが感じ取れた。

そして、母ドラがゆっくりとパシパエに近づくと、何も言わずに彼女を抱きしめた。その抱擁は、長い間閉ざされていた心を少しずつ開くような、穏やかな温もりを感じさせた。


二人の間に流れる空気は、言葉にしなくても伝わってくるものがあった。まるで、過去のわだかまりや痛みを全て許し合うように、二人の心が繋がった瞬間だった。

パシパエも、初めは驚いたように母ドラを見上げていたが、やがてその目に涙を浮かべながら、静かにその腕の中に身をゆだねた。二人が再び手を取り合い、抱きしめ合うことで、何かが終わり、また新たな始まりが訪れたような気がした。

しばらく、2人は言葉なく、ただお互いの温もり感じていた。だが、ふとした瞬間、母ドラが少し離れて、軽く肩をすくめながら言った。


「でも、第一の母親は私よ?私がこの子を先に見つけたんだから!」


パシパエは驚きと共に目を丸くして、すぐに反応した。


「はぁ!? 何を言っているんですか! 私が初めての母親です! そもそもあなたは暴れるだけで、この子の面倒を見たことがないでしょう?」


二人の言い争いは、まるで魔物だった頃の小言の延長戦のように、自然に始まった。その言葉の裏には、お互いの距離が縮まった、証拠でもあった。

母ドラは肩をすくめ、少し照れくさそうに笑う。


「まったく……あなたは本当にうるさいわね。けど……確かにそうかもしれないわね。」


そして、パシパエに向けてにっこりと笑った。

パシパエも、少し頬を赤らめてはいたが、笑いながら言った。


「ふふ……まあ、あなたが言うならそうかもしれませんね。でも、私もこの子のことを、ちゃんと見守ってきたんですから。」


二人の間にあった距離は、言葉を交わすたびにどんどん、縮まっていくような気がした。お互いに違いを認め合いながらも、俺という存在を介すことで、強い絆を感じているようだった。

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異世界転生寿司職人~転生した赤子の使命ーー異世界のうま味成分を駆使して、魔物に変えられた人々を救う~ @Sushi_fantasy

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