第13話 さっきの挑発はこの為の布石だったのか?

 壁に隠れながら青年は感嘆の息を吐く。

 そして、驚きを隠せぬ様子のまま、隣に立つ少年に声を掛けていた。


「すごいな……相手が陣形を崩したぞ」


 周りの兵士達もそれに気付いたようで、少し浮ついた空気が周囲に漂う。

 幸いなことに相手の位置が高過ぎる為か、敵はこちらの様子には気付いていないようだった。


 その兵士達の中心に立つレオハルトは、次の魔術の準備をしながらそんな彼らからの期待の視線を受けると、注意を空に浮かぶ『魔術師』へと向けたままゆっくりと言葉を返した。


「……言ったはずです。 僕は『征錬術師』であると同時に『魔術師』でもある、と」


 ―時間は、少し前に遡る。



 ◇



 青年は目の前の少年から予想もしなかった言葉を受け、面食らった顔をしていた。だが、それが冗談ではないと判断すると、青年はまず自分の分かる範囲から質問をしてきた。


「ヴァーリオン……? まさか、君が前大司教の息子か? 噂には聞いていたが、本当に今期の生徒の中に居たのか。……それに、『魔術師』とは?」


 混乱する青年からの質問に対し、レオハルトは一つずつ丁寧に答えていく。


「あなたの言う通り僕の父はラヴェルム・ヴァーリオン―今、僕達が背中を向けている『国立ラヴェルム征錬術教会』の創設者です。そして、先程お伝えした通り僕の母は千年前に居なくなったと言われている『魔術師』の生き残りでした」

「……『魔術師』が本当に存在している……しかも、それが前大司教の……信じられん」

「前大司教、という言い方をするということは、あなたは卒業者ですか?」


 『王都防衛軍』に所属する『征錬術師』のほとんどは教会の卒業生だと聞いている。どうやら、目の前の青年も例に洩れず卒業生のようで、周囲への警戒を怠らないまま軽く自己紹介をしてくる。


「紹介が遅れた、私はトニス・ルートリマン。『国立ラヴェルム征錬術教会』の卒業生で、今は『王都防衛軍』にあるこの部隊―〝王都防衛軍第十三部隊〟の隊長を務めている」


 トニスと名乗った青年は相手が自分より下の人間だというにも関わらず、軽く頭を下げてくる。元々礼儀正しそうな人間ではあったが、それを差し引いてもどこか畏まった挨拶の仕方だった。


 彼の年齢で考えれば、直接顔を合わせてもおかしくは無い。それほど彼にとってラヴェルム・ヴァーリオンという存在は大きいのだろう。


 しかし、それは彼に限ったことでは無い。周りに居た兵士達もそれを聞いていたのか、各々がラヴェルム・ヴァーリオンという名を口にしていた。


 彼らにとって尊敬すべき存在であり、自分達に『この道』を導いた、いわば『師』のような存在なのだろう。だが、その話題にふと黒い影が射した。


 それはレオハルトも良く知る『息子の評価』―つまり『レオハルト自身の評価』だ。


 トニスもそれを知っているのか、苦虫を潰したような表情を浮かべると、どこか言葉を選びながら話を続けた。


「……君の噂は聞いてるよ。口では言えないが……少なくとも、私達がどうしようも無い状況を君一人で解決出来るとは思えない」


 〝落ちこぼれ〟……そんな言葉を爆音の中で、誰かがそう呟いた。

 しかし、レオハルトはそれに構わず、真っ直ぐトニスと名乗った青年の目を見返して言い放つ。


「周囲の僕に対しての評価についてはよく知っています。……しかし、それはあくまで『征錬術師』での話です。僕が『魔術』を使うことが出来るなんて話は聞いたことは無いのではないでしょうか?」

「……君は先程から『魔術』を使える、と言っているが……本当なのか? 正直に言えば、私には冗談にしか思えない。もし、冗談であれば……すまない、皆と合流した後に生きていたらいくらでも聞いてあげよう」


「トニスさん、現実から目を逸らさないで下さい。僕は先程、あなたの前で『陣』を描くこと無く光を出しました。そんなことが『征錬術』で可能だと思いますか?」

「それは……そうなんだが……」


 付きつけられた現実にトニスは顔をしかめる。現実と空想上の話が結びつかない、という表情だ。もともと、そういう空想上の話を理屈だけで論破してしまいそうな雰囲気の人間ではあったが、彼は予想以上に頑固であるらしかった。


 想定以上に説得に時間を要することを感じたレオハルトは、これ以上彼を説得するのを諦め、その場から立ち上がる。


「おい、どうしたんだ?」

「決まっています。現状を打開する為に『魔術師』達を討ちます」


 レオハルトから決意の籠もった声で返されたトニスは驚きの表情を浮かべると、慌てて制止の声を上げる。


「何を言っている!? 君は民間人だ。それに、まだ学生だろう? これは子供の遊びじゃないんだ。……後は我々に任せてくれ」


 年齢はそれほど離れて居ないはずだが、トニスは大人として学生であるレオハルトの身を案じていた。だが、それは同時にレオハルトを子供扱いしている、ということでもある。


 レオハルトはそんなトニスを説得するべく、感情的にならないように言葉を返した。


「……なら、子供としてでは無く、一人の『征錬術師』として言わせて頂きます。トニスさん、僕に協力して下さい」

「……協力?」


 またしてもトニスは驚かされる。反感を抱くわけでもなく、また怒りを露わにすることなく自分を正面から説得しようとする少年。


 民間人を巻き込むわけにはいかないと強く考えていたトニスだが、数々の同志の死体が転がる中でも立ち上がり、今まさに『魔術師』達に向かおうとしているレオハルトを見て、その心境が少し動かされ始めていた。


 やがて呼吸を一つ置くと、その声を少し穏やかにしながら返事を返した。


「……さっきの挑発はこの為の布石だったのか?」


「はい。僕は『魔術師』の血を受け継いでいる、という突飛な話を信じてもらい、協力してもらうにはそれだけの説得が必要です。だから、あえて挑発させてもらいました」

「……『自分の価値観だけで他人を危険に晒す』か……まったく、なんて無茶苦茶な少年だ」


 トニスはそんなレオハルトに大きくため息を吐いて見せつつ、その肩をゆっくりと下ろす。しかし、そこに偽りが無いことを悟ったトニスは空に浮かぶ『魔術師』へと視線を向けた後、真剣な表情でレオハルトへと視線を返してきた。


「……良いだろう、協力を承諾する。……どのみち、私が作った壁も、もうあと何発も持たないだろう。……それならば、面白い賭けに興じるのも良いかもしれないな」

「……ご協力感謝します」


 その言葉は後ろ向きなものとも取れ、現に周りからトニスを呼ぶ声に不安なものが混じり始める。だが、トニスはそんな彼らに対して顔を向けると、小さく頭を下げた。


「皆、すまない……。ただ、彼も愚かではないと思う……何か策があるのだろう。……今はそれを信じたい」


 信頼する隊長自ら頭を下げると、その言葉に反論する者は居なくなった。改めてトニスの人望に感心しつつ、再びトニスが振り返ることを確認してから話を再開する。

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