第20話 増えていく理解者たち

 レオハルト達の通っていた『国立ラヴェルム征錬術教会』は、先日の『魔術師』の襲撃事件からしばらくの間は一部封鎖されることになった。


 『魔術師』達の攻撃を受けて教会内は破壊された上、地面にも穴が空けられてしまった為、危険を考慮してのことらしい。


 そんな中、もっとも修復に時間が掛かっているのはレオハルトが『征錬石』を作る際に【対価】として使った中庭の大きな空洞だった。


 相手の光の球を壊すには相当な量の【対価】が必要だった為、結果として庭に大きな空洞を作ってしまい、それを埋め立てるのにはそれなりの時間を要することになってしまっているのだという。


 レオハルトとミーネットが目的地へと向かいながら歩いていると、正門にはたくさんの学生や警護にあたっていた『防衛軍』で溢れ返っていた。


 その中から見知った顔が現れると、レオハルトの前まで歩いて来る。爽やかな印象を与える青年―〝王都防衛軍第十三部隊〟の隊長、トニス・ルートリマンだ。


「やあ、あの時以来だな。調子はどうだ?」

「……まだ、正直本調子じゃありません」


 そう言葉を返しながら、レオハルトは先日のことを思い出す。

 あの事件の後、レオハルトはすぐに倒れてしまった。恐らくは『魔術』の使い過ぎで疲労が溜まっていたのだろう。トニスはそれを心配しているようだ。


 そして同時に彼は当時のことを思い起こすように空を見上げると、小さく声をこぼした。


「……正直なところ、この目で見ても未だ『魔術師』というものが信じられない。……あぁ、すまない。君の母上もそうだったな」

「構いませんよ。母も父もその存在を隠していましたから」


 母は『魔術師』だったが、世間にそれを知らせないようにしていた。『魔術師』としてではなく、また『征錬術師』としてでもなく、母は『父を支える人』になることを選んだのだ。


 表舞台に立つことがなかったからこそ、その存在は世間には伝わっていない。だから『魔術師』というものが存在しているのを知らなくても当然だ。


 謝罪を受け入れてくれたレオハルトに、軽く感謝を述べていたトニスだったが、ふと思い出しようにその頭を上げた。


「そうだ。君に一つ尋ねたいことがあったんだ」

「……尋ねたいこと、ですか?」


 正直に言えば、彼らが聞きたいことは山程あるだろう。それにも関わらず、改まって疑問を一つに絞るトニスの真意が掴めないレオハルトが聞き返すと、トニスはその表情を引き締めて首を縦へと振る。


「ああ。君は確か、『魔術師』は自分の〝命を消費して魔術を使う〟と言っていたな。だから、彼らは長期的な戦いをすることが出来なかった……ということで合っているか?」

「そうなりますね」


「それなら、君は? あれだけ大きな魔術を使った君は本当に無事なのか? 〝命を消費する〟という言葉はあまり実感できないが……君の言っていた『死ぬかもしれないという覚悟』というのも含めると、かなり危険性を伴うと思うのだが……」

「あぁ、それなら……」


 レオハルトは懐から『征錬石』を一つ取り出して掌に置くと、トニスにも伝わりやすいように順を追って話していく。


「前に言った通りですよ。『征錬術師』は、征錬術を使う為にこの『征錬石』を【対価】として支払い、『魔術師』は魔術を使う為に『自分の命』を【対価】として支払う……この二つの理論を組み合わせて、僕は魔術を使う為に『征錬石』を【対価】として支払った。ただ、それだけの話です」


 そうして、レオハルトが自分のからくりを話し終えると、トニスはなんとも言えない表情を浮かべていた。『征錬術』は形あるものを【対価】として支払うが、『魔術』が支払うものは命―つまり、形の無いものだ。


 頭では理解しても実感は持てないのだろう。特に、少ない時間とはいえ彼と行動をともにして思ったのは、彼はその真面目過ぎる性格が災いして深く考え過ぎてしまう傾向がある。


 だからこそ、今のような状況はより受け入れにくいのかもしれない。


「……理屈は分かったが、それは可能なのか? 確かに君は実行していたようだが……我々でも同じことが出来るのだろうか?」


 トニスの問いに首を振ると、否定の言葉を告げる。それは誰しも考えることではあるが、レオハルトはそれがすでに不可能だと知っていた。


「いえ、恐らく難しいと思います。遠い昔、『征錬術師』は『魔術師』が派生したものだと言われていますが、その性質は根本的に違います。僕の場合はたまたま『征錬術師』の父と『魔術師』の母の間に生まれ、その両方の性質を受け継いだから出来ているんです」

「……なるほど、確かにそれなら前例が無いからな。……というより、今の今まで『魔術』というものが存在していた、ということも知らなかったわけだが」


 トニスは納得したように唸っていたが、レオハルト自身も彼に一つ聞きたいことがあった。レオハルトは一つ呼吸を置くと、トニスへとゆっくり質問を投げ掛けた。


「……トニスさん、実は僕も一つ尋ねたいことがあるんですが」

「ん? あ、あぁ済まない……つい考え込んでしまった。何かな?」


 トニスはレオハルトの言葉に我に返ると、レオハルトへと向き直った。レオハルトはトニスが聞き入れる態勢になったことを確認すると、正面から向き合いながら尋ねる。


「……先日、僕が倒した『魔術師』達はどうなったのでしょうか?」


 その言葉には少し躊躇いが生じていた。

 相手が『魔術師』であろうと、『征錬術師』であろうと同じ人間だ。そんな人間を争いの結果、死なせてしまうこともあり得る。


 咄嗟のこととはいえ、周囲の人々を守る為に敵の『魔術師』に対して魔術を放ってしまったレオハルトは「自分は人殺しになったのではないか」と心残りを持っていたのだ。


 人を助ける為にしたことを後悔はしていない。しかし、そうだとしても、自分がもし『人を殺めた』のであれば、その事実に向き合おうと思ったのだ。


 その問いにトニスは少しの間押し黙る。レオハルトにとってそれは永遠とも思えるほどに長い時間だったが、やがてトニスはゆっくりと口を開いた。


「……全員、生きて『防衛軍』が捕虜にしたよ。彼らには聞きたいことが山程あるからね」


 その言葉に、レオハルトは少し緊張の糸が解けた気分になる。隣でミーネットも安心したように息を深く吐くのが聞こえた。


「さて、折角の晴れ舞台だ。暗い話は後にしよう。君の活躍、期待しているよ」

「活躍って……」


 レオハルトの言葉を最後まで聞き終えることも無く、トニスはその場を後にした。初対面の時に感じた印象と変わらず、爽やかな青年の背中を眺め終えると、隣に居るミーネットへと声を掛ける。


「そろそろ行こうか」

「うん、そうだね」


 そうして、少し人がまばらになった教会へと二人で足を揃えて向かっていった。

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