「理不尽蛇けど」 

低迷アクション

第1話

 「駄目だ。こりゃ」


工事の監督に勤めていた“K”は“親方”と呼ばれる作業員の声に振り向く。


山間の工事は、後もう少しで終わると言う所だった。工期はだいぶ伸びている。これ以上の延長は、不味いし、現場の者達の不平は溜まりに溜まっている。


その状態での懸案事項の声…


「一体、どうした?」


ウンザリする口調をどうにか抑え、尋ねる。


「白蛇ですよ。監督」


親方が苦々しそうに答える。彼の前には、ショベルを入れる最後の工程部分、切り出した岩の窪みがある。そこに白い蛇を筆頭にした、何匹かが絡み合って巣食っているのだ。


白蛇を殺す事は昔からよくないと言われている。アルビノ種が珍しいと言うのもあるが、実際に目で見れば納得だ。どこか、神々しさを感じる姿は、誰だって手にかけるのを躊躇する。


Kの考えは、周囲の人間も同じようだ。何人かが、蛇達を追い払うが、すぐに窪みに集結し、互いにのたくり合う仲、


白蛇だけは、鎌首を上げ、人間を…Kの顔を見据えていく。


そこに巨石が収まったのは一瞬の出来事だった。


“ぶちゅっ”とトマトを潰した時のを何倍にも大きくした音が響く。


「大丈夫。これで蓋した。問題ねぇ、おめぇら、さっさと終わらせっぞ」


親方が手の平をヒラヒラさせ、Kに笑う。他の者達も、始めはきまり悪そうに、

しかし、すぐにいつもの調子で、作業を再開させる。


慰霊碑を立てる事も出来た。せめて清酒で清める事くらい…


しかし…


「…大丈夫って言ったよな」


結局、何もしなかった。


その夜の事だ。自室で眠るKの耳に、何か重いモノが廊下を這う音を聞く。

気がついた時には、音は部屋の中に移動していた。


やがて、自身の体に太いひもが乗り、視界にフットボールより大きい球体が、姿を現す。


それが、つぶれた蛇達の塊で、中央に白い鱗が存在するのを確認した瞬間、Kの眼前に激しい衝撃と共に落下する。


部屋の中にトマトを潰した時のを何倍にも大きくした音が響いた…



Kの顔半分は強い麻痺が残り、職種を変える程の後遺症が残った。何故、親方でなく、自分に障りがあったかについて、よだれを垂れ流し、舌足らずの口調で彼は説明する。


「あの時、私は止める立場と彼等に詫びる機会を与えられていました。しかし、それをしなかった。“大丈夫”を言い訳にして…蛇達は、それを見ていたんです。だから…」


半分しか動かない顔で微笑み、彼は最後に呟く。


「理不尽だけど」


動かない頬に一筋の涙がこぼれた…(終)  

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