バラ色の付箋
舟津 湊
第1話
「うんとこしょ どっこいしょ まだまだ……」
「アキねえ、もっと よんで」
「もう、おめめ とろーんしてるよ」
「やだ、まだ ねない」
「じゃあ、あした つづき よんであげる」
「……わかった。ペタンしといてね」
「はい、ペタン。じゃあ、あしたは ここから。おやすみ」
「おやすみなさい」
◇◇◇
僕が通う高校の文化祭は、特に出し物に参加していなければ登校時間は自由で、うまくサボっちゃえと思ってたけれど、母さんの命令であさイチに学校にいくハメになってしまった。
「これ、必ずバザーの出品受付に持っていくのよ。割れ物注意!」
僕は文化祭みたいな浮ついた雰囲気が苦手だ。早いとこミッションをコンプリートして家に帰って昨日買ったマンガの続きを読みたい。
家庭科室が父母の会主催のリサイクル・バザーの会場になっていた。
「あの、これ母に頼まれました」
手渡された布製の手提げ袋を受付のカウンターに置いた。
ティーカップのセットが入っている。うちで要らないものを厄介払いするのを果たしてリサイクルって呼ぶんだろうか。
「まあ、これ××のカップね! わたしが買っちゃおうかしら」
「田中さん、だめよ。ちゃんと出品コーナーに並べてから!」
ティーカップのブランドなんてわからないけど(だから『××』になった)、喜んでくれる人もいるらしい。
出品協力のおみやげをもらい、家庭科室の中をぐるりと歩く。
食器、タオルや衣類、高そうな石鹸、新品のドライヤー、ぬいぐるみなど、意外と品揃えは豊富だ。アウトドア用品もある。美顔スチーマーなんて誰が買うんだ?
本のコーナーもあって、そこのカウンターにカラフルな絵本が並べられていた。
もこもこ
ねないこ だれだ
ぐりとぐら
はらぺこあおむし
いない いない ばあ
きんぎょが にげた
ねずみくんのちょっき
おおきなかぶ
しろくまちゃんのほっとけーき
あおくんときいろちゃん
はらぺこあおむし、確かうちにもあったな。ほかにもいっぱいあったはずだけど、どこにいっちゃんたんだろう。
出品されている絵本はどれも綺麗で新品同様だ。大事に読まれていたのか、あまり読まれなかったのか。うちにあったやつは、みんなビリビリ破れているか、落書きされていた……僕のせいだけど。
懐かしくて、大きなあおむしが表紙に描かれた絵本を手にとり、パラパラとめくる。
ページの真ん中あたりで手が止まる。
バラ色のハート形の大きな付箋が貼られていた。
"あしたは、ココからね"
"ハルちゃんへ by アキねえ"
その名前に見覚えがあった。多分、アキは同級生。僕の隣りんちだ。ハルはちょっと年の離れた妹だ。
「あの、これ買ってもいいですか?」
「ええ、いいわよ。そこに書いてある通り、十冊全部で千五百円ね」
小遣いの全財産持っていかれるのは痛かったが、バザーの売り上げがどこかに寄附されて、誰かの役に立てば本望だ……と心に言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
文化祭の代休の翌日。
玄関を出たところ、となりの家のドアからアキが出てきた。
背が大きくなったのか、何か手を加えているのか、最近制服のスカートが短くなったような気がする。
「タク、おはよう。今日はマトモに学校に行くのね!」
「おはよう……って当たり前じゃん。不登校になったことないぞ……まだ」
たまたま出かける時間が一緒になると、いつも同じような挨拶をして一緒に学校に行く。
ちょっと迷ったけど、聞いて見る。
「あのさ、アキんち、文化祭のバザーになんか出品した?」
「……うん。絵本をね。新ママにバザーに出していいかって聞かれて……いいよ、もう要らないからって答えた。それがどうかしたの?」
「い、いや、なんとなく聞いただけ」
その絵本を僕が見つけて買ったこと、黙っておいた方がいいかなって思ってその話はおしまいにした。
彼女は少しうつむいて早歩きになった。
◇ ◇ ◇
「ねえ! これどうしたの?」
時々遊びに来るハルが、僕のマンガの蔵書が並んでいる本棚の一角を指さしている。
そこにはバザーで買った絵本を並べていた。
ハルがそれを見つけるとは思ってもいなかったのでちょっと慌てる。
彼女のお母さん、つまりアキのお母さんだった人は、隣同士ということもあり、ウチの母と仲がよかったので、離婚して家を出たあとも、時々こうして娘を連れてわが家に遊びに来る。
彼女は一冊取り出し、パラパラとめくる。
はらぺこあおむし。めくる手が止まった。
「ひょっとして、アキねえにもらった?」
「ああ、それは学校のバザーで買ったんだ」
「……そう、なんだ」
ハルは大きいあおむしが表紙に描かれた絵本を大事そうに抱きかかえた。
「ねえ、これ、売ってくれる?」
「え、いいけど。欲しかったらあげるよ」
「だめ。タクにいが買った値段で買うから」
じゃあ千円と言って、渋々お金を受け取る。
絵本十冊は小学生の女の子が持って帰るには重い。
ハルのお母さんは買い物があるからと先に帰ってしまったので、運搬係を買って出る。
彼女たち母娘が住んでいる所はウチから歩いて十分くらい。
「姉さんには時々会ってるの?」
「……ううん、三年くらい前に、運動会を観に来てくれたくらいかな」
「お母さんには、あってもいいよって言われてるんだろ?」
「うん……でも、アキねえには新しいお母さんがいるし」
「そうか」
僕は、姉妹の両方に無神経なことを聞いている。ちょっと自己嫌悪になった。
◇ ◇ ◇
ピンポーン♪
ドアを開けると、ハルが布製の手提げ袋を持って立っていた。
高校の制服姿だ。
遅れて玄関に出た妻のアキは、口をぽかんと開けたまま、その子のつま先から頭のてっぺんまで視線を上下させた。
「ハ、ハル? どうしてここに!?」
「エヘヘ、来ちゃった……二人の結婚式の時、タクにいがね、いつでも遊びに来いって住所を教えてくれたんだ」
「そうだったの?」
アキはちらりと僕を見る。
「でも、今日はどうしたの?」
「ちょっと母さんとケンカしてね。プチ家出」
「……じゃあ、泊ってく?」
「ううん、今日のうちに帰るよ。アキねえはちびっこの面倒見るで大変だろうし」
そのタイミングで娘のナツがタタタっと廊下を走ってきた。その勢いはどこに行ったのか、さっと母親の後ろに隠れ、玄関先の見知らぬお姉さんの顔をチラッチラッと見ている。
でも、娘はハルにすぐに打ち解け、いい遊び相手になってくれた。
ぬいぐるみやままごとセットで遊んだあと、結局二人は一緒にごはんを食べ、お風呂に入った。
娘にせがまれ、ハルは泊っていくことになり、妻はパジャマを貸す。
泊っていくことを母親にスマホで伝えているのを見て、姉はホッとしたようだ。
『ハルねえちゃんと一緒に寝るもん』と、ナツは居間に敷かれたお客さん用フトンに潜り込んでしまった。
「あ、そうそう、いいもの持ってきたんだ」
ハルは、玄関に置いてあった手提げを持ってきて枕元に絵本をバラバラと並べた。
「その絵本……どうしてハルが……!?」
妻が驚くのも無理はない。
「なっちゃん、読んであげようか?」
「うん、これ よんで」
ナツは大きなあおむしが表紙に描かれた絵本を指さした。
「まだ おなかは ぺっこぺこ……」
「ハルねえちゃん、もっと よんで」
「もう、おめめ とろーんしてるよ」
「やだ、まだ ねない」
「じゃあ、あした ママに よんでもらおうね……これ、ペタンしとくね」
ハルは絵本にハート形、バラ色の付箋を貼った。
"あしたは、ココからね"
「おやすみ、なっちゃん」
「おやすみなさい……」
そう、絵本は巡り。
姉妹のあしたは、ココから始まるのだ。
それがバラ色であることを願う。
おしまい
<引用させていただきました>
おおきなかぶ
A. トルストイ (著) 内田 莉莎子 (翻訳)
はらぺこあおむし
エリック=カール (著) もり ひさし (翻訳)
バラ色の付箋 舟津 湊 @minatofunazu
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