第4話 転生稚児爆誕!!

目を開けると、そこはいつもとは違う景色だった。


__知らない天井だ……


天井は土色で、妙に遠く感じる。まるで世界が広がったような錯覚だ。いや、違う。俺が小さくなったんだ。手を動かしてみると、ぷっくりした指が視界に入った。動きもぎこちなく、まるで退化したように小さな体になっている。


次の瞬間、思考が真っ白になった。


赤ん坊になってる……!?


声を出そうとしたが、捻り出されたのは「ばぶっ、ばぶっ」という間抜けた音だけだった。


何がどうしてこうなった!?

これは夢か?


いや、違うーー俺は確かに転生したんだった。ぼんやりとした記憶が蘇る。死後、俺は釈迦に出会った。そこで、彼によってもう一度寿司を握るためのチャンスを与えられた。

そして俺は、転生することを選んだーーこれが第2の人生ってやつだ。


だけど、転生して早々、ヤバい奴に出くわしてしまった。目の前にはーー燃えるような紅蓮の鱗、悪魔のように鋭く反り立った角、洞窟のように深い鼻孔びこうを持つ巨大な生物がいた。


嘘だろ……これ、ドラゴンじゃねぇか!?


見上げるだけで圧倒される。こんなのと鉢合わせするなんて、まるでラスボス戦の最初のムービーシーンだ。




転生後の世界が楽園だと期待していたのに、このままじゃ転生して即ゲームオーバーじゃないか。死の予感に体が硬直する、そのときだった。

突然、頭の中に不思議な声が響いた。


「か、かわいいわ……」


耳に届いたのは、人間のような声。


いや、そんなはずはない!

今の声、もしかして……ドラゴン?


恐る恐る視線を戻すと、確かにドラゴンは俺を覗き込んでいた。まるで珍しい宝石でも見つけたかのように、目を細めている。そして、突然目の前に文字が浮かび上がった。


『スキル: 釈迦の慈愛、釈迦の福耳を獲得しました。』


スキル? なんだそれ?


ゲームや漫画で見なれた表記だが、ここは現実だ。少なくとも俺がそう感じている。それに、「釈迦の慈愛」やら「釈迦の福耳」なんて名前がついているスキルが、どういう効果を持つのかまったく想像がつかない。


──そんな中、またドラゴンの声が響いた。


「この子、どこの子かしら?」


まさか……心の声が聞こえてる?

いや、そんなわけ……でも、それ以外に説明がつかない。


恐る恐る声を出してみる。


「あぅ、あぅ……」


話しかければ、俺の言葉が通じるかもしれない。でも、俺は今、赤ん坊だから、そもそも言葉を発することすらできない。


「あぅ、あぅ……」

「まぁ、ママを探しているの?」


ドラゴンは首を傾げ、真紅しんく色の瞳を細めて俺を見つめた。その瞳の中には、どこか優しさと好奇心が混ざり合ったような光が宿っていた。巨大な羽がわずかに震え、彼女が考え込んでいる様子をうかがわせる。


「この子、名前は何かしら?」


ドラゴンは首を捻り、羽をバサバサと動かしている。俺の名前は『寿 司郎(ことぶき つかさ)』でも、ドラゴンにはどうしても通じない。


「人間の親もいないし……」


ドラゴンは顎を引いて考え込みながら、鋭い金色の瞳で俺をじっと見つめた。その目の中に、何かしらの決意が浮かんでいるように感じた。


「これは私が育てるしかないわね!」


その言葉を口にしたとき、ドラゴンは羽を軽く羽ばたかせながら、どこか嬉しそうに微笑んだ。顔の縁に浮かぶ鱗がきらきらと光り、口元にはやや歯を見せて、まるで何かを誇らしげに思っているようだった。


「フフ……かわいいわね、赤ちゃん。」


声は高めで、柔らかな響きを持っていたが、その裏には強い意志が感じられた。どこか楽しげで、わずかに優しさを帯びたその声に、俺は思わず息を呑んだ


はぁ!? ちょっと待て!!


心の中で必死に叫ぶ。思わず体を動かそうとするが、生まれたばかりの赤ん坊の体は言うことを聞かず、手足をもぞもぞと動かすのが精一杯だった。目の前のドラゴンは、俺の小さな抵抗などまるで気に留めていない。

むしろ、その様子を見て「ふふっ」と楽しそうに喉を鳴らしている。巨大な翼が風を生み、洞窟内にふわりと心地よい風が流れた。


「大丈夫よ、坊や。怖くないわ。」


そんな慈愛に満ちた声が響くが……


いやいや、そういう問題じゃない! と心の中でツッコまずにはいられない。


ーーちょっと待て。俺は転生したばかりで、まだ何も分かってないんだぞ!?


どう考えてもドラゴンが人間の赤ん坊を育てるなんて無理があるだろう! そもそも、ミルクはどうする? 排泄は? 俺の面倒を全部見る気か?


「ふふ……私が坊やのお母さんになるわ。」


そんな俺の不安などお構いなしに、ドラゴンは嬉しそうに俺をひょいっと抱きかかえた。冷たい鱗がほんのり温かく感じられる。 抗議の声を上げたくても、口から漏れるのは「あー」とか「うー」といった赤ん坊らしい声だけだった。

俺は無力だ。否応なく、ドラゴンに育てられる未来が確定した瞬間だった。


____________


赤子に転生した初日、ひょんなことからドラゴンに拾われた俺が、喜ぶまもなく、すぐに死にかけた。


……なんだこれ……頭が……ぐらぐらする……


目の奥がズキズキと痛む。呼吸をするたびに、肺の奥が熱く焼けるようだった。


気持ち悪い……


吐き気が込み上げ、体中が異常なほど火照っていく。

意識が朦朧もうろうとし、視界が揺れるようにぼやけ始めた。目の前には広がるのは、土色の岩が重なり合う広大な洞窟。どこまでも続くような奥行きのある空間には、透き通るように澄んだ空気が満ちている。それは不自然なほどに澄んでいて、むしろ「濃すぎる」ようにさえ感じられた。


あれ……? 空気が……重い?


普通なら心地よいはずの酸素が、体を内側から蝕んむしばでいくようだった。


「ふふっ、人間の赤ちゃんって、本当に小さいのね。かわいいわ」


そんな俺を見下ろし、ドラゴンは優雅に微笑んでいる。

俺の体が震えていることにも気づかないまま。


違う……これ、空気が濃すぎるんだ……!


ここは酸素濃度が異常に高すぎる──普通なら命を繋ぐはずの空気が、逆に俺の体を蝕んでいたのだ。人間には耐えられない環境だと、本能が警鐘けいしようを鳴らしていた。洞窟内には獣の死骸しがいが転がっている。

おそらく、この地に踏み入れ酸素中毒で亡くなったのだ。


酸素が……過剰すぎて……このままじゃ、意識が飛ぶ……


酸素が多すぎるという、普通なら考えられない状況に、脳が処理しきれず悲鳴を上げている。吐き気に耐えきれず、俺は小さく「うっ……」と呻いた。


助けてくれ……!!


次第に呼吸が浅くなり、目の前が真っ白に染まっていく。


あぁ……もうダメかもしれない……


意識が途切れかけたその瞬間──視界にふわりと光が差し込んだ。


『釈迦スキル「解脱げだつ」を獲得しました。』


光の文字が目の前に浮かび、同時に俺の体がふっと軽くなる。体内の熱が一気に冷まされ、呼吸が徐々に落ち着いていくのを感じた。


助かった……のか?


酸素過多だった空気が、俺の中でちょうどいいバランスに変わる。肺に吸い込まれる空気が心地よく、むしろ爽快さすら感じた。ドラゴンは相変わらずのんびりと俺を抱きながら、微笑ましそうに言った。


「ねぇ、この子の名前はどうしようかしら?」


いや! それどころじゃないから!!


ドラゴンの声がどこか遠くに感じられたが、俺は助かった安堵あんど感でぐったりと脱力した。それでも、先ほどのスキルが気になり、俺はぼんやりと光の文字を思い出す。


解脱げだつ」……これが俺を助けたのか?


再び視界に文字が浮かび上がる。


『釈迦スキル「信仰心」を獲得しました』


今度は何だよ……


次々と増えるスキルの文字に戸惑いながらも、俺は生き延びたことに感謝するしかなかった。ほっと一息つき、落ち着いた俺は先程現れた光の文字を確認する。


『信仰心により、既存スキルの情報を確認できます。確認しますか?』


スキルの情報が見られる……?


俺は迷わず「はい」と念じた。すると、目の前に小さな光のカードが浮かび上がる。そこには、先ほど獲得したスキルの一覧が記されていた。


【スキル一覧】

釈迦の慈愛しゃかのじあい

釈迦の福耳しゃかのふくみみ

解脱げだつ


3つ……もあるのか……いつのまに!?


知らぬ間にスキルを確認していたことに驚愕きょうがくする。戸惑いながら順にスキルを選び、詳細を確認した。


解脱げだつ:保有者への精神的・肉体的汚染を取り除く』


なるほど、どうやらこれが状態異常を改善するスキルらしい。俺が洞窟の毒の空気に耐えられたのも、これのおかげってわけか。

次に「釈迦の福耳ふくみみ」。


『釈迦の福耳:魔物の心を読むことができる』


……これが原因でドラゴンの声が聞こえたんだな。


最後に「釈迦の慈愛じあい」。


『釈迦の慈愛:保有者はとうとばれ、愛される』


……愛される、ってなんだ?


赤ん坊だから可愛がられるのは分かる。だけど、このスキルはもっと特別な意味がある気がした。それが何なのか、今は分からない。だけど、このスキルこそが俺の命を守る鍵になる、そんな気がしてならなかった。


「さぁ、坊や……」


不意にドラゴンが俺を抱き上げ、優しく微笑んだ。


「これからあなたの名前を考えましょうね」


転生早々、ドラゴンに拾われ、命を救われ、名前をつけられる。この洞窟で生き延びるには、ドラゴンに頼るしかない。反抗したところでどうにもならない。むしろ、こんな異常な状況を少しでも楽しまなきゃ損だろう。

もはや、覚悟を決めるしかなかった


「名前は……そうね……リュシアにしようかしら。」


リュシア?

どこか西欧チックな名前だが、悪くはない……


不思議とその名がしっくりきた。


「ふふ、よろしくね、リュシア。我が子として、大切に育ててあげるわ。」


ドラゴンに抱かれながら、俺はこれから訪れる嵐を、少しだけ楽しみに思った。

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