第16話 反撃の狼煙

 自分の背に隠した二人の少女が無事であるのを確認したレオハルトは、安堵の息を吐く。


 教会の中は街と同様、悲惨な状態になっていた。

 壁はいくつか残っているもののそのほとんどが半壊してしまっており、『防衛軍』らしき人間達も周りに倒れている。そして、地面には彼らから出たであろう夥しい血がまき散らされていた。


 そんな状況を見てレオハルトは恐怖で大きく息を吞んでいたが、すぐに表情を引き締めると空に浮かぶ『魔術師』達を睨みつけ、普段の彼らしからぬ怒りのこもった声を上げた。


「……久々に腹が立ったよ」


 そして、いくつかの『征錬石』を掴むと、その手を『魔術師』達に掲げるようにして狙いを定めた。


「―罪深き者達を救いし光よ、贖罪しょくざいの極光を顕現けんげんさせよ」


 レオハルトの言葉と共に光が集まると、鋭い光がまるで光の矢のように変わっていく。それは一つや二つでは無く、宙に浮いたその光はまるで軍勢を率いるかのようにレオハルトの目の前へ現れていった。


 そして、レオハルトの目が大きく見開かれた瞬間、その光は『魔術師』達へと真っ直ぐに向かっていき、光が直撃した相手が断末魔を上げながら一人、また一人と空から落下していく。


 やがて、頭上から教会を取り巻き恐怖を与えていたはずの『魔術師』達はレオハルトの魔術によって落とされ、全員地面に這いつくばっていた。


 目の前で起こった出来事にミーネットは驚きを浮かべて涙を拭くと、レオハルトへ疑問をぶつける。


「……レオ? 今の―何?」

「すまない、ミーネ。説明は後にしてくれないか……まだ一人、残っているんだ」


 そう言うと、レオハルトは視線を少し遠くに投げる。そこには『魔術師』が一人だけ立っており、まるで怒りを堪えるようにして肩を震わせながら恨み言のような言葉を洩らしていた。


「……何故だ。貴様は何故、『魔術』を使えているのだ? 『征錬術師』如きが、何故……?」


 疑念と怒り。その二つがおり混ざった声を上げる男を一瞥すると、レオハルトは興味無さげに言葉を返す。


「答えるつもりはないよ」


 その言葉とともに『征錬石』を取り出し、再び『魔術』を撃とうと構えるレオハルト―しかし、次の瞬間、その手に光がぶつかった。


「……ぐっ!」

「レオッ!?」


 強烈な痛みを覚えると同時に、『征錬石』を持っていた手に視線を向けると、大量の血が流れていた。目の前の『魔術師』の男がレオハルトよりも早く魔術による光を放っていたのだ。


 痛みで思わず片膝を付いてしまうレオハルトに、男は額に汗を浮かべながら笑みを浮かべる。


「どういうからくりかは知らんが……お前は先程からその石にこだわっているな? ……ならば、それさえ失くせばもう撃つことは出来ないのではないか?」

「……くっ!」


 まるで、獲物を追い詰めた狩人のように男はその渋い顔を歪め笑っていた。しかし、レオハルトは諦めずすぐに反対側の手で再び『征錬石』を取り出そうと手を動かす。


「無駄だ! 大いなる光を以て己の罪を贖い、その裁きを受けよ!」

「ぐっ!?」


 だが、それと同時に目の前の魔術師が詠唱すると、レオハルトの手に向かって光が放たれ先程と同じように直撃してしまい、レオハルトの手から『征錬石』が落ちてしまう。


「レオッ!?」


 両手から広がる激しい痛みに耐えかね、その手を地面に置いてしまうレオハルトの姿にミーネットは耐え切れず、その顔を両手で覆ってしまっていた。それに対して、魔術師の男はレオハルトからこれ以上の反撃は無いと悟ったのか、男はここに来てようやく安堵の笑みを浮かべた。


「ははっ、ははは……! 無駄なことは止めておけ! よもや、我らと同じように『魔術』を扱う者が居るとは……想定外ではあったが、所詮は真似事、ただの紛い物のようだな。我らとは違い、貴様如きがその身一つで何かを成すことなど不可能なのだ!」


 そうして男は鼻を鳴らして笑うと、レオハルトは血塗れになった両手を地面に置きながら答える。


「……あなた達は何者だ。何が目的でこの王都に攻めに来ている?」


 その問い掛けに男は口を大きく開き、より一層その笑みを深める。まるで、自分の悲願をようやく伝えられる、と力強い意思をぶつけるように。


「愚問だな。……我らは『魔術師』。千年前の雪辱を果たす為、今日という日を待ち侘びていたのだ!」


 己自身に酔うかのように力強く語るさまは滑稽とも取れた。しかし、その目は殺意に満ち溢れ、その言葉が冗談ではないことを物語っている。


「本当に、『魔術師』が……」


 男の言葉を受け、レオハルトは酷く動揺したように小さな声で呟いた。

 彼らもまた、母と同じ『魔術師』。しかし、その考えはまったく異なっている。


 父を最後まで支えていた母。『征錬術師』と対立すること無く、ただ自分の母としてその生をまっとうした『魔術師』であり偉大だと思っていた母。


 しかし、そんな母を目の前の男に侮辱された気がしたレオハルトは傷む拳を握りしめる。そして、レオハルトの怒りも知らず、その『魔術師』が手を振りかざした時だった。


「我が内に眠りし根源の力よ! その力を以て我の脅威を消し去れ!」


 男がそう唱えると同時にその後ろに影が差し始め、徐々にそれは大きくなっていった。


「……何、あれ」


 ミーネットが嫌悪感を露わにしながらそう呟くのも無理はなかった。男の背後から現れた影は二つに大きく伸びると、まるで生き物のように不気味な動きを見せていたからだ。

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