第2部 魔術師の王女

第68話 二人の出会い

「―に、『魔術』を教えておけ」


 そう言うと、男は連れてきた金色の髪を持った少女をレイシア・レディスターの前まで歩かせた。連れて来られた少女の瞳に生気は感じられず、その人形のように整った容姿も相まって、まるで本物の『人形』のようにすら感じてしまう。


 しかし、レイシアはその姿を見るなり、眉を顰めてしまった。何故なら、彼女は目の前の少女がどういった生い立ちで生まれたのかを知っていたからだ。


 ゆえに、レイシアはあまりにも自分に似た姿をしたその少女に対してあまり良い感情を抱けなかったが、少女を連れてきた男―レイシアの父親であるアーノルド・レディスターは、そんな彼女の様子に興味が無いのか、その少女を置いていくようにすぐに部屋を出て行ってしまった。


 ―『人造人間』。

 『魔術』によって作り出された人工生命体であり、人間とは異なる存在……目の前の少女こそ、その人間とは『別の存在』なのだ。


 レイシアの父、アーノルドとレイシアの叔母―アーシャの遺伝子を『魔術』によって合成させ、生み出した『人造人間』。まだ幼かったレイシアに構うこともせず、ただ研究に明け暮れた父親が生み出した少女を、まだ幼かったレイシアが受け止めることなど出来るはずもなかった。


 レイシアは父親に認められたい一心で、父と同じように研究に暮れ、そして、今もまさにその研究の為、勉学に励んでいた所だった。しかし、そんな自分には目もくれず父は去り、叔母と自分に似た少女を置いていった……そんな現実を正面から受け入れるほど彼女は大人になっていなかったのだ。


 そんなレイシアの心境など知らずに、何をするでもなく、ただそこに立ち尽くす少女にレイシアは呆れたように軽く溜息を吐く。レイシアがその姿を見た時、不快に感じたのは、もう一つ理由があった……それは、自分と似た姿の少女が、今は亡き叔母の姿を彷彿とさせたからだ。


 尊敬の念すら抱いた、尊かった自分の叔母。

 母の居ない自分に『姉』のように接してくれた気高い女性……そんな彼女と同じ姿をしていながら、ただ為すがままにその場に立ち尽くす少女の姿は、いたたまれない気分にさせられると同時に、尊敬していた叔母を否定されているようにも感じ、苛立ちを募らせたのだ。


 レイシアは、そんな彼女への気持ちを隠そうともせず、少し語気が上がりつつ声を掛けた。


「……それで、あなたはどこまで『魔術』が使えるの?」


 しかし、少女はレイシアの態度に気付いていないのか、どこか遠くを見ていた。先の思いやられるレイシアが溜息を吐いていると、少女は小さく呟く。


「―私、何も知らない」

「……え?」


 突然の呟きにレイシアは困惑の表情を浮かべたが、それが自分の発言に対しての返答だと気付き、なおさら深く溜息を吐いた。


 その少女には、『アミナ』という名前があった。

 彼女の母―と言うよりも、アミナを作る際に遺伝子を提供したレイシアの叔母、アーシャ・ローヴィスが名付けたという。


 レイシアは初め、アミナに対して強い抵抗感を抱いていた。それは単純に、娘のプライドとして、自分に構うことすら無かった父が何故、この少女に拘るのか、という嫉妬からだ。


 まるで、自分の存在を否定されるかのような少女の存在を簡単に受け入られるほどに、この時のレイシアは大人では無かった。しかし、責任感の強かったレイシアは、父の言い付けを守り、来る日も来る日もアミナに『魔術』を教えていた。


 だが、驚いた事にアミナは『魔術』をまったく使う事が出来なかった。

 上級魔術どころか初級魔術すら使うことができなかったことを聞いたアーノルドは深く溜息を吐き、いつしかアミナに興味を失ったのか、レイシアにアミナの教育を止めるように言ってきた。


「時間の無駄だ。それには戦闘訓練でも受けさせておく。いずれ、役に立つかもしれんからな」


 しかし、レイシアはそんなアーノルドに反発するかのように、アミナの教育を止めなかった。


 それは、『魔術』を使えないと言われたアミナに『魔術』を使わせることができれば、父から何かしら感情を向けてもらうことができるのではないか、と考えていたこともあったが、自分が教えているのに上達しないことで、プライドを傷付けられたくない、というのもあった。


 しかし、やがてレイシアは、それらが全て建て前だということに気付いた。

 『魔術』を使えず、父親に見捨てられたアミナ。その姿は、幼い姿も相まって、当時の自分と重なり、放っておくことができなかった。さらに、同時に勉学に勤しむレイシアにとって、年が近いアミナとのやり取りは、結局のところ、楽しかったのだ。


 もともと、研究一筋で生きてきて、なおかつこの国の王女であるレイシアには『友人』と呼べるようべるような対等に彼女と話せる人間は一人もおらず、また、作ろうとも思わなかった。しかし、強制的とはいえ、教育係をしてアミナと生活を共にするうち、アミナの『内側の感情』が見えてきた。


 アミナは感情が無いわけでは無く、感情を表に出すことが出来なかっただけだったのだ。それに気付いたレイシアは『魔術』を教える傍ら色々なことを教えた。


 時には夜遅くまで語り、一緒の布団で寝てしまうこともあった。そんな風に共に生活することが当然になった頃、ある日、レイシアはアミナが泣いているのを見てしまう。


 声を押し殺しながら泣く少女の普段は見せない感情に動揺しつつも、レイシアは「どうしたの?」と声を掛けた。それに対し、アミナはすすり泣きながら「お母さんのことで泣いていた」と話した。


 レイシアの叔母であり、アミナの母親的な存在であったアーシャ・ローヴィスは、研究中の事故で既に亡くなっていた。


 アミナにとって、唯一の肉親とも言える母の死は、彼女の心を破壊してしまうほどに辛いものだったのだ。ゆえに彼女は感情を忘れ、まるで人形のようにただ、生きていたのだろう。


 その事実が分かった瞬間、レイシアの中で決意のようなものが生まれた。


 ―この子を守りたい。


 自分と同じように母を失い、父にも見捨てられてしまった少女をレイシアは守りたくなった。かつて、自分を守り、導いてくれた『姉』と慕った女性のように。


 ―そして、彼女はアミナの『姉』になった。



          ◇



 自室で眠っていたレイシアは、まだ日も出ていない夜中に目を覚ました。体を起こすと、周りに置いてあった本や書類が散乱し、机からいくつか落ちていく。


 しばらくの間、レイシアはそれらを眺めていたが、やがて溜息と共に片付けを始めた。その本を片づけていくうち、ふと落ちていたものに気付き、手を止めてしまう。

 それは、小さな『押し花のしおり』だった。


 白い小さな花が、紙と一緒になって貼られているしおりを手に取ると、レイシアはそれを読みかけだった本の間に挟む。当時、まだ幼かった時に、アミナが自分の為に、と作ってくれ、渡してくれたものだ。


 あの頃から『姉』として、彼女を守り、優しく接してきた。しかし、今……その彼女はいない。


 気怠さを感じる体を引きずり、浴室へと入る。着ていた服を簡単に脱ぎ、籠の中へと入れると、少し熱めのお湯で体を流した。


 その水の勢いで金色の髪が一つ落ちる。

 レイシアはそれを目で追いながら、今は居ない『もう一人の自分』とも言える少女の事を思い出していた。


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いつも読んで頂きありがとうございます!

というか、かなり久しぶりの投稿ですが……なかなか設定などに苦戦していて投稿が遅くなってしまっていてすいません……。


この作品は作者個人でAmazon電子書籍Kindleで自費出版しており、表紙は熊谷ユカ様に描いて頂いており、1巻はレオハルトとレイシアをとても素敵に描いて頂きました!


また、この度、Amazon月額会員読み放題サービス「Kindle Unlimited」に登録することになり、規約により書籍版にあたる第1部を非公開にさせて頂くことになりました。


代わりに非公開の話は「Kindle Unlimited」月額内で全て読むことができ、初回登録の方は1ヶ月間無料で読めます!


かなりペースが遅いですが、引き続き最新話はこちらで連載していきたいと思っており、この作品を完成させるのは私の野望の一つなので、今後もお楽しみ頂けるよう尽力します!

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