古今東西御伽話「コンドーム地蔵」
佐藤黒饅頭
【読切】「コンドーム地蔵」
昔々、あるところに、心優しいお爺さんとお婆さんが暮らしていました。お爺さんとお婆さんは夫婦であったが子宝に恵まれず、町の外れの山の麓で質素に二人きりで、しかし仲睦まじく、囲炉裏を囲む小屋を構えて暮らしていました。春は山菜、夏は野菜、秋は実り、冬は蓄えを糧に口に糊しておりましたが、さて、今日はクリスマス・イブ。明日にはクリスマスだというのに、二人はローストチキンを拵えるための鶏も金も持っておりません。
そこでお爺さんは、コンドームを作り、それを町で売ったお金でローストチキンを準備しようと考えました。兼ねてからお爺さんがインポテンツであったため子を設けることは叶いませんでしたが、性病の蔓延や望まぬ妊娠を防ぐコンドームの大切さをお爺さんは十分に理解しています。町はクリスマスシーズン、コンドーム需要は急上昇⤴︎⤴︎、きっとバカ売れするに違いありません。そうして余裕のできた資金であわよくば正月の祝いの糯米も買ってしまおう。そう意気込んだお爺さんは器用な手付きでいくつかのコンドームをささっと作ってしまい潤滑剤を塗ってパッキング、鮮やかなお手並みを披露するや否や町に出ていきました。その様子を見ていたお婆さんは、昨今のコンプライアンス的にも笠を売る方がいいのでは、と思いましたが、その言葉をグッと呑み込んで笑顔でお爺さんを見送りました。ちなみに、コンドームの素材はお爺さん以外誰も知りません。本当に大丈夫なのでしょうか…?
さて、コンドーム入りの篭を腰に携えたお爺さんはクリスマスシーズンの町にやってきました。イルミネーションは煌びやかに輝き、通る人波は家族やカップルで大変賑わっています。これだけ人がいればコンドームも売れるに違いない。お爺さんは大きな声で叫びました。
「コンドームはいかがですか!!」
その場にいた誰もがお爺さんの方を振り向きました。やった、これは期待できる!とお爺さんは一瞬思いましたが、人々は怪訝な顔をしてすぐにお爺さんの方を見るのをやめて去って行きました。早足で離れていく家族もいます。
性病の蔓延や望まぬ妊娠を防ぐために社会にとってとても大切なコンドームが見向きもされないのはおかしい、とお爺さんは何度も大きな声を張り上げましたが、その声が人々の胸を打つことはありませんでした。中には冷やかしでコンドームを手に取っては針で穴を開けてばら撒いたり、お爺さんに「場所を考えろ」等の罵声を浴びせる人もいました。
やがて時刻は深夜に近くなり、人通りもまばらになり、ホテルの客室の明かりも消え始めます。さらには雪まで降ってきました。当初は意気揚々と声を上げていたお爺さんも、肩に雪が積もり、動きや声に張り合いがなくなっていき、全ての思考がマイナスになっていきます。もしや、避妊にご利益があると思って「インポじいさんのコンドーム」とラベルを入れたのが不味かったのか…ウケると思ったのに。お爺さんの目の前を通ったカップルが、コンドームを持ったお爺さんの方に刹那視線を向けはしたものの「インポじいさんだってwwwウケるwww」と軽口を言いながら通り過ぎていくのを見て、いよいよお爺さんはチッ!と大きな舌打ちをしてしまいました。
「お前らはこれからホテルでコンドームもなしに温め合うんだからいいよなクソが。ワシもアッチの方が元気ならサンタコスの色黒爆乳ギャルと夜のホテル街を歩きたいわい」
そんな愚痴もこぼすような有様でした。いやクリスマスにコンドームつけないカップルなんてマジで許せませんよね。
結局、コンドームはひとつも売れませんでした。売れ残ったコンドームはどうしようか、夏に水風船にして近所の子供にでも配ろうか、そんなことを考えながらお爺さんが仕方なく帰途につくと、町から山へ向かう暗い道中で、吹き荒ぶ雪の中に立ち並ぶ6尊のお地蔵さまを見つけました。
頭や肩にどっさり雪が積もり腰の高さほどまで積もった雪で隠れているお地蔵さまの様子は、何だか同情を誘うような一抹の寂寞と憂いを帯びているようでした。笠でも持っていればお地蔵さまの頭に被せてやるところなのですが、クリスマス前にコンドームが売れなかったことですっかりアンチクライストになってしまったお爺さんの今やすべての宗教を嫌う心には何も響きません。ヤケになったお爺さんはお地蔵さまに蹴りを入れてしまいましたが、何か硬いものがお爺さんの足に当たり激痛を感じます。やれ何事か。蹴られた勢いで周りの雪が吹き飛んだお地蔵さまをよく見てみると、何と股間に、立派な石棒がそびえ立っているではありませんか!他のお地蔵さまの腰あたりの雪を払うと、やはり6尊のお地蔵さまの股間全てに屹立した石棒がついています。
降りしきる雪の中でカップルを妬ましく思う気持ちは、このお地蔵さまも同じだったのか。不憫に思ったお爺さんは、お地蔵さまが悪い病気にかかってはいけないと思い、売れ残ったコンドームを股間の石棒につけてあげることにしました。一つ一つ丁寧に、石棒にピンク色の帽子が被せられていきます。あぁしかし、なんということでしょう!お地蔵さま6尊に対し、売れ残ったコンドームは5個しかありません!1本だけ石棒が丸裸です。5人がきちんと性病予防していたとしても、1人が性病にかかってしまえばそこからねずみ算式に感染が広がってしまいます、それはいけません。何とかならないかと考えたお爺さんは、あることを思い出しました。
財布の中にコンドームが入っている。いつか爆乳黒ギャルに会って勃起した時のために、と常に1枚入れていた黒いコンドームがあります。しかし老い先短い中で黒ギャルに会うことや、増してや勃起することなどありはしまい。このコンドームは世のため人のため、性病予防の願掛けとして、このお地蔵さまにつけてやろう。お爺さんは財布から虎の子のコンドームを取り出し、それはそれは丁寧につけてやりました。
股間にピンクの棒がついたお地蔵さまが5尊と、股間に黒の棒がついたお地蔵さま1尊が並ぶ様はなかなか壮観です。お爺さんが手作りコンドームに塗った潤滑剤のおかげで、コンドームをつけた石棒に積もる雪もスルスルと落ちていきます。これでお地蔵さまの股間の寒さも少しはマシになることでしょう。お爺さんはお地蔵さま達に軽く手を合わせた後、家路へと着きました。
コンドームがひとつも売れなかったと聞いたお婆さんは、だから笠の方が良かったのに、という言葉をグッと飲み込み、お爺さんを慰めました。しかしコンドームが売れてないのに帰ってきたお爺さんの腰にはコンドームがひとつも残っていない、そのことを不思議がってお爺さんに尋ねると、お地蔵さまにコンドームを被せたと言う。お地蔵さまのどこにコンドームを被せる場所があるのかよくわかりませんでしたが、まぁ、今更自分達がコンドームを持っていても仕方がない、お爺さんはインポだしな、とお婆さんはケラケラと笑い、温かい味噌汁を飲んだ後、二人は床へと就きました。
その夜、お爺さんは、町で目の前を通り過ぎていったカップルのムカつく顔がフラッシュバックし目を覚ましました。一度こうなってしまうとなかなか寝つけません。
奥歯を噛み締めながら目を瞑っていると、どすん、どすん、と地響きのような振動を感じます。しかもどんどん強く、いや近くなっている。冬眠から目が覚めた熊だろうか?それにしては数が多く、一歩一歩が重たいような気がする。地響きはそのままこちらに近づいてくる。ツーバイフォー工法で建てられた小屋の壁も揺れています。ずりずり、という何かを引き摺るような音も聞こえてくる。心なしか隙間風もだんだん勢いを増している。そして最後の、どすん、という音が聞こえて一瞬静寂が訪れた刹那、ひときわ隙間風が強くなりました。お爺さんは小屋の入り口、バリアフリー化したスライドドアの方を見ると、きっちり閉めたはずのドアが少し開いています。その開いた隙間から見えるのは、何と、ピンクに輝く棒、いや石棒ではありませんか!それも5本!いや、暗がりに隠れて見えないが、黒い石棒も確かにある!どういうことだ、やはりインポ印のコンドームを無理矢理被せられたお地蔵さまが腹を立てて祟りにきたのではないか?こんなことになるなら玄関前の階段をバリアフリー工事でスロープになんてしなければお地蔵さまは上がって来れられなかったのに!あのリフォーム業者めぼったくりやがって!お爺さんはパニックになり布団から起き上がれず声も出ません。
ピンクと黒の石棒達は蠢き、もとい、お地蔵さま達は股間の石棒を器用に動かしてスライドドアをこじ開けていきます。風はさらに強く小屋の中に、煌びやかな雪の結晶と共に吹き込んでいます。お地蔵さま達は順に少しずつ、ずりずりと動き小屋の中に入り込んできています。お爺さんが息を呑む中、お地蔵さま達は、ゆっくりと、お婆さんの布団の周りを囲むように立ち並びました。
次の瞬間、パァン!という何かが弾ける音が立て続けに鳴りました。なんと、お地蔵さまの石棒がにわかに膨らみ、コンドームが弾け飛んだではありませんか!バカな、異国の商人から買い付けたあの素材はどんなサイズの男性器も優しく包み込むという触れ込みであったのに!と、そんなことよりお婆さんの身が危ない!さすがの物音にお婆さんも跳ね起きましたが、得体の知れない状況に悲鳴を上げるのがやっとです。お爺さんは恐怖に固まる四肢に渾身の力を込め、ようやく布団から這い出しましたが、お婆さんのもとへ駆け寄らんとしたその時、お爺さんは、お地蔵さまの石棒から白い液体がビュルビュルと放たれたのを見ました。白い液体はまるでスローモーションのように放物線を描き、雪の灯りに照らされ輝きながら、お婆さんの全身に降りかかっていくではありませんか!お婆さんは白く淫らに彩られ、同時に部屋の中はなんだか生臭い匂いが立ちこめていくのでした。
さて、お爺さんは目を覚ましました。雪は止み、日は昇り、朝の日差しがツーバイフォー建築の小屋の窓から差し込んでいます。お地蔵さまの姿はなく、生臭い匂いもしません。お婆さんも布団の中で穏やかに寝息を立てています。はて、昨晩の出来事はなんだったのか、狸か狐にでも化かされたか。そう思いつつ朝餉の用意をしようと囲炉裏の方を振り向くと、なんと囲炉裏の周りに山のようなローストチキンと糯米が積まれているではありませんか!なんという仏の御業か、いやコンドーム地蔵さまのご利益に違いない、早速お婆さんにも伝えてやろう。お爺さんはお婆さんに伝えました。
「お婆さんや!山のようなチキンと糯米があるぞい!」
お爺さんは元来声が大きいのでした。
「いったいなんの騒ぎですか、お爺さん」
お婆さんは布団を払いのけ起き上がる…ハズなのですが、お爺さんは目を疑いました。お婆さんがいるハズの布団から起き上がってきたのは、なんと、若かりし頃の婆さんの面影を残す爆乳の黒ギャル(しかも全裸)だったのです!
…その時お爺さんは、数十年来感じることのなかった熱き滾りと硬さを、その股間に宿したのでした。
めでたし、めでたし。
古今東西御伽話「コンドーム地蔵」 佐藤黒饅頭 @chromanju
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