第10話 千年前の亡霊

 ミーネットの父親と別れたレオハルトは教会へと続く道を走り抜けていく。すると、前方から轟音が鳴り響いていた。


 ―あっちは教会の方じゃないか!


 走る速度を早めて正門へと辿り着くと、周囲の様子を伺う。避難はすでに終えたのか先程の人垣は無くなっていたが、代わりに多数の『王都防衛軍』が空を飛ぶ『魔術師』達を相手に応戦していた。


 そして、『魔術師』のうち一人が手を構えると、征錬術で壁を作っていた『防衛軍』が数人吹き飛ばされるのが見えた。それと同時に横たわる『防衛軍』達の屍が視界に入ってしまい、あまりにも凄惨な光景にレオハルトは思わず息を吞んでしまう。


 次々に繰り出される『魔術師』達の攻撃に、大陸の中でも最も優秀な『征錬術師』達は防戦一方だったのだ。


 そんな中、近くに居た『防衛軍』の一人がレオハルトに気が付くと、大きく声を上げる。


「隊長! まだ逃げ遅れた民間人が居たようです!」


 『防衛軍』の兵士は彼らの中央にあった最も大きな壁の方へと声をぶつける。よく見れば、そこには二十代前半と思わしき青年が壁の後ろに隠れていた。


「民間人……? おい、君! 早くこっちに来るんだ!」


 その声を受け、我に返ったレオハルトはその声に従うようにして走り出す。

 そうしている間にもすぐ近くでまた爆発が一つ起き、壁を作っていた兵士の一人が壁ごと後ろに飛ばされ、その壁の破片が着てい彼の鎧を破壊して突き刺さり、多数の血が流れるのが見えた。


 ―戦争……。


 そんな単語が頭を過ぎる。生々しい血が普段通っている教会への道を汚し、地面にはたくさんの兵士たちが転がっていた。


 普段の光景とは違い、地獄絵図としか言えない光景にレオハルトは目を逸らす。


「こっちだ! 早くっ!」


 レオハルトはなんとか青年の元に辿り着くと、その壁の後ろに回り込んで身を隠す。急いだせいで酸素が無くなり、レオハルトは痛くなった肺をようやく落ち着けることが出来た。


 その様子が治まるのを見計らい、青年が声を掛けてきた。


「大丈夫か? 怪我は……無いみたいだな。君以外に他に人は居たか?」

「さっきまで一緒に居ましたが、向こうの街の入り口の方だったのでもう他の『防衛軍』の方と合流していると思います」

「そうか―」


 青年がそこまで口にした瞬間、まるで金属球をぶつけられるような衝撃に壁が揺れる。他の兵士のような壁なら間違いなく今の攻撃で吹き飛んでいただろう。


 それだけでこの青年がとてつもない実力を持った『征錬術師』だと分かる。


「……無駄話をしている暇は無いな。すまないが、少しの間ここに居てくれ。連中を減らさないと、君を逃がす前にやられてしまうからな」

「……分かりました」


 レオハルトの言葉が終わらないうちに、また衝撃が壁を叩きつける。もはや地震が起きたのかと思う程の大きい揺れを受け、態勢を保つのすらやっとだった。


 時折、『防衛軍』の兵士達が応戦しようと銃を手に持って壁から顔を出すが、そこへ『魔術師』が攻撃を放つ為、壁の内側に隠れざるを得ない。


 ただ防戦一方の戦闘に焦れるように青年はぼやく。


「まずいな……」

「……まずい、とはどういうことですか?」


 青年は無意識に呟いた言葉だったのか、レオハルトに尋ねられ少々驚いた表情をしていたが、すぐに表情を戻して相手の様子を伺いながら説明してくれた。


「実は―教会の上空からすでに『奴ら』が侵入してしまっている」

「そんな……」


 青年から告げられた事実にレオハルトは思わず言葉を失ってしまう。それと同時に、握った拳に汗が滲んでいくのが分かった。青年は敵である『魔術師』達を睨みながらその好機を伺っていたが、その傍ら嘆くようにレオハルトに話を続ける。


「本来ならあり得ないんだ……。この王都はあらゆる敵に対処出来るように『征錬術』で作った兵器が大量に置かれている。しかし、そのどれもが機能も果たさずに敵の侵入を許すとは―」


「機能……ですか?」

「ああ。常に見張りを付けて侵入者を迎撃出来るように配備されているはずなんだが……どういうわけか、それが全て破壊されていたらしい」


 レオハルトも耳にしたことはある。

 『征錬術』の技術の発展で軍の使用している兵器は全て高性能であり、また頑丈だと。あらゆる事態に備え、常に整備を怠ることは無いと聞いている。


 それがこの状況で『破壊されていた』……偶然だとしたら、あまりにもよく出来過ぎている。


「……なら、その兵器は今回の襲撃の為に誰かが意図的に破壊した可能性が高い、ということですか?」

「恐らくな……。しかし、本来この国の入国は厳重に管理されている。隣国の人間ですら少しでも素性に問題があれば入ることが許されないんだからな。……まして、この街に住む人間がやったとは考えにくい」


 その言葉を聞いた瞬間、レオハルトの頭の中にアミナと名乗る少女の顔が頭に浮かんでしまう。部外者の立ち入りを禁じていたはずの教会で見掛け、その後は街で見掛けた彼女。


 『征錬術』を知らず、空を飛ぶその姿―それらを考えた瞬間、レオハルトは言葉を失った。


 普通の人間は空を飛ぶことは出来ない。つまり、彼女は『魔術師』と呼ばれる存在なのだ。

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