薔薇色の人生

湾野薄暗

なんてあるわけないじゃない。

会社の個人的にいけ好かないイケメン先輩から「お前にさ、紹介したい女の子がいるんだけど」と言われ、断り切れずに仕事帰りの全国チェーンのドーナツ屋で女性と会ったのが運の尽きだった。


最初は当たり障りのない話だったのでなんだろうな…?と思っていると

「この商品を仕入れて販売するだけで良い副業になるんですよ!」

と、マルチの勧誘だった。


あ〜多分、先輩の顔と堂々としてる説得力のある口調につられて、この女もマルチの世界に入ったんだなぁ…とぼんやり考えつつ、口は

「忙しいのでやりません」ときっぱり断っていた。


ただ、マルチの女もしぶとく、さっきから断ってるのに同じ話を繰り返していて埒があかなかった。

「この副業をやるだけで人生が薔薇色になりますよ」と早口でまくし立ててくる。

人生が薔薇色って久々聞いたな…とあくびをしていた。

ドーナツ店は混んでいるのに座ってる席の隣には誰も座って来ず、他の客にすら遠巻きにされている状況だった。

1時間ぐらい聞いているがこの女、マニュアル通り読んでいて売り込み方が下手すぎるだろう…向いてないから辞めなよ…と言おうとした時だった。

店内の店員さんの声も他の客のおしゃべりする声も何の音もしなくなった。


ん…?と思って黙ると、隣の席にスレンダーな黒髪ロングの切れ長の目の女性が座ってきて、あろうことか俺の向かいのマルチの女に

「貴女、人生が薔薇色になりたいん?」と話しかけてきた。

マルチの女は「え、あ?、へ?」と慌てていたが

もう一度、薔薇色になりたいのか問われると

「はい……」と小さな声で言った。


「そんなら、これあげるわ」と花束のように包まれた一輪の花を差し出してきた。

その一輪の花はつぼみで何も咲いてなかった。


「これな、薔薇のつぼみなんやけど後2日で咲くんやわ。これが咲いたら貴女も薔薇色になれるんよ。家に置いておくだけでいい。世話はなんも要らないから部屋に置いておき」とマルチの女の手をギュッと握りしめて薔薇を持たせる。


マルチの女はチョロいのか、うっとりしながら「はい……」と返事して薔薇のつぼみを握った。

それを握った瞬間に周りの音が戻ってきた。

隣のスレンダーな切れ長の目の女性を見ると隣は空席だった。

しかし、花のつぼみはマルチの女の手に握られていた。

しっかり握ってるのに痛がる様子がないので棘がない種類なのかもしれない…と思った。

その後、マルチの女はふわふわとしたテンションになったので

「せっかくの花が傷みますから帰りましょう」と提案して、そのままマルチの女が帰るのを見送った。

ふわふわとした足取りでどこか夢の中にいるような危うい足取りだったがマルチの女を家まで送る意味はないので自分もそのまま家に帰った。


次の日、いけ好かない先輩から「お前みたいな出来損ないは副業なんてできねぇもんな〜」と嫌味が飛んできたが一応、上司に報告した後だったので勝手に言ってろ…と適当に流した。


それから1週間経ったぐらいのことだ。

出勤するやいなや、いけ好かない先輩が

「お前の仕業だろ!」と胸ぐらを掴んできて周りが止めにかかるという騒動があった。

上司が聞いてきたがあのマルチの勧誘を上司に話したことぐらいしか心当たりがないと伝えた。


その後、上司は先輩とも話をしたらしいが意味が分からない話だったそうで、先輩は休職扱いになるかな〜とのことだった。


「先輩はどんな話してたんですか?」と

帰りに寄った居酒屋で上司に聞くと

ICレコーダーを聞かせてもらえた。


「…ユカリ…セフレなんですけど、そいつの家に行ったら花があったんですけど、つぼみしかなくて。何これ?って聞いたら『薔薇だよ!私の人生が薔薇色になるんだって!』とか意味のわからないこと言うからキモッ…と思いながらも、その日、ユカリの家に泊まって。そしたら夜中に変な音がするから目が覚めて、見たら隣で寝てるユカリの顔の上にデカい薔薇があって。ユカリを見てるんですよ。は?と思って電気点けたらデカい白い薔薇で。それがゆっくりユカリの顔を覆うようにべたーっとくっついて、ユカリが手足をバタつかせてるんですよ。呆然と眺めてたら、そのデカい白い薔薇の花びらが段々と赤になってきて。ユカリは手足が動かなくなって…。動かなくなったユカリから1回、デカい薔薇がスッ…と離れて俺の方を見たんです。そしたら薔薇からは血が滴ってて。花の中に鋭い棘がびっしりついてて、それが歯になってた…。ユカリの顔を見たら鼻なんてすでに無くて眼球も半分食べたみたいなことになってて。顔の皮膚は残って無くてぐじゅぐじゅになってました。

その薔薇が棘の間からボロボロと肉片がついたナニカを零してきて、それがユカリの歯茎がついた歯とか…多分、硬い部分で。

気持ち悪くて吐いてたんですけど薔薇はまたユカリの顔に張り付いてバリ…ゴリッ…とぐじゅぐじゅという液体の音をさせながら食べ始めて…。

腰が抜けてたんですけど這って逃げて、何とか自分の家に帰ってきて。朝、出勤しようとしたら俺の家の玄関前に小さな赤いバラが花束みたいに1つ包んであって。しかもその茎に棘がなくて。ユカリとオレを知ってるのはアイツだけだしと思って職場で待ってたんですよ……」


レコーダーの内容を聞き終わると

「…まぁ、意味わかんないから病院に行って休職扱いになるかなぁ…って感じなんだけど…」と上司は困った顔でそう言った。


俺が今、マルチの女が薔薇を貰った話をしても、ややこしくなるだけなので上司に話さずに別れた。


家に歩いて帰っていると向かい側からセーラー服の学生が歩いてくるのが見えて、すれ違いざまに

「貴方も人生を薔薇色にしたいんなら渡せますよ、薔薇」と言われて振り返ると

セーラー服の子が目を細めて笑っていた。

その顔は、あの薔薇のつぼみを渡した女性にそっくりで俺は怖さのあまり走って帰った。

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