第22話 次期戦闘機
一九三八年一月一六日、講和条約の調印式は上海の国際租界内、
これは中国側が日本で講和会議を開くのを良しとしなかったため、妥協案として国連の各国が間接統治している国際租界で行うことになったのである。
蒋主席と近衛首相は日中間の正式な和平条約である上海条約に署名した。両首脳が握手をするシーンは各国の記者によって撮影され、翌日の新聞の表紙を飾った。
中国国民の反発も予想されたが、中国軍が日本軍相手に惨敗していることは中国国民に広く知れ渡っており、日本軍が現地民と友好な関係を築いていたこともあって反対の声は思いのほか少なかった。共産党は別である。
そして、東京では賠償金を得られなかったことに対して国民の不満が高まり、焼き討ちが起きたが。
「これで一段落したか...」
梅津空軍長官は今朝の朝刊を見てそう呟いた。
「長官が停戦交渉を主導してくださったお陰で早期の講和に繋げることが出来ました。本当にありがとうございます」
梅津長官はいち早く中国側と交渉を開始し、一月上旬には双方が航空機による攻撃を禁止する部分的停戦として実を結んだ。今回の講和会議もその延長線上にあるのだ。
西澤は深々と頭を下げる。
「まあ実際私自身は、大したことはしていないが。軍需局長の予想が的中したことが首脳部にとっては衝撃だったのだろう、もしその通りならこれから大変なことになると」
近衛首相も、もとといえば世論に引っ張られ開戦に踏み切ってしまった事もあって、軍の和平気運が高まっているのを無視できなかったのだ。
「武藤軍事課長が和平に賛同したことは意外でした」
「彼は強硬派ではあるが、良し悪しの判断ができる人間だ。陸軍の老いぼれとは根本的に違う。いずれは良い参謀になるだろう」
それから、話題は空軍の航空機へと移っていった。
「新型戦闘機ですが、空軍としてはどのようなものを所望するのですか?」
支那事変での渡洋爆撃の損害を受けて、空軍では戦闘機無用論は完全に少数派に変わり、既に軍需局には新型戦闘機の開発依頼が来ている。
だが、空軍の意見はまとまってはいないようで、具体的な仕様については伝えられていなかった。長官なら大まかな意見を把握できているのではないかと思い、西澤は尋ねる。
「案自体は無数にあるが、だいたい絞ると四種類に分かれている。爆撃機を護衛できる長大な航続距離を持ち、その代償に運動性は多少犠牲にする双発の護衛戦闘機。防弾性、武装は妥協する代わりに運動性を重視した軽戦闘機。それとは対称に、防弾性、武装を充実させ運動性を捨てた大馬力発動機を搭載した重戦闘機。そして、航続距離は短いが、上昇性能と速度、高空での安定性に優れ、爆撃機を粉砕できる重武装の防空戦闘機」
「どれも一長一短だが、それぞれの用途で無くてはならない存在だ。基本的にこの四種類を開発する方針に空軍はまとまっている」
皇軍改革の結果、空軍の予算はかなり潤沢にあり、その分開発資金も大量に拠出されている。以前の海軍航空隊や陸軍航空隊では開発の許可すら降りなかった、特定用途の戦闘機の開発に空軍では焦点が当てられているようだ。
「四種類もですか...」
「船体
まあそうです、と西澤は頷く。
「私個人としては戦争とは数であると考えているので、確かに四種類も開発するのはいささか無駄にも思えます。一機種で様々な任務をこなせる汎用性の高い多目的戦闘機を開発すればよいと」
梅津長官はかぶりを振った。
「飛行機は船とは違うんだよ。私自身、空軍司令長官になって初めて実感したがね。海軍自慢の初の国産戦艦の薩摩が起工されたのは一九〇五年だ、だが初の国産戦闘機の九一式戦闘機は三〇年代になってからだ。それも設計自体はフランスの技師がやっている。戦艦と飛行機は同じ頃に誕生したが、日本はかなり遅れを取っているのだよ」
「まだ日本の飛行機は発展途上と?」
「それだけじゃない、欧米は大規模な工場で流れ作業で大量生産を可能にしているし、民間の航空会社も無数にある。航空産業の根底から日本とは仕組みが違うのだ」
西澤は自分で言うものあれだが、それなりに陸軍についての知識もあった。だが、他の軍人と同じく飛行機について深く考えることはなかった。とりあえず作っておけば大丈夫、そういう姿勢の人ばっかりだから航空主兵論が今まで日の目を見ることがなかったのだ。
「日本の航空機は一機一機を職人技で作っている、いうならば芸術品だ。限界まで精巧につくることで欧米の機体と遜色ないものがつくれているが、それはつまり日本の技術が世界水準よりも遅れていることを意味する。軍需局長はこれをどう改善すれば良いと考える?」
思わぬ問いに、西澤はしばし返答に臆した。技術水準を押し上げるべきなのか、それとも質の低い機体を量産すべきなのか、或いは更に精巧な芸術品として欧米の一歩先を行くものを開発するのか。
ふと、梅津長官が先ほど言ったことが頭に浮かんだ。
『芸術品』
問いの答えをどこからともなく閃いた。
「質のいいものも、質の悪いものも、それぞれ一長一短です。どちらも生産すればよいのでは?」
「どちらもと言うと?」
梅津長官は意図が読めずに聞き返した。
「質は悪いが量産性が高く単価が低いものを主力として配備し、高品質なものは火消し用として少数生産します。低品質なものは設計を妥協し一世代前の技術を使うことで派生型の開発を容易とし、多用途に使用できるようにし、高品質なものは持ちうる最先端の技術を使うことで世界の一歩先をいくものをつくりあげます」
その瞬間、西澤は自分が言ったことの意味を考えた。
このやり方は航空機に限った話では無いのでは、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます